第693話 ヴァルドゥスの先制攻撃


◆◇◆



「始まったか。んじゃあ、エルダードラゴンのツラを拝みにいくとするか」


 時間は少し遡り、西門前にレイダースへの転移が始まり、戦端が開かれて少し経った後。

 ジャガーマウンテンの上空にて様子を見ていたゴドウィンは、人間にテイムされたというエルダードラゴンが待つ山へと飛んでいく。


 目標のドラゴンのいる位置は、感知スキルで見当がついている。

 その場所は山の頂上部ではなく、それより少し下。マグマが所々に流れている、広場のような場所だった。


 ゴドウィンがそこに近づくと、広場のすぐ側にある大きな洞穴から赤い鱗をしたファイアードラゴンが姿を現す。


「ああん? エルダードラゴンをテイムしたって話だが、やっぱガセだったのかあ?」


 エルダードラゴンであればいい勝負が出来ると思っていただけに、ゴドウィンは落胆すると同時に期待を裏切られた事による怒りを覚えていた。


「まあいい。どっちにしろやる事に代わりねえんだからなあ」


 広場に降り立ったゴドウィンは、ドラゴン相手にも効果がありそうな大きく頑丈そうな斧を構える。

 武器は斯様に立派ではあるが、防具の方は心許ない。

 なんせ上半身を覆う鎧は心臓のある胸部こそ覆われてはいるが、腹部辺りがほとんど守られていないからだ。


「GYOOAAAA!!」


「ハッ、威勢のいい声を上げるじゃねえか。せいぜい楽しませてくれよお!」


 歯をむき出しにしながら、凶悪な笑みを浮かべたゴドウィンはヴィーヴルへと襲い掛かるのだった。





▽△▽



「チッ! またか!」


 あれから小一時間もの間、ゴドウィンとヴィーヴルの戦闘は続いた。

 当初のゴドウィンの思惑とは違って、ヴィーヴルは格上の相手に対してよく耐えた。

 今戦闘している広場は、予め北条がヴィーヴルが過ごしやすい環境にする為に作ったものだ。

 水路のように人工的に溶岩を流したり、マグマ池を作ったりして整えてある。


 だがそれに加え、この場所で戦闘する事があった時の為に、この場所には火属性のフィールドを張る魔法装置が設置されている。

 それはヴィーヴルが好きな時に発動できるようになっており、それによって場の属性をファイアードラゴンにとって有利な火属性へと変じていた。


 また事前に北条から時間稼ぎを言い含められていたヴィーヴルは、自慢のブレスも攻めに用いるのではなく守りや牽制の為に割り切って使用している。

 立ち回りも深くやりあおうとはせずに、適度の距離を取ったりしながら防御に専念した立ち回りを意識。


 その上、ヴィーヴル自身も《暗黒大陸》や帝国人虐殺によって、大きくレベルが上がっている。

 そのレベルは北条が見た予知夢の時よりも高く、もう少しで進化が見えてくる位まで強くなっていた。


 そのようなヴィーヴルに守りに専念されてしまっては、さしものゴドウィンもやりにくさを感じてしまう。

 だがそれでもジワジワとヴィーヴルのHPは削られており、動きにも大分精細を欠いてきている。


「クソ忌々しい! なんでまともに攻めてきやがらねえ!?」


 苛立たしそうに叫ぶゴドウィンは、防御一辺倒のヴィーヴルに対しこれまで何度もあからさまな隙を見せてみたが、幾ら隙を見せても無理に攻撃してきたり突っ込んできたりする事は無かった。

 ゴドウィンの性格とは真逆なタイプ故に、内心の苛立ちも募っていくばかり。


 そんなタイミングだった。

 北条が転移してこの場に現れたのは。


「テメェ、ナニモンだ……」


 突如転移で現れた北条に対し、思わずゴドウィンが問いかける。

 完全に戦闘を中断してまでゴドウィンが問いかけたのは、実際に北条を目の前にしても気配がまったく見えなかったからだ。


 元々ゴドウィンは鑑定系のスキルを持っていないが、それでも長年戦闘を続けてきた者の直感で、ある程度相手の力は測れる。

 しかし北条からは全くそういった強者の気配を感じ取る事が出来なかった。

 そこに何とも言えぬ不気味さを感じ取るゴドウィン。


「そのセリフ、変わらねえなぁ」


「どういう意味だ?」


 二度目で見た予知夢の状況とは大分変化しているハズだったが、ゴドウィンの問いかけの言葉は同じだった。

 その事に安心していいものか、不安を感じるべきなのか。

 このまま夢の通りに事が推移すれば、最悪な結末が待っているのだ。


「悪夢を断ち切ろうって話だよ」


 ゴドウィンの質問に北条が答えたタイミングで、ゼンダーソン達もこの場に転移してくる。

 その間にざっとゴドウィンに対して"解析"を使用する北条。

 レベルが百三十八と以前より一つだけ上がっていたが、問題となるであろう"悪魔結界"のスキルは所持していなかった。

 それを確認すると、最後に北条はヴァルドゥスをこの場に呼び寄せる。



「のああ!?」


 そして呼び出されたばかりのヴァルドゥスは、直前に吐こうとしていたブレスをキャンセルできず、呼び出された瞬間に咄嗟に周囲を見渡し、ゴドウィンの方に向けて"ファイアブレス"を吐いた。


