第10話 特殊兵テディ・ジャービス

 俺は一段とスピードを上げた。傾いて止まっている輸送機が見えたからだ。上空から偵察して、輸送機の横に装甲戦闘服を着た特殊兵が倒れているのが見えた。横にひしゃげた“穀潰し”も見える。

 近くに危険な魔物がいないことを確かめて、俺は特殊兵の横に降り立った。アリスは2mほど浮いたまま、俺の頭の上で周囲を警戒している。俺が横に降りたのにテディは目を開けない。不規則に胸が上下している。右手は銃を握っているが力なく地面に落ちている。戦闘服が血塗れだ。俺は背嚢から痛み止めの麻薬を取り出した。注射タイプの即効性のある薬だ。


「テディ」


 呼びかけられて、もうろうとしていたテディが目を開けた。


「今痛み止めを打つからな」


 テディが僅かに頷いた。俺はテディの右の太股外側に注射器を押しつけた。装甲を外れた部分だ。そうやると自動的に針が出て一定量の薬液が注入される。テディの顔に少し赤みが出てきて、呼吸が楽になったようだ。続けて抗菌薬を注射した。俺の顔を見ているテディの目の焦点が合った。


「ア、……アヤト。やっと助けが、来たか」


 喋るのも苦しそうだ。大きく肩が上下する。


「悪いな、俺も迷子だ。ここがどこか分からない」


 アヤトの言葉にテディが目を見開いた。


「な、何だって?」


「ここはモネタが見つからない世界だ。時空を跳んだんじゃないかとアリスが言っている」


 テディが唇を震わせた。


「……あの、野郎」


 何か知っているような口ぶりだ。


「何があった?」


「客の、一人、がレンズ、……を持ち込んだ」


「ハイツマン・レンズ?」


 テディが頷いた。


「そんな物、特異宙域ここでは動かないだろう」


 テディが舌打ちをした。


「何か特別、の仕掛けがあって、ここで、動くように、……改造したんだ、と言ってやがった」


「動かしたのか?」


「高原へ行くのも、……そいつの実験を、やりたいから、だと」


「やったのか?そんな実験を機内で」


「でかい、……荷を、戦闘車両並みの、大きさの、荷にして、持ち込んでやがって、機内で取り出したんだ」


 それで、それでどうしたんだ?


「そいつを、皆、でいじくり、回しているうちに、……いきなり、周りが真っ白になりやがった」


 俺が経験したあれと同じものだろうか?


「で、……思わず眼、を瞑って、眼を開けたら、目の前に、地面だ。胴体着、陸みたいになって、大きな岩が、迫ってきたから、ドアを吹き飛ばし、て飛び出した」


 輸送機消失地点からここまで700kmだ、それを一瞬で跳んだというのか?


「他の連中は?何人か一緒だったんだろう。生きてるのはいなかったのか?」


「俺の見える、範囲に5人、転がっていたぜ。見てても、ピクリと、も動かなかった。魔物に、引きずられて行っち、まった。俺に近づいて、来た魔物は、かたっぱし、から射ち、殺してやった。死んだ魔物も、引きずられ、て行ったがな」


 輸送機の周囲に幾つか血の跡が付いている。それがそうなのか。戦闘用A.I.がひしゃげるくらいの衝撃だったんだろう。生身の人間が耐えられるはずがない。テディは装甲戦闘服を着込んでいたのと、もともと特殊兵ってのは丈夫に出来ているからそれで生き残ったんだろう。


 ごふっと咳き込んでテディが血を吐いた。


「折れた、肋骨が肺に、刺さってや、がる。アヤトが来て、助かった、と思ったが、そうそう、うまい話は、ない、か」


 見え透いた慰めを言うつもりはなかった。今すぐに手術室に放り込んで手術を始めても難しいかもしれない、そんな状態だった。……とっ、苦しそうに呼吸しているテディの目が上空に固定された。


「変な、物が見え、るんだが、……お迎えか?」


 テディの視線が、2m上空にふよふよと浮いているアリスを捕らえていた。


「いや、あれはアリスだ。俺のA.I.だよ。知っているだろう」


「A.……I.?」


「ああ、この世界に来たらあんな形に変わってしまった」


 テディの口元が緩んだ。笑っているつもりらしい。


「そ、そうか。あれが、……A.I.……違う世、界だってのが、よく分かるぜ」


 呼吸が切迫してきた。俺が来て一旦助かったと思ったら当てが外れて、気力が失せたようだ。


「アヤト、……頼む、魔物の、餌にな、りたくない。俺、が死んだら、う、埋めてくれ。礼に、俺、の、背嚢の、中身はやる」


「分かった。もし俺が元の世界に帰れたら、その時あんたの家族に渡しておきたい物でもあったら預かるが」


 テディがふっと笑った。


「俺には、家族な、んか、いな……い」


 テディの全身から力が抜けた。苦しげに上下していた胸が動かなくなっていた。




 アリスが俺の左肩に降りてきた。ぷーっと頬が膨れている。


「アヤトひどいや。ボクのことをあれだとか、あんな形だとか言って、かわいいとか他にも言い方あるじゃない」


 てしてしとヘルメットの上から叩いてきた。結構本気らしく、ヘルメット越しに衝撃が伝わってきた。




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