第6話 特異宙域と俺 2

 特記すべき事に特異領域には魔法がある。これが分かったときに“入り口”は封鎖されたのだ。だが調査が進むと、全ての人間が魔法を使えるわけではない――精々100人に1人くらい――こと、魔法が使える人間も通常空間に戻ってくると使えなくなることが分かった。それでも封鎖が解けなかったのは特異領域でしか取れない物がいろいろあったからだ。主には特異領域に住んでいる魔物からの素材だったが。だから各国が協議して、その力関係に応じた人数の狩人を特異領域に入れて魔物を狩っている。魔物素材は流通量も少なくものすごく高価だ。高位魔物から取れる魔結晶などレインボウ・ストーンと呼ばれて、同じ重さの最高品質のダイヤモンドに引けを取らない。特異宙域を離れては魔法など使えないから、宝石として扱われている。最高級の宝石だ。


 この魔物からの素材と観光が特異宙域の主要産業だ。特に魔結晶の加工は、主には形を整えるための研磨だったが、特異宙域でしか出来ない。通常宙域そとで加工しようとすると割れてしまう。この2つの産業で50万人ほどの特異宙域居住者が喰っている。

 そのほか、各国からの軍が合計で3万人ほど駐留しているし、増減はあるが概ね1000人前後の研究者と1万人前後の民間の駐在員がいる。厳重な監視の下、年間100万人ほどの観光客が訪れる。勿論目的は魔物と魔法だ。都市の中の魔物園で捕らえられた魔物を見、特別な許可があれば都市の外で野生の魔物を見ることが出来る。さらに上級の特別許可があれば魔物狩りさえ出来る。魔法が使えなくても魔物に物理的に損傷を与えれば倒すことが出来る。戦闘車両に乗って、護衛を連れて、機関銃をぶっ放しに行く。そして殺した魔物と一緒にホロを撮って意気揚々と引き上げてくる。モネタ――特異宙域最大の都市――のすぐ側、精々が50kmくらい離れたところ――大樹海を切り開くことが出来た距離――までしか行けないにしてもそれは彼ら、時には彼女らにとって血湧き肉躍る体験には違いない。人間の領域の外縁部には魔物が出るのだ。それを中心部に入れないというのが駐留軍の仕事だ。人間の領域より先は大樹海で、車両は運用できない。徒歩で、魔物がうようよしている領域へ入っていく度胸は、普通ない。


 魔法についても観光客100人に1人くらいは使える人間が出てくる。フヨフヨと頼りないファイアーボールを飛ばせれば手を打って喜ぶ。それがウオーターボールだったり、机の上の物を手を触れずに動かせることだったりもする。それをホロ動画にとって帰ってから自慢する。居住者で職業的に魔法を見せる者もいる。ディナーショーで炎や水を操って自在に形を変えてみたり、物を空中に浮かせてみたり、自分や助手を浮かせてみることもある。勿論手品じゃない。多少の攻撃魔法が使える奴はファイアーボールで的を射貫いてみせることもある。まあその程度では樹海に入ったりすることは出来ない。それを客達は魔物の肉を食いながら見物するわけだ。


 樹海で動けないという事情は特異宙域に駐留している各国からの軍も変わらない。彼らの主な任務は人間の領域を守ることだ。樹海に分け入って魔物を狩ることではない。だからこそそこに特殊兵ワンマンアーミーの出番がある。彼らなら樹海を動き回って魔物を狩れる。特異宙域特殊兵ワンマンアーミーってなにかときかれたら、特異宙域で魔法、それも一定以上の攻撃魔法を使うことが出来て、樹海を一人で歩くことが出来る人間のことと答える。兵といっても軍に属しているわけではない。独立独歩の個人事業主だ。通常宙域の各国が、どの国も自前で狩人を派遣できるわけではない。何せ特異宙域に連れてくるまで魔法が使えるかどうか分からないのだ。魔法が使える人間でもそれが充分な威力を持っているとは限らない。樹海で活動できるほどの魔力を持っているのは魔法使い1000人に1人くらいだろう。魔法が使えなければ魔物を狩るのは難しい。近代兵器は確かに魔物を殺せるが、魔力の籠もらない武器で殺しても魔結晶は手に入らない。機関銃で殺した高位魔物から魔結晶を取り出してもそれは石ころでしかない。魔力源としてはもちろん宝石としても役立たない。それに近代兵器で殺した魔物はたいていズタズタになる。上質の素材なんか取れやしない。勿論剥製にも出来ない。だから魔法が使えることが分かっている人間を傭って魔物を狩らせてそれを自国の取り分にする国が多い。特殊兵ワンマンアーミーたちにしても、通常空間の住民に対して彼らたち自身で魔物素材を売れるわけではないため、そういう国――間に民間企業が入ることが多いが――に傭われて魔物を狩る。傭われずに勝手に狩った魔物を持っていっても買ってはくれない。そこら辺は国同士で談合している。勿論裏道はあるが。特殊兵を含む特異宙域居住者たちだって向こうの世界で作られたもので欲しいものはいっぱいある。そこで持ちつ持たれつの関係ができあがった。



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