第16話 宝箱部屋
「DNJEK?<QX!」
目の前では薄灰色をしたゴブリンが何かを叫びながら事切れていく。
どうしても抑えきれない嫌悪感をこらえながら信也が辺りを見渡すと、すでに戦闘は終わっていた。
すっかり慣れてきた動きで信也がドロップの回収をしていると、横からメアリーが声をかけてきた。
「あの……少しは慣れましたか?」
既に先ほどの戦闘で、ゴブリンとは本日だけで六回も戦闘を重ねていた。
ゴブリンエリアにでも入ったのか、今日はネズミや蝙蝠よりもゴブリンと多く遭遇する。
慣れたとは到底言えないが、それでも最初に比べれば大分マシになった様子の信也は、心配ないと言った調子で軽く手を振りながら答える。
「多少は……な。俺自身もっと割り切って考えられればとは思うんだが……」
「そう……ですか。余り深く考えすぎても厳しいですし、適度に気を抜いた方がいいですよ」
メアリーの忠告に頷きながら、戦闘後の処理が終わった一行は再び探索へと戻る。
そして探索開始から三時間になろうとしていた頃の事だった。
北条から敵の接近を知らせる警告が走る。
少ししてから、遠くにゴブリンらしき影が薄っすらと見えた。それを見た北条が思わず声を張り上げる。
「気をつけろぉ! 杖持ちが二体いるぞ!」
その言葉を聞き、信也は龍之介から教わったゴブリンについての知識を思い出す。
『ゴブリンには色々な種類がいるんだよ。ホブゴブリンとかがゆーめーかな? 後はゴブリンキングとか……魔法を使うやつとかな!』
魔法を使うゴブリン。
その二体の杖持ちのゴブリンというのは、その魔法を使うというゴブリンメイジという奴かもしれない。
見れば明らかに集団の後方に位置している所を見ると、その考えは間違ってはいなさそうだ。
一同に緊張が走る中、続けて北条が作戦を告げる。
「ある程度まで接近したらぁ、俺と武田が一気に走り抜けて、後方のゴブリンメイジ二匹を殺る! 俺はー左から、武田は右からだぁ! 後衛はタイミングを合わせて俺達が連中とすれ違う直前辺りに着弾するように、魔法で前衛のゴブリンを攻撃してくれぃ。一射目を確認したら、残りの前衛は相手ゴブリン前衛と接敵。後衛も距離を見計らって接近しつつ魔法で援護してくれぇ」
敵の魔法による範囲攻撃や接敵前の遠距離攻撃を警戒した北条は、絶妙なタイミングで飛び出す事による奇襲を提案する。
もっとも提案といっても議論する時間などある訳もなく、つぶさに各自作戦を頭に浮かべながらタイミングを伺い始める。
「今だっ!」
と叫ぶと同時に走り出す北条。僅かに遅れて由里香も同様に逆サイドを走りだし、ゴブリンの脇を強引に抜けていく。
突然の動きに戸惑っているゴブリン達は、あっさりと二人の突破を許してしまい、二匹のゴブリンメイジは慌てて手にした杖で殴りかかってくる。
「あまいよっ!」
その攻撃をあっさり掻い潜った由里香は、拳をゴブリンメイジの腹部へと打ち付けていく。
「MD+S!」
その衝撃に思わず呻くゴブリンメイジに向けて、追加の一撃をお見舞いしようと右側から回り込もうとした由里香。
「っっ!?」
だが、途中にあった水溜まりに足を取られて転んでしまう。
慌てて立ちなおそうとする由里香だったが、すでにそこにはゴブリンメイジの杖が迫ってきていた。
ボグゥンッ!
