第699話 ゴドウィンの誤算


「"光の魔眼"は……うむ。極僅かずつだがゴドウィンのHPが減っている。こいつも効果アリだぁ。なら次はぁ……」


 信也が〈デスブリンガー〉でゴドウィンを切り裂き慌てて空へと逃げていった後も、北条は"解析"でHPの変化を追っていた。

 その結果、視線を通して相手に効果をもたらす"光の魔眼"については、"悪魔結界"に干渉される事なく効果がある事を確認。


 信也と北条が同時に使用しても秒あたりのダメージ量は緩やかなもので、ゴドウィン本人も恐らくはダメージを受けている事に気付いていないだろうというレベル。

 この時のゴドウィンからすると、明確に自分にダメージを与える手段漆黒魔法を持つ北条が真っ先に攻撃する対象なのは変わらない。


 空へと逃れたゴドウィンは、その場で斧を構え北条のいる方へと向き直る。

 そして如何にもこれから大技を放ちますよ、というような態勢を取った。

 この間、空中に留まっているゴドウィンにヴァルドゥスらのブレスや、信也やエスティルーナの魔法攻撃が飛んでいくが、相変わらず"悪魔結界"は健在だ。

 まったくもってそれらの攻撃はゴドウィンに届いていなかった。


「くた……ばれえええええぇぇいッ!! 【エレクトリックスタン】」


 大技が来るのかと思いきや、ゴドウィンの口から発せられたのは"轟雷魔法"と上位魔法ではあったが、威力が殆どない【エレクトリックスタン】の魔法だった。

 この魔法は"雷魔法"【スタンボルト】の上位版であり、ダメージよりも相手をスタンさせる事に特化した魔法だ。


 「状態異常:スタン」は、一時的に体が動かなくなる軽度の状態異常ではあるが、時にその数秒が命を蝕む事もある。

 ゴドウィンは【エレクトリックスタン】を使用する直前に、"怪力"によって一時的に筋力攻撃力を高め、更には"力溜め"によって次の物理攻撃ダメージを一度だけ上げるスキルを使用していた。


 そして【エレクトリックスタン】と同時に放たれるは、斧系の闘技最終奥義スキルである"山割り"。

 このスキルは直接斬りつけても非常に強力なのだが、斧を振り下ろすと同時に同じ威力の斬撃を飛ばす事が出来る。


 その威力は、"山割り"と名が付くように、【エレクトリックスタン】を食らった北条諸共ジャガーマウンテンの一角を切り裂いていた。

 それなりに広範囲に渡って斬りつけられた斬撃によって、北条の背後にあった山の斜面が切り取られ、土砂崩れとなって崩れ落ちていく。

 元々軽装の北条は、そんな"山割り"をしっかりと胴体部で受け、先程のメアリーと同様に少し斜めに大きく体を切り裂かれている。


「ぐぁぁぁぁっ!?」


 苦悶の声が辺りに響き渡る。

 しかしその声の出所は北条ではなく、たった今空中から大技を放ったばかりのゴドウィンの方であった。


「ふぅぅぅ……。反射ダメージも有効……と」


 北条がダメージを負ったのは間違いない。

 それも元々攻撃力が高い斧系の最終奥義スキルをまともに食らったので、以前より大分HPが増えている今の北条でも、ストック一本分のダメージを受けてしまっていた。


 しかし最初から攻撃を受けるつもりでいたので、リジェネ効果に特化した【継続再生】の魔法を予めかけていたし、ダメージを食らってすぐに"再生魔法"で治癒したので、すぐにダメージの半分くらいは回復している。


 ゴドウィンが"山割り"を完全に当てる為に放った【エレクトリックスタン】も、実際はコンマ数秒しか効果がなかったので実は余り意味がないものだった。

 だが北条はスタンしていると見せかけつつ、とあるスキルを発動させている。


 そのスキルの名は、"リフレクションアタック"という。

 "ソーンマジック"は、魔法攻撃を食らった際にダメージの15%を攻撃した相手に返すスキル。

 それの物理版である"リフレクションアタック"を最大限に活かすために、敢えて北条は防御態勢も取らず、余計な防御系スキルを発動させる事もなく、真正面からゴドウィンの"山割り"を受け止めた。


 無論ダメージとしては受けた本人である北条の方が多いのだが、予期せぬダメージを負ったゴドウィンは、またしても"悪魔結界"など関係なしにダメージを負った事で、声を荒げる事となった。


