第7話 特異宙域と俺 3

 特殊兵は生まれたときから特異宙域で生きている。ごく初期の頃に入り込んだ植民者の子孫だ。魔力が顕現するのは男女を問わないが、強力な攻撃魔法は男に出やすい傾向がある。だから特殊兵の7割は男だ。

 初期入植者の中に魔法に目覚めた者がいて、国際協定によって封鎖されたあと、魔法の使えない人間達の多くは引き上げたが、魔法使いになった彼ら、彼女らは残った。特異宙域の外では魔法は使えず、魔法というのは捨てるには惜しいからだ。それ以来、個人事業主の魔法使いとして生きてきている特殊兵を中心に居住者達は暮らしている。1000人から2000人くらいで身を寄せ合っていて、クランと呼ばれている。特殊兵ほどの魔力を持たないクランのメンバー達は素材を加工したり、魔結晶を使った飾りやアクセサリーを作ったりしていて、それがまた通常宙域で高く売れる。外部からの観光客を相手に生きている者もいる。

 クランは外部の企業と契約している。企業は国の後ろ盾を持っている。魔物を使った製品の通常宙域への販路であり、観光客を呼ぶ経路でもある。俺のクランはボルヴァーサ社と契約している。


 魔法使いは遺伝する、ただし特異宙域で生まれればの話だ。だから特異宙域居住者は皆魔法使いだ。しかし魔銃を使っても魔物を狩れるほどの魔力を持っている者は少ない。特殊兵は全部でおそらく500人程度だろう。


 クランに特殊兵がいないこともある。それでも懇意の他のクランや契約社を通じて魔物素材を手に入れて加工はできるし、観光客の受け入れもできるが、自前の特殊兵を持たないクランはやはり肩身が狭い。経済的にも不利だ。俺のクランは20年間特殊兵を持たなかった。だから俺が特殊兵の素質を見せたときクラン中が浮き立って、戦闘用A.I.として最高性能をもっていたアリスを俺に宛がった。だから特殊兵養成課程に入ったときからアリスと組んでいる。高性能の戦闘用A.I.はとんでもない値段がつく。特殊兵の魔力パターンに合わせたオーダーメイドだからだ。特殊兵は特異宙域全体としても貴重だ。数が極端に少ない。だから簡単には死なないように2年ほどを掛けて様々な訓練や知識を与えられて養成される。なにせ相手は危険な魔物だし、特殊兵は基本、単独行動をするからだ。俺は特殊兵になって直ぐトップクラスになった。魔力量が頭抜けていたことと飛行魔法が得意だったからだ。

 クランの俺への投資は俺が特殊兵になって5年で元を取った、アリスの購入費も含めて。


 ちなみに通常宙域で魔法使い同士が子供を作っても魔法使いは生まれない。つまり通常の確率でしか生まれない。





 さらに決定的な事実があった。ここは信じがたいことに平面なのだ。惑星の上でも、人工物の上でもない、ただただ、だだっ広く広がる平面なのだ。宇宙エレベーターから見れば遙か彼方まで平面が広がっているのが見える。肉眼でも、電波でも、レーザー光でも確認されている。科学者は頭を抱えた。説明が付かない事が多すぎるのだ。しかし最も説明しがたいのが魔法の存在だ。それに比べれば他のことなど些細なことだ。だから『特異宙域だから』と言うことで無理矢理納得させている。モネタには当然研究所もあり、物好きな科学者が飽きもせず実験と議論を繰り返しているが、要するに『分からない』。常識を持った科学者は何年かいるとノイローゼになって通常宙域に戻っていく。超常を受け入れる事が出来る科学者はいつの間にかオカルティストになってしまう。

 平面と言っても真っ平らではない。山脈もあれば大小無数の河や湖、海もある。モネタの近くは、森だ。果てしない大森林だ。周囲おそらく数万キロに渡って森が続いている。河もあるし山もある。湖もあるが基本的に森だ。大樹海と呼ばれている。東側は1000キロも行けば海になるし、南側は4000キロで砂漠になる。他の2方向は観測用の無人機を飛ばしても無人機の航続距離では森の果てまでいけなかった。ただし北は北上するに従って寒くなる。最大で1万キロほど無人観測機を進出させたが気温は氷点下だったそうだ。あきれたことに氷点下でも木が茂っている。

 太陽が回るわけではない、空全体が明るくなり、暗くなって1日を区切る。夜空には無数の星がきらめく。これもいったいどういうわけか分からない。俺たちのいるここはどう見ても惑星ではないのに周りには何故星があるのか?なにせハイツマン・システムが使えないのだから宇宙(?)に飛び出すわけにも行かない。核融合炉エンジンロケットの技術などとうに失われている。特異宙域のためだけに再現しようなどと考えるわけがない。1日は24時間に区切られる。どうも地球とほぼ同じ周期らしい。季節はないが地球と同じように人為的に365日で1年を区切っている。年代呼称などは地球に準じている。自転周期の違う惑星に住むより合わせ易いかもしれない。ここは地球に比べてちょっとだけ重力が小さい。気圧もやや低いが酸素濃度がやや高いので酸素分圧は地球とほぼ同じだった。

 長さの単位は地球と同じだ。人類が持ち込んだ単位だから当然だろう。


 研究所の一部の科学者が、特異宙域は平行宇宙を繋いでいるのではないかという仮説を提唱している。繋いでいる宇宙の物理法則が混じり合って訳が分からなくなっているのだと。だからここを“回廊”と呼ぶ科学者もいる。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る