第697話 追い詰められるゴドウィン


 長井が悪魔化した時とは違い、元々悪魔であったゴドウィンには、本性を現したからといって〈魔断刀〉の攻撃力が変化したりはしない。

 ただ単純に本来の姿に戻った分、ゴドウィンの能力が向上されただけとなる。


 能力向上とはいっても、それほど劇的にゴドウィンが強くなった訳でもない。

 悪魔由来の身体能力が本来のものに戻り、悪魔系スキルの効果が強化されるといった所。

 これはヴァルドゥスが竜の姿の時の方がブレスの威力が高くなるのと同じような理屈だ。


 だが、これまで地上で戦っていたゴドウィンは、素の状態に戻って自前の悪魔の翼を有した事で、空中を大きく駆け回るような立ち回りに切り替えた。

 長井も悪魔化した時は翼が生えていたが、その状態での戦闘に慣れていなかったのかこうした動きは見せていない。


 しかしゴドウィンの動きは手馴れたもので、空を飛んで移動してきては勢いをつけた斧の一撃を食らわせ、空中へと飛び去っていく。

 この空中での動きの良さは"飛翔"や"高速飛翔"のスキルと、熟練の経験によるものだ。


「チッ、びゅんびゅん空飛んでてやりにきーぜ」


「動きが……的が絞りにくいな」


 空中と言えば弓矢が有効そうだが、常に空中を移動しているゴドウィンにはエスティルーナも的を絞れずにいる。


「俺が……俺が奴の攻撃を受け止める! みんなはその隙に攻撃を頼んだ!」


「ほう? いいじゃねえか、受けてたってやるよおッ!」


 そう言って信也が盾の闘技奥義スキル"インペリアルガード"を発動させると、それに触発されたゴドウィンが一直線に信也の下へ飛んでいく。

 そして、


「オラァ、吹っ飛びやがれ! "フォートレスクラッシュ"」


 ゴドウィンが放つは、斧の闘技奥義スキル"フォートレスクラッシュ"。

 上段に構えた斧を勢いよく振り下ろすだけの単純な動作だが、スキルの特性として斬撃ではなく強力な打撃属性へと変換される。


 そして一点に集中された打撃の一撃は、打ち付けた盾の部分から信也の肉体へと衝撃が広がっていく。

 それはまさに、砦をも一撃を破壊するような凄まじい威力の攻撃だった。


「ッ! "シールドガード"。…………"ディフェンシブシールド"!!」


 攻撃を受ける直前に既に攻撃のやばさを感じ取った信也は、無茶して盾の防御力を上げる盾系闘技スキルを立て続けに二つ使用する。

 なおかつ、実際に攻撃を受けた際に斬撃よりも打撃の属性が強いと感じた信也は、即座に受け止める方向ではなく受け流す方向に盾の向きを傾け、力を逃がすように調整した。


 そこまでしても、ゴドウィンの闘技奥義スキルを食らった信也は十メートル近くは吹き飛ばされてしまう。

 しかし直撃した〈ホワイトナイトシールド〉は無事であったし、信也本人にも致命的なダメージは入っていない。


「ばくっさい……けん!!」


「ぬうううおおおおお!!」


 信也へ攻撃する為に地表付近まで降下してきたゴドウィンに向けて、龍之介が"爆砕剣"を放つ。

 タイミングを合わせた側方からの一撃に、ゴドウィンは体を僅かに動かす程度しか対応できず、まともに食らってしまう事になる。


「外はえらいカチンコチンやけど、中身はどないや!? "螺旋浸透掌"」


「ぐふっ!」


 続いて戦線復帰したゼンダーソンの闘技奥義スキルが、追い打ちをかける。

 "螺旋浸透掌"は掌を相手に打ち付ける、掌打の系統の技だ。

 当てるときにクイッと掌を回す動きをする事で、相手の体内に浸透する螺旋の衝撃波を生み出し、相手の防御力を幾分か無効化して直接体内への打撃ダメージを与える。

 一度"獅子炎獄殺"をぶち込んだ感覚からして、この系統の技の方がダメージが大きいと見て、ゼンダーソンはこの技を選択した。


「ハアァァァァッ!」


「ぶっふぁあぁぁ……」


 最後にメアリーによる闘技秘技スキル"鬼撃"の一撃が、のたうち苦しむゴドウィンに向けて放たれる。

 〈デーモンパニッシャー〉による悪魔特攻の効果も相まって、無視できないダメージが加算される。


「GYOAAAA!」


「GRRR!」


「G……GRAAAA!?」


 一連の打撃系の連続闘技スキルを食らい、地に膝をつき、被弾した脇腹部分を抑えて蹲るゴドウィン。

 そこにヴィーヴルと、竜形態へと戻っていたヴァルドゥス。そして、ちょっと慌てた様子のブラックヒュドラによる、トリプル"ファイアブレス"が浴びせかけられる。


 連続して大ダメージを負っていたゴドウィンだったが、それでもこのままジッとしてる訳にはいかないと無理して"一足飛び"で初速から最高速度にまで加速して、空ではなく大地を掛けてブレスから逃れようとする……が。