「まさ……か……。反射ダメージを与える為に、俺の"山割れ"を真正面から食らいやがったのかあ!?」


 心の内から少しずつ湧き上がるソレを必死に気にしないように意識しながら、ゴドウィンが叫ぶ。

 ソレはこれまでゴドウィンが感じた事のない感情――恐怖というものであった。


「他のも試してみたい所だがぁ、ちょっとここいらで結界の強度を試してみるかぁ」


 精神的に追い詰められてきたゴドウィンであったが、北条はまるで実験でもするかのように、淡々と行程を進めていく。


「いと眩き光柱は天へと帰らん。【天上回帰】」


 "光輝魔法"によって生み出された太い光の柱が、空を飛ぶゴドウィンへ向けて立ち上る。

 しかしやはり通常の攻撃手段では、"悪魔結界"によって阻まれてしまう。


「ふむ。思えば悪魔本体ならともかく、"悪魔結界"に当てるなら光属性に拘る必要はないかぁ?」


 攻撃判定が結界部分であるなら、悪魔特有の属性耐性はないかもしれない。

 そう考えた北条は、他属性の魔法を試す事にした。


「落ちる空の声を聞け、【アトマスフィアフォール】。降り注げ大地を穿つ星石、【メテオストライク】」


 いつぞやのゼンダーソンとの戦いの時のように、"短縮詠唱"と"ダブルキャスト"によって、強力な攻撃魔法を次々と一度に二つずつ放っていく北条。

 奇しくもあの時のゼンダーソンも、"頑命固牢"という同じく強固な防御スキルを使用していた。


 その時と今回の違いは、結局最後には強引に魔法の暴威によって"頑命固牢"が破れてしまったのに対し、"悪魔結界"は一通りの魔法攻撃が終わるまでキッチリ持ちこたえていた所だろう。



「ふ、ふははははははっ! やはり"悪魔結界"は人間には破れねえ! 暗黒属性や反射ダメージにさえ気を付ければ、幾らでもやりようなんざあるぜぇ!」


 ゴドウィン自身は認めていないが、僅かにでも恐怖を感じてしまった事で、北条の連続魔法攻撃を受けた当初、体が固まって動けずにいた。

 しかし次々と打ち寄せる強力な魔法の全てを、"悪魔結界"がきっちりガードしている事を確認すると、一度浮上していた恐怖の感情は再び奥深くへ沈んでいく。


「"重力魔法"は効果なし……か。よしいいぞぉ、シャンティア! そいつを、ぶちかませぃ!」


「はい!」


 この時シャンティアは、北条が予め"念話"で指示していたスキル・・・を発動させていた。

 それは見た目的には赤白く輝く火球を生み出す"火魔法"……もしくは"劫火魔法"のように見える。


 しかしそれは実際には神の加護を受けた者にしか使用できない、特殊なスキルであり、スキルを吸収しただけの北条には発動する事が出来ない特殊なスキル。

 『ゼラムレットの加護』を受けし聖女、シャンティアだからこそ発動が叶ったスキル『ゼラムレットの威光』は、火属性だけでなく微量ながら神属性をも秘めている。


 北条は一連の魔法攻撃の最後に"常闇魔法"【這い寄る闇】を使用して、ゴドウィンの周囲を闇で覆って目隠ししていたので、ゴドウィンとしては"魔力感知"を通じてただの魔法が発動したものだと認識していた。


 そして周囲の闇が晴れ、頭上に迫っていた赤白い火球を見ても、やはりただの"火魔法"なら問題ないとタカをくくっていた。

 しかし"悪魔結界"には、暗黒属性の他にも有効な属性があった。



『そゆこと~。あ、でもでもお、もう一つ有効な属性もあるよおー』


『ぐ……その属性ってのはなんだぁ?』


『それはあ、神属性よお』



 北条の脳裏に、あの時のミリアルドとのやり取りが蘇る。

 そして、パッリーーンッ! という音がゴドウィンのすぐ真上から響く。

 まるで大きなガラス窓を派手にぶち破ったような音だ。


「な、なんだとおおおぉぉぉ!?」

 

 "悪魔結界"をぶち破り、なおまだ相殺されずに迫る神の名を冠するレアスキルは、強靭な悪魔の皮膚をも焼き焦がしていく。

 そこに追い打ちをかけるように、竜二頭とブラックヒュドラによるトリプル"ファイアブレス"が再び見舞われる。


「あがががが……」


 ゴドウィンへの攻撃はこれだけで終わらず、更にコンボが繋がっていく。

 空高く跳躍したゼンダーソンは、空中にいるゴドウィン相手に結んだ両手でハンマーのように真下に叩き付ける。

 そこから長井へのトドメの連携の時のように、メアリーの"フラミンゴバッティング"によってかっ飛ばされるゴドウィン。


 その先に待ち受けるは、〈デスブリンガー〉を手にした信也に、〈魔断刀〉を構える龍之介。

 両者示し合わせた訳でもなかったが、飛ばされてくるゴドウィンに対して放ったのは同じ闘技最終奥義スキル、"神妙剣"。


 頭部から突っ込んできた長井とは違い、頭部を地面側に、足を空に向けた状態で飛んできたゴドウィンは、胴体部を×印に斬られた。

 ただ長井の時と違って、それだけで体を切断するには至っていない。


「これで……終わりだぁ」


 最後、ゴドウィンが落下した地点に待ち受けていたのは、悪魔特攻:極の効果を持つ大剣〈バルドゼラム+10〉を手にした北条。

 既にミリ残しといった所までHPを削られていたゴドウィンは、闘技スキルでもなんでもない、普通の剣の攻撃によって絶命した。

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