第8話 新世界 1
アリスが頸を曲げて、北の方に視線を向けた。釣られて俺も同じ方を向いた。小さく黒い点が北の方に見える。距離を考えるとかなり大きな物だ。
「2時の方向に飛行物体が……?」
行方不明の輸送機?俺の考えが分かるように、
「違う。飛行機ではあんな動きはできない」
俺はベルトのホルダーに納めていた双眼鏡を取り出した。急いでピントを合わせてみる。
「あれは……」
しばらくその飛行物体の動きを見ていたが、ホバリングから垂直上昇、あるいは後退、横滑り、どれも飛行機にできる動きではなかった。それにその巨大な体をくねらせている。じゃああれは、やっぱり、
「ドラゴン!」
回廊にドラゴンがいるという話はあった。目撃情報もあったし、不鮮明ながら写真もあった。ただし俺は見たのも初めてだ。これだけ特異宙域を動き回って見たことがないから、俺はドラゴンの存在を疑っていた。
「距離、23.6km。大きさ頭から尾の先まで約22m。形は写真に撮られているドラゴンそのもの」
巨大なトカゲに羽根が付いている。ホバリングしながら体をくねらせている。
俺はライフルを構えた。まだ遠いが向かってくるようなら撃ち落とす。
「今のところ敵対行動無し」
アリスの声に合わせるようにドラゴンは東北の方向に遠ざかっていった。俺はため息をはいた。初めての魔物と対峙するときはいつも緊張する。
「この銃で倒せるかな?」
「多分、OK。でも倒しても運ぶ手段がない」
「輸送機を呼べば良い」
大物を倒したときはそうしていた。例えば体長5mもあるような大山猫とか。
「呼べないと思う」
「えっ?」
「さっきからCP(コマンド・ポスト)を呼び出しているけど応答無し。それに宇宙エレベーターがレーダーで探知できない」
なんてことだ、気がつかなかった!
2000km離れても晴れていて空気が澄んでいるならエレベーターが見えることがある。何しろ60,000kmも突っ立ているのだ。いまはやや霞がかかっているから見えないが、当然レーダーなら探知できるはずだ。
「エレベーターが探知できない?」
「そう、それに電波が全く拾えない」
モネタを中心にして50万人余が暮らしている。当然様々な電波が飛び交っている。2000km離れてもそれが拾えるはずだ。それにCPが呼びかけに応答しないなどという事態は考えにくい。モネタから出ている特殊兵のコントロールタワーだ。どの特殊兵がどこにいて何をしているのかリアルタイムで把握するのが仕事だ。
「いったい何が……?」
「さっき、アヤトが『跳ばされたのか』と言ったの、その通りだと思う。空間だけでなく時空を跳ばされたのだと思うけど……」
アリスの言葉に少し上昇して改めて周囲を見回した。さすがに2000km先のモネタがどうなっているかは見えない。しかし、西側で樹海が途切れているのは見慣れない景色だ。西側はおよそ見渡す限り樹海が続いているはずだ。
冷や汗が浮いてきた。いったい何が起こったというのだ?確かめなければならない。
「行くぞ」
俺はアリスに声を掛けてモネタに向かって飛び始めた。全力飛行だ。2000kmだから7時間足らずで着くはずだ。
何も無かった。モネタを中心に半径50kmくらいを、木を切り倒し、岩を砕いてどけ、凹凸を均して懸命に更地にして、用水池まで作ってやっとの思いで農地にしていた場所も、そもそもモネタやその衛星都市群の人間の居住地も、駐留している軍の基地も、モネタの中心に聳え立っていた宇宙エレベーターも、何も無かった。
モネタがあったはずのその地点の上空で俺は呆然と下を見下ろしていた。
つんつんと横から頬をつつかれて俺は我に返った。アリスが心配そうな顔でのぞき込んでいた。
「アヤト……」
俺はアリスが見たことがないほど頼りなさそうな顔をしていたのだろう。
「大丈夫……?」
俺は人付き合いは悪くても一人で生きてきたわけではない。クランは俺の居場所だった。俺を気に掛けてくれる人間もいた。それを全部無くしたのだ。その心細さが顔に出ていたのだと思う。
「完全に迷子だな。ここがどこなのか、今がいつなのか、何も分からない。分かっているのはここは俺が暮らしていた場所でも、時でもないことだ」
モネタがあるはずの場所で、樹間に降りて何か無いか探してみた。コンクリートの塊も人が加工した痕がある金属片もなかった。人間の手の入った物はゴミ一つなかった。他の所と変わらない、魔物がうろつく樹海だった。
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