第695話 悪魔化
「これはもしや!?」
「しゃらっくせええ!!」
全身から黒い光を発する長井を見て、信也は悪魔の契約者が最終手段に用いる力の事を思い出す。
龍之介はその事に思い至ってまではいなかったが、ヤバそうな気配が漂っていた為に何か起こる前に切り伏せようと、"縮地"で近づいて剣を袈裟斬りを振るう。
「んなっ!」
しかし龍之介の剣は長井の体まで通らず、途中で黒い結界のようなものに阻まれてしまう。
一瞬呆気に取られた龍之介だが、思い出したかのように続けて何度か斬りつける。
そのどれもが黒い結界に阻まれ、弾かれてしまう。
「まさか、"悪魔結界"かっ!?」
余りの堅さに、高位の悪魔が使うという"悪魔結界"を想像した龍之介だったが、最後に振った一撃は結界に阻まれる事なく振り切る事が出来た。
どうやら"悪魔結界"が張られた訳ではないようだ。
もっとも、その一撃は咄嗟に回避行動をとった長井によって躱されてしまう。
「長井さん……あなた……」
長井が龍之介の攻撃を躱した時にはすでに黒い光も大分収まってきており、姿を確認出来なくなっていた長井の姿が再び白日の下に晒されている。
その姿は最早人間以外の何か……悪魔そのものであった。
背丈は少し伸びた位で悪魔としては小柄というイメージであるが、頭部から生えた二本の角はまさに悪魔そのもの。
背中からはスキル"悪魔翼"によるものではない、自前の翼が生えている。
肌の色は薄い紫系の色に変色しており、瞳は白目の部分が赤くなっていた。
「こうなったら、形振り構ってられないわ!」
悪魔との契約者が使う最終手段とは違い、追い詰められた長井は"悪魔化"というスキルを使用した。
このスキルは相当特殊なスキルであり、覚えるとしたら長井のような特殊な状態になっているものだけだ。
これまで何度かこのスキルを使用してきた長井だったが、その度に自分が人間から悪魔へと変化していくのを感じ取っていた。
長井としても完全に悪魔になる事には躊躇いがあったようで、大分悪魔へと近づいてはいたが、そこからは使用を控えている。
しかし今回は躊躇なく全力で"悪魔化"を使用した事で、長井はとうとうハーフデビルという中途半端な状態から、完全に悪魔という種族へと変化した。
「ついに人間を完全に辞めたみてーだなあ、ババア!」
「アンタ達に地獄を見させるためなら何だってするわよ!」
悪魔と化した長井は、身体能力が更に一段向上していた。
これは「悪魔」という種族が持つ特性であり、他にも五感が強化されていたり各種悪魔の種族固有スキルの効果も増している。
ただ現状を劇的に変えるほど強さが向上している訳ではない。
「ぐああっ!」
絶対に逃がさないぞと全員で無闇矢鱈に攻める事はせず、包囲を崩さないように連携する信也達に、長井は苦悶の声を出す。
そして長井は段々と気づく。
先ほどより龍之介やメアリーによる攻撃の威力が増している事に。
(これまで手加減されていた? くっ、確かにこの後こいつらはゴドウィンと戦うような事を言っていたわね)
そんな事を思っていた長井だったが、実際は少し異なる。
信也達がこの後のゴドウィン戦に向けて力をセーブしていたのは事実だが、長井の被ダメージが増えたのは、長井が完全に悪魔と化してしまったせいだった。
結果として、長井は完全に悪魔と化した事でより不利な状況へと自分を追い込む事になる。
「和泉リーダー! もうババアは虫の息だ! 三人で一斉に決めるぜ!」
「よし! なら、一斉に闘技スキルを叩きこむぞ!」
人間を辞め悪魔化までした長井だったが、結局は瀕死の状態にまで追い込まれていた。
ちょこちょこ"生命力吸収"でHPを回復させながら粘ってはいたものの、すでに"ライフストック"によるストック分も尽きている。
「オラオラオラッ! "風舞天鳳剣"」
「ギャアアアアアアッ!」
言い出しっぺの龍之介が、闘技奥義スキル"風舞天鳳剣"を発動させると、龍之介が斬りつけた後に強力な風の刃が四方八方から長井を追撃する。
その風の刃の中には、龍之介の斬りつける攻撃も交じっており、長井は四方八方から襲い来る斬撃に対処する事が出来ない。
