第694話 追い詰められる長井


◆◇◆



 時間を少し遡る。


 ジャガーマウンテンではゴドウィンとの激しい戦闘が始まっていたが、ゼンダーソンらが転移していった後の東門でも戦闘は激化している。

 転移も阻害され、唯一の出入り口をも塞がれた百英雄隊インペリアルヒーローズを中心とする者達は、北条が最後の置き土産に召喚した魔物達によって、一気に劣勢に陥った。


「さっさと片付けて、オレらも早くあっちに加勢にいかねーとな」


「フンッ、アンタ達が駆けつけたところで大して戦力にはならないわよ。それより、何故ゴドウィンの事を知っているの? 一度もあった事ないハズでしょう?」


「そうか、お前は知らなかったのか。といっても俺らも気づいてなかったが、なんでも北条さんによると俺達が最初に《鉱山都市グリーク》に行った時に、悪魔司祭ともゴドウィンともすれ違っていたらしい」


 長井は皇帝に関して北条が詳しく知っていた事同様に、予知系のスキルだけで「ゴドウィン」という名前にたどり着けるものか、疑問に思っていた。

 もしかしたら計画に対応出来たのは、予知スキルではなく別の方法やスキルなのか? とも考えが広がったが、信也の答えを聞いて長井は納得する。


「なるほど。それで姿を見ただけで、ゴドウィンだと判断出来たのね」


「そういう事だ。雑談はもういいだろう? どうも今回の事もお前が関わっていたようだが、いい加減年貢の納め時だ」


 このような状況に置かれても往生際の悪い長井は、未だに諦めを見せていない。

 次の時のためにカマを掛けた質問を投げかけた長井は、信也の返事から北条が予知系のスキルを持っている事はほぼ間違いないと判断した。


「ハッ! 初めの頃はゴブリン一匹殺すのにもぴーぴー泣きわめいていた癖に、大した口を利くじゃない。アンタに同郷である私を殺せるっていうの?」


「こっちに来てから何年経ったと思っている? 俺はもうとっくに覚悟を決めた。そして、あの時のように俺を操ろうとしても無駄だ」


 そこで話は終わりだとばかりに、信也はジャルマスから手に入れた〈デスブリンガー〉と、〈ホワイトナイトシールド〉を手に、長井へと斬りかかっていく。


「チィッ!」


 会話中、ひっそり信也に"支配の魔眼"を使用していた長井だったが、"支配耐性"を持つ信也には効果がなかった。

 巨城エリアの悪魔に対抗する為の耐性訓練では、信也とドランガランだけが"支配耐性"スキルを得ている。

 もしこの場面で龍之介が狙われ、"支配の魔眼"を使用されていたら、もしかしたらかかっていた可能性もあっただろう。


「細川さん、和泉リーダー! 三方から囲むぞ!」


 信也の動きに合わせるかのように、龍之介とメアリーもそれぞれの武器を手に長井へと迫る。

 対する長井はというと、背にした一見グレートソードのように見える武器、連接剣を振るって信也の接近を阻む。


「く、なんだその武器は……」


 よくしなる鞭に刃が連なった形状をしている連接剣は、この世界ティルリンティにおいてもかなり特殊な武器だ。

 使い手の技量にもよるが、鞭の射程を持つ連接剣の射程は信也達の使う剣やメアリーの使う槌よりも広い。


 その上、先端部分では軽く音速を超える速度で迫り、なおかつ独特な軌道を描くために攻撃が避けづらい。

 信也は慌てて〈ホワイトナイトシールド〉で防御したが、盾に絡みついた連接剣がそのまま盾を奪おうと思いきり引いて奪われそうになる。


 しかし信也も慣れたもので、一瞬の判断で"ヘビーボディ"のスキルを使って自分の体重を重くして、その場で踏ん張る。

 そして盾を巻き取ろうとする長井を逆に引き寄せてやろうと、力を入れて引っ張り返してみるが、長井はすんなりと巻き付いていた連接剣を外して手元に引き寄せた。


「させねえ!」


 しかし完全に手元に引き寄せる前に、既に長井の包囲を完成させていた龍之介が長井へと迫る。

 この時長井は連接剣を引き戻している最中だったが、連接剣の闘技基礎スキル"連結剣"を使用する事で、瞬時に元の一つに繋がったグレートソード状へと変化させ、それで龍之介の剣を受け止めた。


