第698話 土壇場の悪魔結界


 悪魔という種族にとって、種族的な弱点属性である"光魔法"。

 その上位魔法である信也の"光輝魔法"を筆頭に、幾つもの遠距離攻撃がゴドウィンに降り注いでいく中、何故かニヤリと笑ったゴドウィン。


 雨あられのように降り注ぐ攻撃は、しかしゴドウィンにかすり傷一つ付けられなかった。

 特殊な目や感知スキルを持っていない者でも、近くに寄ってよく見ればその原因は分かるだろう。

 ゴドウィンの体の周りには、まるで"結界魔法"のような薄っすらと黒い球状の結界が張り巡らされていたのだ。


「北条さん! あれはッ!?」


「……間違いない。あれが"悪魔結界"だぁ」


 戦闘開始前、"解析"で調べた時には所持していなかった"悪魔結界"のスキルが、土壇場のこの状況になってゴドウィンに生えていた。

 その効果は絶大で、あれほどの集中攻撃を受けてもノーダメージである。


「ほぉ、こいつ悪魔結界の事を知ってやがるのか。なら、分かるだろう? ここまで調子こいてくれやがったが、テメェらはこれで終わりだって事がよお!!」


 打ち寄せる遠距離攻撃を前に、一度"雷纏"を解除していたゴドウィンが再び雷を纏った。

 それも前のように体の周りに纏うのではなく、"悪魔結界"と融合して球状の結界部分に紫電が走っている。


 その状態で空を飛びながら、ゴドウィンが襲い掛かったのはメアリーだった。

 メアリーも〈デーモンパニッシャー〉による物理攻撃を行ってはいたが、"再生魔法"を使用して仲間を回復している姿をゴドウィンは確認している。

 多人数を相手にした場合、ヒーラーから潰していくのは定石だ。


「……ッ、ハァッ!!」


 それに対しメアリーは咄嗟に"飢餓渾身撃"と"剛力"を使用して攻撃力を上げ、闘技秘技スキル"鬼撃"を放つ。

 "飢餓渾身撃"を使用した事による強い空腹感を覚えながら、咄嗟に放ったメアリーの一撃。


 しかしゴドウィンの周囲を覆う"悪魔結界"は、強力な槌の一撃による衝撃をも全て受け止めてしまい、当然ながらダメージも一切入っていない。

 巨大な球を打ち返すつもりで攻撃したメアリーは、びくともしないゴドウィンに意表を突かれ、そのまま肩から腰のあたりまで斜めに斧で切り裂かれてしまう。


「細川さんっ!」


 闘技スキルを使われた訳ではなかったが、まともに攻撃を食らった事で大ダメージを負ったメアリーを助ける為、龍之介が駆け寄る。

 そして辿り着くなり光属性のダメージを与える闘技秘技スキル、"光明剣"でもって斬り込むがまたしても"悪魔結界"によって阻まれてしまう。


「ハハハハッ! 無駄ぁ! 無駄ぁ!! "悪魔結界"を手に入れりゃあ、人間など最早ただの餌に過ぎねえんだよお!」


 余裕が生まれてきたのか、ゴドウィンはメアリーへトドメを刺すのではなく、龍之介を相手する事に切り替える。


 通常攻撃は勿論、闘技スキルですら一切通用しないゴドウィンを前に、龍之介は攻撃を貰わないように必死になりながらも時間を稼ぐ。

 その間に北条やシャンティアによる治癒魔法で、メアリーは危機的状況を脱したものの、大分血を流してしまっていてフラフラとしていた。


「細川さん、一旦下がるぞ!」


「ええ、わかりました」


 龍之介に少し遅れて現場にかけつけていた信也が、メアリーを庇いながらゴドウィンから距離を取っていく。


 せっかく追い詰めたメアリーがすんなり逃げられてしまったが、今のゴドウィンに焦りの色はない。

 ヒーラーは厄介ではあるが、魔力が無限にもつ訳ではない以上、いずれは回復も尽きる。


 メアリーが退くと同時にゼンダーソンも攻撃に参加し、それまで通り息の合ったコンビプレイが再開される。

 信也と共に一旦後ろへと下がったメアリーは、北条から"再生魔法"の【ブラッドデュプリケート】によって、血を複製させて失血した分を補う。

 これはまだメアリーが使用する事の出来ない魔法だ。


「北条さん、どうします?」


 そう問いかける信也の視線の先では、龍之介やゼンダーソン。

 それからブラックヒュドラやドラゴン達による攻撃が繰り広げられていた。

 しかもよほど"悪魔結界"に自信があるのか、ゴドウィンは反撃すらせずにそれらの攻撃をただただ受け止め続けている。


