第5話 特異宙域と俺 1

 宇宙歴1505年、人類は時空航行の手段を手に入れ、系外宇宙に進出していた。人類のテリトリーは太陽系を中心に半径200光年ほどの領域であり、その中に17の居住可能惑星を持っていた。

 宇宙歴元年はかの天才、ジーン・ハイツマン博士が人類の宇宙飛行の基本技術であるハイツマン・レンズを発明した年である。勿論レンズなどとは似ても似つかない代物だが、最初ジーン・ハイツマン博士がそう言って本来の機能をなかなか見せなかったため、今でもそう言われている。本来の機能をなかなか見せなかった理由は、余りにそれまでの技術水準から隔絶したものであったためその確認に手間が掛かったからだ。

 ハイツマン・インスティテュートは慎重に試験を繰り返し、3年経ってやっとハイツマン・レンズを世に出した。その機能は一言で言えば、反物質を真空から汲み出すものだった。つまり反物質炉の心臓部だった。ジーン・ハイツマン博士は死ぬまで何故自分にそんなものが作れたのか分からないと言っていたという都市伝説がある。

 反物質炉を実用化(これもハイツマン・インスティチュートの仕事だ)し、反物質推進を手に入れて人類はやっと、系外宇宙に飛び出せるようになった。それまでの大仰な核融合エンジンと比べると反物質推進ハイツマンエンジンはずっとコンパクトで効率が良かった。


 反物質推進の宇宙船ふねを得て人類は何十年も掛けて、時には乗員の大部分を冷凍睡眠させて何百年も掛けて系外宇宙に人類の領域を広げていった。宇宙航行がさらに飛躍したのは、宇宙歴402年にハイツマン・レンズをある形に3つ組み合わせると時空を折り曲げることが出来ることが分かったことだ。つまりそれまでえっちらおっちら通常空間を反物質推進で飛ばなければならなかったのがショートカット出来るようになったのだ。ハイツマン・アクセレレーターの誕生――本格的な航宙の始まり――だ。リープぶことによって何十光年も離れている恒星系が数週間の時間的距離に縮まった。恒星間をハイツマン・アクセレレーターで跳躍リープして、残った距離をハイツマン・エンジンで飛ぶ。これで初めて恒星間宙行が本当の意味で実用化された。つまり一般人が宇宙を飛び回れるようになった。恒星間跳躍が一瞬でと言うわけにはいかなかったのは巨大な質量――恒星のことだ――からある程度離れなければリープが出来なかったことと、リープできる距離がハイツマン定数、1.2光年余の倍数に限られたためだ。

 恒星の質量の所為で、太陽系で言えば火星軌道の外側くらいまで離れないとリープできなかった。リープで到達した地点からも目的地までは普通に宙行しなければならなかったから、それに時間が掛かったのだ。


 しかし、この技術によって人類の領域は太陽系を中心に今では銀河系内400光年ほどに広がっている。その領域の中には何億年か前に滅び去った知的生命体の痕跡が2つ見つかったが、同年代に存在している知的生命体は見つかっていない。その2つの知的生命体の存在していた年代も、互いに少なくとも1億年は離れていると見積もられていた。荒廃した惑星上に残された遺跡からその2つの知的生命体はヒト型をしていることが推測された。



 宇宙歴1200年代の始めに、太陽系から銀河中心の方へ180光年離れた宙域で、続け様に宇宙船が行方不明になるという事故が起きた。それが直径半光年ほどの宙域で起こっていることが分かると徹底的に調査された。いくら調べても他の宙域と異なった所はないのに、その宙域でハイツマン・アクセレレーターを使って跳躍リープすると行方不明になった。それがつまり特異宙域に跳ばされたのだと言うことだと分かるまでに50年ほどを要した。遣り方が分かればその特異宙域と行き来出来るようになった。


 しかし、特異宙域への航行は今も厳重に管理されている。

 許可の無い宇宙船は“入り口”の1光年以内に近づくことも出来ない。封鎖に当たっているのは多国籍“軍”だ。警察ではなく、軍が当たっていると言うことだけでもその物々しさが分かるだろう。


 なぜか?――特異領域では物理法則が違うのだ。


 まず、特異宙域ではハイツマン・システムが使えない。特異宙域から通常宙域に帰ってくるときだけは例外だが。特異宙域の中の特定のごく狭い領域で跳躍すると通常宙域に戻れる。その領域にはステーションが置かれて管理されている。ステーションと地表は宇宙エレベータで結ばれている。だが特異宙域の他の所では反物質炉も役立たないし、跳躍リープも使えない。人間は核融合炉で造られた電力か、昔ながらの化学燃料に頼って動く。ところが特異宙域には化石燃料がない。内燃機関を動かすにはわざわざ化石燃料を通常宙域から持ってくるか、植物から作ったアルコールを使うしかない。だから内燃機関より、電気を動力源とする乗り物の方が圧倒的に多い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る