「ぐうああああっ! このブレスの威力……まさかテメェがエルダードラゴンかッ!?」


 先に転移してきたゼンダーソンらに気を取られていたゴドウィンは、呼び出されると同時に吐かれたヴァルドゥスのブレスを避け切れず、まともに食らってしまっていた。

 その威力の高さに、老人姿のままではあったがヴァルドゥスの正体を見抜くゴドウィン。


「ハッハッハ! 先制の一撃とはやる気満々じゃないかぁ、ヴァルドゥス。その調子でゼンダーソンと一緒にゴドウィンの相手を頼む。エスティルーナは後衛を。シャンティアはそこのヴィーヴルを治してやってくれぃ」


 そう言いながら、北条は"添加魔法"によるバフだけを掛けていく。

 これも後に控える対黒い影戦のためだ。

 今のところその姿は影も形もないのだが、ここまで夢の通りに進んでいるなら、必ずどこかのタイミングで出て来るだろう。


 ヴィーヴルも瀕死という程追い詰められている訳ではないので、回復はシャンティアに任せておいても問題ない。

 夢で見た時は瀕死状態だったためにすぐに治療していたが、そこは夢の内容とは異なる点だ。


 だがヴィーヴルが致命傷を負っていない分、ゴドウィンにも余りダメージの蓄積はみられなかった。

 両者ともに小一時間近く戦っていた割りに、小競り合いに終始していた。

 ヴィーヴルは初めからそう命令されていた事もあるが、ゴドウィンとしてもこの後に更に強者と戦う予定があったので、魔力などを抑えめに戦っていたせいだ。


 もっとも、急に現れたヴァルドゥスのブレスはそれなりにダメージを与えていた。

 そして新たに表れた増援の事もあって、ゴドウィンも魔力配分をしながら相手している場合ではないと、本腰を入れ出す。


「ぬうんっ!」


 手始めに"デビルサイン"を放ちながら、ゼンダーソンへと突撃していくゴドウィン。

 しかし相手に威圧効果を与える"デビルサイン"は、この場にいる誰にも効果を発揮する事がなかった。


 実際の所、シャンティアはギリギリの所で抵抗に成功していたので、もう一度使われていたらシャンティアに限っては、影響を受けたかもしれない。

 しかしそうとは知らないゴドウィンは、更に警戒を強めながらゼンダーソンに巨斧を振り下ろす。


「おわっと、ハッ、むうおおお! くあぁ!?」


 巨大な斧だというの、ゴドウィンはまるで重さを感じさせずに次々ゼンダーソンへと斬りかかっていく。

 それを必死に躱していくゼンダーソンであったが、特に闘技スキルでもなんでもない普通の攻撃を躱しきれず、幾つか切り傷が刻まれていく。

 だがそこに、背後からヴァルドゥスがハルバードを持って襲い掛かる。


「ぐっ」


「ほれほれっ! 背後ががら空きじゃぞ」


 ヴァルドゥスの"斧槍術"の熟練度は高くないのだが、それを身体能力で無理やり誤魔化して力業で攻める。

 これで二対一の構図にはなったが、片方は武器の練度が低く、両者ともにレベルも及ばず。

 エスティルーナの援護が入るとはいえ、そのままでは徐々に押し切られるのが見えていた。


「ハハッ! 流石帝国の災厄やな。ハンパないわ」


 劣勢に置かれているというのに、ゼンダーソンには悲壮の色は見えない。

 それは背後に北条が控えているというのは関係なく、ゼンダーソンが強者との戦いを望む性格からきている。

 そういった意味では、ゼンダーソンとゴドウィンはかなり近しいものがあった。


「こうなったら出し惜しみなしや! 全力で行かせてもらうで!」


 すでにシャンティアからの"神聖魔法"で治癒されてはいるが、ゼンダーソンの全身の所々には流れた血の跡が見られる。

 しかし戦意は全く衰えてはおらず、ゼンダーソンはまず"狂化"を使い自らを「状態異常:狂化」にする。

 防御力は下がってしまうが、これで攻撃と敏捷が向上した。


 次に"炎纏"を発動して全身に炎を纏う。

 これによって攻撃時に炎属性の追加ダメージを与える事が可能だ。

 そしてここまでは、以前の北条との手合わせで見せた事のあるスキルになる。


 だがゼンダーソンは、ここから更に"獣化"のスキルを使用した。

 "獣化"は獣人族の種族固有スキルで、それぞれの種族に応じた獣の特性を更に強化させるというものだ。

 ゼンダーソンの獅子の場合、筋力と敏捷が更に強化される事になる。

 見た目も元々獣人度高めのゼンダーソンではあったが、ノーチラスやジェンツーのように、"獣化"による変化で二足歩行する獅子といった具合に姿を変えていた。


「ヘッ! おもしれぇ、かかって来やがれ!」


 ゼンダーソンが変化していく様子を見て、楽しそうに笑うゴドウィン。

 戦いはまだまだ終わりそうにはなかった。

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