 悪魔の中には"神聖魔法"を使う者もいるが、完全武闘派のゴドウィンは"神聖魔法"を使えない。

 しかし悪魔の種族特性で、HPやMPの回復力が人間より高い。


 流石に"ライフストック"分が溜まるまでの回復はしていないが、一時期は半分以下にまで減らしていたゴドウィンのHPが、すでに半分以上にまで回復している。

 あの攻撃を受け続けるというのは、パフォーマンスやこちらのMPなどを減らすと共に、自身のHP回復を待つ意図があるのかもしれない。


【ぜぃ……ぜぃ……。我の"ファイアブレス"をここまで食らわせても、びくともせぬ……。やはり"悪魔結界"とはかなり厄介な代物のようじゃ】


 その余りの頑丈な結界に、普段は自身溢れるヴァルドゥスも己の不甲斐なさを感じているようだ。

 北条へ送る念話もどこか力がなかった。


「……黒い影と戦う前に、"悪魔結界"と触れる事が出来るのは僥倖かもしれん。ちょっと色々試してみよう」


 そう言って北条は"漆黒魔法"の中でも基本的な魔法である、【漆黒弾】をゴドウィンへ向けて放つ。

 見た目は普通の"闇魔法"の【闇弾】などに似ており、ただサイズと込められた魔力が段違いだ。


 "悪魔結界"を展開して棒立ちしていたゴドウィンも、それを"闇魔法"か"常闇魔法"とでも思ったのか、なんの対処もせず突っ立っていた。

 しかし、暗黒属性の【漆黒弾】は、ご自慢の"悪魔結界"をヌルリと通り抜けて、そのままま無防備なゴドウィンへと命中する。


「な、なにいいいい!? 何するだああ!?」


 攻撃を通された事がよっぽど意外だったのか、訛ったような口調で叫ぶゴドウィン。

 ミリアルドから聞いていた、暗黒属性が有効だというのはどうやら本当だったらしい。


「どうやら暗黒属性は通用するようだなぁ。和泉、お前さんのその剣なら恐らく結界を無視して攻撃できるだろう。それから"光の魔眼"も試してみよう」


「ああ、分かった!」


「細川さんは、一旦攻撃は控えて仲間の回復に専念」


「はい」


 北条が作戦を告げると、信也は早速ゴドウィンの下へと駆け寄っていく。

 予想外の攻撃をもらったゴドウィンはしばし混乱していたが、我を取り戻すと走り寄ってくる信也に注目する。


「これは"暗黒魔法"……いや、"漆黒魔法"かあ? まさか使い手がいやがるとはなあ。しかも"悪魔結界"の唯一の穴まで知ってるとは見過ごす訳にはいかねえ」


 そもそも人間の暗黒属性魔法の使い手が少なかった事で、完全に油断をしていたらしい。

 これまでは棒立ちで攻撃を食らいまくっていたゴドウィンだったが、有効な攻撃手段を持つ北条に目を向け、移動を始める。


「邪魔者は引っ込んでろ! ぐっ、なん……だと……」


 北条の下へと低空飛行しながら移動するゴドウィン。

 その間には、丁度駆け寄ってきている信也の姿があった。

 だがそれを無視して路傍の石ころを蹴り飛ばすように、北条の下へと飛んでいこうとしたゴドウィン。


 だが信也の手にする〈デスブリンガー〉は、世界でも珍しい暗黒属性を秘めた魔剣だ。

 "悪魔結界"の展開範囲は、ゴドウィンの体をピッチリ覆いつくす程度なので、〈デスブリンガー〉の刀身の長さがあれば、刀身部分だけ素通りして中身のゴドウィンを切り裂く事も出来る。


「それは暗黒属性の剣! なんだなんだぁ、おいよお。テメェら、まるで最初ハナっから知ってたみてぇに、"悪魔結界"の対策をしてやがるなあ?」


 信也からの攻撃を何度か食らってしまい、慌てて空へと逃れたゴドウィンが訝し気な表情をしながら地上を眺める。

 ゴドウィンからすれば、そもそも拠点への襲撃は完全に不意を突けるものだと思っていた。


 当然ながら、その襲撃に自分悪魔が紛れている事だって、知られていないハズ。

 しかし、世界樹を利用した結界などの事も含めると、事前に情報を知っていたのでは? という考えも浮かんでくる。


 ここに至って、何かしら壮大な罠にでも嵌められている気がして、ゴドウィンの先ほどまでの"悪魔結界"による高揚感が急激に冷めていくのだった。

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