「んなっ! 何なんだその武器は。やりにくいぜ」


 鞭としてそれなりに長い連接剣は、一本の剣状に真っすぐ伸ばすとかなりの刀身の長さになる。

 その分剣も大分重くなっている筈だが、長井はそれをこともなげに扱ってみせた。

 そして続く龍之介の攻撃を"土壁"で防ぐと、大きくステップをして龍之介から距離を取る。


 だがまだ長井を包囲をしていたメアリーが残っていた。

 メアリーはステップで距離をとった長井に、追いすがるようにして迫っていく。

 そうはさせじと再び鞭状に展開した連接剣が、メアリーへと振るわれる。


 それをしゃがみ込んで躱したメアリーだったが、流れるように捻り上げられた連接剣は、上方から突き刺すような動きでメアリーへと迫る。

 その攻撃を、左手に持っていたヴィルディヴァルディでどうにか逸らすメアリー。


 因縁の相手長井との戦闘は、初めの内は慣れない武器に対して信也達が攻めきれないといった状況が続いた。

 鞭としての特性だけでなく、時折刀身の長い剣としても振るわれる。


 そして"連接突"という闘技スキルは、剣状に一列に揃えた後に突きを放ってくるスキルであり、この時はどういう仕組みか一列に並んだ状態から更に刀身が大幅に伸びるので、間合いが非常に読みにくい。


 そうした訳で致命傷はもらっていないものの、信也達はちょこちょこ攻撃を食らう場面があった。

 それらの攻撃は基本ダメージはそこまで大きくないが、長井の持つ「ヒューマンバスター」の称号によって、地味に威力が加算されている。


 勿論三体一である以上、信也たちも相応に攻撃は成功している。

 だが長井は"生命力吸収"のスキルを持っているようで、連接剣によって僅かに攻撃が体にかするだけで、赤い光が発生して幾分かHPを吸収されてしまう。

 それに加え、悪魔司祭から得た"神聖魔法"スキルもあるので、自前でも回復を行う事が出来た。


 そして悪魔司祭から得た魔法スキルは他にもあり、"暗黒魔法"や"漆黒魔法"なども時折近接攻撃に混じって使用している。

 他属性と比べ、耐性スキルでのダメージ軽減がしにくい暗黒属性の魔法は、地味に信也達を削っていく。

 その度に、メアリーが"回復魔法"で回復を行う。

 傍からこの戦闘を見た場合、長期戦になりそうな気配が漂い始めていた。



「ええい、忌々しいわね!」


 信也達も戦闘を続けるうちに、少しは連接剣の動きに慣れてきたのか、肉薄する場面が増えてきた。

 すると長井は格闘攻撃での対処を交え始める。


 これも悪魔司祭から受け継いだスキルであり、長井は物理にせよ魔法にせよ、悪魔司祭から受け継いだままで満足するのではなく、しっかりと自分のものとして扱えるように、訓練を重ねていた。


 連接剣を手にしながらも、器用に"ジャブ"や"ハイキック"などの蹴り技で牽制し、完全に囲まれる前に少しでも安全な位置取りをして、連接剣を振るう。

 互角にやりあっているように見えて、すでにこの状態で長井としては手一杯な状況だった。


 時折ベルトに掛けた〈魔法の鞄〉から、魔法具マジックアイテムを取り出してガンガン使用していくも、信也達はそれらにキッチリ対応していく。

 今の信也は北条には及ばないながらも、多種多様なスキルを持っているのだ。


 長井がデバフ系の魔法具マジックアイテムをジャンジャン使ってきても、対象一人のデバフを一つ解除できる特殊能力系スキル、"デバフクリーン"を使って信也が丁寧に取り除いていく。


 攻撃系の魔法具マジックアイテムは、信也の"結界魔法"による防御や、メアリーの"回復魔法"や"蘇生魔法"によって癒される。

 手数を増やすためにガーゴイルなどの魔法生物を取り出すも、今となってはレベル差がありすぎて信也達の足止めもろくに務まらない。


「はぁ、はぁぁっ……」


「前回は転移の魔法具マジックアイテムで逃げたらしいが、今回はそうはいかない」


 信也の宣言するような言葉に、ギリッと唇を噛む長井。

 鋭い目こそ失われていないが、三人を相手にして息も絶え絶えな状態だ。

 転移アイテムもダメ元で既に一度使用していたのだが、やはり効果は発動しなかった。

 神器の〈覇軍杖〉ですら転移を阻まれるのだから、それ以下の魔導具で転移に成功するはずはない。


「長井、お前にはもう逃げ道はない。せめて最後は俺達異邦人の手によって、討たせてもらおう」


「観念するんだな、ババァ!」


「今度こそは……逃がしません」


 ふっと戦闘の最中に生じた会話の時間。

 これまでの前例があるので、追い詰めている状況にありながら三人とも全く油断する気配はない。

 それは長井をとことんまで追い詰める。


「私は……私はこんな所で、死ぬ訳にいかないわ!」


 それは長井の決意の言葉だった。

 その言葉を発すると共に、長井は全身から黒い光を発し始める。

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