そして最後に長井の体をふわりと真上に持ち上げると、十字に切り裂く風の刃が発生し、これまでより深い傷を長井の体に刻み込んだ。
ここまでの一連の流れが"風舞天鳳剣"のスキル攻撃の効果であり、スキルの発動が終わると数メートル程上空に飛んでいた長井の体が、重力に従って下へと落下していく。
その落下地点には龍之介に代わり、メアリーが控えていた。
彼女は片足立ちをしており、まるで野球のバッターのように〈デーモンパニッシャー〉を構えている。
「これで……サヨナラです!」
「ごふぁあっ……」
そして落下してくる長井にタイミングを合わせ、闘技奥義スキル"フラミンゴバッティング"を発動させた。
これは片足立ち状態でより強く地面から大地の力を集め、自分の体内を通じてその力を腕先の槌にまで送り、インパクトと同時に大地の力を解き放つ技だ。
槌系の闘技スキルは衝撃の強いものが多いのだが、このスキルも例に漏れずインパクトの瞬間にトラックと正面衝突したような……いや、それ以上の衝撃が長井へと伝わった。
強靭な悪魔の肉体といえど、この強力な一撃によって内蔵のいくつかが潰され、肺に残っていた空気を血と一緒に吐き出しながら、長井は低空をかっとんでいく。
「――斬るッ! "神妙剣"」
「……」
自分のいる場所に頭からすっとんでくる長井を正面に見据え、信也は〈ホワイトナイトシールド〉を近くに投げ捨て、〈デスブリンガー〉を両手持ちで構える。
しかし迫りくる長井に対し、信也の剣は振られる事がなかった。
そのまま長井は少し先の地面へと落ち、バタバタッと体を動かす。
しかしどう体を動かしても、再び長井が立ち上がる事はなかった。
それも当然だろう。
長井の肉体は、縦に真っ二つに分断されていたのだから。
闘技最終奥義スキルたる"神妙剣"は、闘技奥義スキル"絶妙剣"の上位スキルだ。
神という名を冠する割に神属性が付く訳ではないが、最終奥義スキルだけあって威力は絶大だ。
この技は、剣を振る瞬間を知覚できない。
というより、実際に使用した信也本人にも剣を振るった感覚はない。
でありながら、斬れぬものはないという程の絶大な斬撃属性のダメージでもって、相手を切り裂く。
縦に一刀両断された長井は、立ち上がろうと体を動かしてしまった事で、両断された体が更に左右に別れてしまい、切断箇所からは血やら肉塊やらがはみ出していく。
口元が僅かに動くが、真っ二つにされた状態では声を発する事も叶わない。
「…………」
自由にならぬ体を動かし、最後の力を振り絞って右手で地面を掻く長井。
しかしそれが長井の最後であった。
完全に物言わぬ躯となった長井の下に、それを成した三人が集まる。
「チッ、最後まで胸糞悪い気持ちにさせやがって……」
「長井さん……。彼女の魂はどこに還るのでしょうか」
「どーせ地獄に落ちるに決まってんぜ」
「……俺達もああはならないようにしたいものだな」
チラリと無惨な姿へとなり果てた長井に視線を送りながら、信也がしみじみと呟く。
すると、長井の死体は突然炎に包まれて燃え上がっていく。
「どうもアンタらとは因縁の深い関係者って事は見てて分かってたんだが、手出しさせてもらったぜ。
そう言って近づいてきたのは、『バスタードブルース』のマージだった。
「いや、別に構わない。ただ……敵対した相手ではあったが、俺達としては色々思う所があってな。死体の処理までは頭が回らなかったから助かる」
「いいってことよ。それより、こいつを倒したんならゴドウィンの所に向かった方がいいんじゃねえか?」
マージに問われて信也達が辺りを見渡すと、すでにあちらこちらで敵が討ち取られており、信也達が抜けても十分立ち回れそうな状況になっていた。
「では"再生魔法"を掛けますので、それから転移するとしましょう」
より激しい戦闘へ出向く為に、メアリーによる治癒魔法が施されていく。
その後、メアリー、龍之介と魔導具による転移を実行する。
「……」
最後残された信也は、焼き払われ、影も形もなくなってしまった遺体のあった場所を一瞬だけ確認すると、自身も次の戦場であるジャガーマウンテンへと転移していくのだった。
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