「「"パラライズショット"」」


 合図を取った訳でもないが、北条とエスティルーナが同時に同じ弓の闘技応用スキル"パラライズショット"を使用して、逃げようとするゴドウィンへと攻撃を仕掛ける。

 当たれば「状態異常:麻痺」の効果のある"パラライズショット"は、強い状態異常への耐性があるゴドウィン相手に、ほんのわずかな時間しか麻痺の効果をもたらさなかった。


 しかし今はそのわずかな時間が必要だった。

 動きを止められたゴドウィンは、未だ猛威を振るって吐き続けられているトリプル"ファイアブレス"に巻き込まれてしまう。


 ゴドウィンの立つ周辺の山肌は高温の炎によって、ドロドロに溶けている。

 それはマグマのようにゴドウィンの周囲を囲み、煙を吹き出す。

 その光景を見るだけで、どれほどの高温の炎が浴びせられたかは見て取れよう。


「……いてぇ」


 更なる追撃を加えようとしていた信也達に、小さく呟くようなその声は届かない。

 聞こえていたのは北条だけであろう。

 しかし続く激情に満ちた言葉は、この場にいる全員へと届く。


「いてぇぇじゃねえかあぁ! 痛みなんざクソっ喰らえだあああ!!」


 その気迫に満ちた声と、周囲のドロドロに溶けた地面から立ち上る煙のせいで、追撃に移る事が遅れてしまった信也達。

 次の瞬間には"雷纏"によって雷を纏ったゴドウィンが、瞬時にしてエスティルーナの前に現れる。


 と同時に、跳躍して両足で相手を蹴り飛ばす闘技秘技スキル"パターダ・ボラドーラ"を見舞い、"雷纏"による雷属性のダメージと共にエスティルーナを吹き飛ばした。

 そのまま吹き飛んでいったエスティルーナは、山肌へと衝突した後、ぐたりと体を曲げ意識を手放す。


 そのままの勢いで止めを刺しにいこうとするゴドウィンだったが、途中に信也が立ちはだかり、進行を妨害する。

 その間にシャンティアはエスティルーナに、"純聖魔法"の【グレーターキュア】を使用してダメージを癒やす。


 北条も"再生魔法"の【再生の光】をエスティルーナに使用するが、失った意識までは回復できない。

 そこで北条は特殊能力系スキル"ハリセン"を使用した。

 するとエスティルーナの頭上にハリセンが現れ、綺麗なツッコミの角度で頭部めがけてパチンとはたくと、気を失っていたエスティルーナが意識を取り戻す。


 元々神官であるシャンティアはともかく、北条までもがこのように仲間が死なないように回復に回っているおかげで、未だに死者が出る事なく良い具合にゴドウィンは追い詰められている。


 北条の"解析"では、ゴドウィンのHPはすでにラストゲージの半分ほどにまで減っており、"ライフストック"分も尽きている。

 トドメを刺しに行こうとしたエスティルーナが、すでに治癒されて意識を取り戻しているのを確認したゴドウィンは、この場に至ってようや自身の死を意識する。


「俺が……死ぬ? こんな所で……人間相手に……か?」


 すでに回復したエスティルーナへの追撃を諦め、空を飛んで信也達からも大きく距離を取ったゴドウィンは、それまでの楽しそうに戦っていた時とは裏腹に、表情が抜け落ちたような顔になっている。


「俺は……俺は、もっと強くなる……強くなると誓ったんじゃなかったか?」


 完全に動きを止め、呆然と立ち尽くすゴドウィンを見て、何かの罠かと様子を見ていた信也達だったが、すぐにこれが絶好の機会であるとの判断を下す。


「遠距離攻撃で一斉に仕留めるぞ!」


 信也はそう叫ぶと同時に"光輝魔法"、【極光線射】の発動に入る。

 それに続きエスティルーナが、龍之介が、遠距離攻撃を苦手とするゼンダーソンが。

 その場にいた全員が、一斉にゴドウィンへと向けて一斉攻撃を行う。


「ならよお、こんな所でくたばる訳にはいかねええよなあああ!!」


 四方八方から攻撃が向かってくる中、我に返ったかのようなゴドウィンは、絶体絶命の状況の中、口の端を上げてニヤリと笑った。

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