先ほどのお返しとばかりに腹部を思い切り殴られた由里香は、その衝撃に片膝をつく。
小さな体躯の魔法職であるゴブリンメイジであるが、同年代でも小柄な方である由里香にとって、その物理攻撃はソコソコの効果があったようだ。
続けて魔法を使わずに杖で殴り殺す事に愉悦を感じてきているのか、歪な笑顔で杖による打撃攻撃を続けてくるメイジゴブリン。
反射的に、顔を庇うような身を守る態勢に入る由里香だが、初撃のダメージが未だ残っているのか反撃もできず、なすがままだ。
しかし、突如その動きが停止する。
「大丈夫かぁ?」
いつの間にかゴブリンメイジの背後には北条が立っており、その赤く光る左手がメイジゴブリンの頭部に触れられていた。
二度程赤い光を発した後、完全に息の根が止まったようで、少ししてゴブリンメイジは光の粒子へと変わっていく。
「ちょっと……。すぐには動けそうにないっす…………」
苦しそうな顔で横っ腹を抑えている由里香。
地面には由里香が口から吐き出した血が小さな水溜まりを作っていた。
北条は周囲を見渡し、近くに敵がいない事を確認すると、
「よぉし、ならそこでじっとしてろぉ。俺は背後から敵を挟み撃ちにしてくる」
ゴブリンの前衛達は、最初こそ北条と由里香の二人を追うような行動をしていたが、直後に放たれた芽衣達の魔法によって前面の敵を意識せざるを得なくなる。
更に突進してきた信也と龍之介によって、北条達の方に注意を向ける余力は残っていなかった。
そこへメイジ二匹を倒し終えた北条が背後から奇襲をかける。
するとゴブリン達は瞬く間に崩れ始め、十分とかからず全てのゴブリンが打ち倒された。
「今川、付いてきてくれぃ! 向こうで武田がケガを負った!」
戦闘が終わるや否や掛けられた北条のその声に、咲良だけでなく芽衣も一緒に北条の後を駆けて行く。
幸いにも追加で敵が現れたという事もなく、苦しそうな顔をしながらも由里香は無事であった。
すぐさま咲良による"神聖魔法"で由里香のケガは治癒され、由里香は固唾と様子を見守っていた芽衣による抱擁を受ける事になった。
その間、周囲を警戒していた北条だったが、姦しい声が聞こえ始めると肩の力を抜いた。
「うーー、不覚だった! まさかこんな所に水溜まりがあったなんて……」
先ほど危険な目にあった事よりも、自分の失敗の方を気にしている由里香。
「その様子だと大丈夫そうだなぁ」
そんな由里香を見てそっと呟く北条。
何せ年若い少女が魔物相手から叩く突くの暴行を受けたのだ。
トラウマになっていてもおかしくはなかった。
やがて、他のメンバーとも合流し、僅かな休憩を入れてから再び出発する事になった。
その後も定期的に小休憩を入れながら探索は進んでいく。
道中で新モンスターである、巨大な蜘蛛が襲ってきた時は露骨に顔を引きつらせる者も数名いたが、主に後衛組の攻撃魔法によって特に苦戦する事なく倒す事ができた。
ただ、その中で唯一人北条だけは、"ライフドレイン"の為に接触が必要だというのにも関わらず、生理的嫌悪感をもたらす蜘蛛相手に素手で触れながら一匹仕留めていた。
その北条によると、
「足の先は爪とかもあって堅そうだったがぁ、俺が触れた足の部位は意外と柔らかい感触だったぞぉ」
との事だ。
ちなみにドロップとして蜘蛛の脚がドロップしたが、誰も回収しようとしなかったので、結局北条が回収していた。
そんな一幕がありながらも一行は先へと進む。
するとこれまで幾つも発見してきた部屋状の空間へとたどり着いた。
その部屋はソコソコの広さで、パッと見た感じではこの異世界に飛ばされた直後の部屋に似ていた。
それは何も部屋の広さだけではなく、共通する
「おおおぉぉぉ! 初宝箱ゲットだぜっ!」
そう。龍之介の言う通り、その広い部屋にはポツンと木製の宝箱が一つだけ置かれていた。
最初の部屋に置かれていた宝箱とは見た目は異なるが、大きさは余り変わらないようだ。
これまで代わり映えのない場所を延々とさまよい続けてきた彼らにとって、こうしたちょっとした変化は歓迎を持って迎えられた。
龍之介などは今にも小躍りでもしそうな勢いだ。
しかしそんな龍之介だったが、宝箱を開けようという動きは見せなかった。
その理由は、
「なー、この宝箱って罠とか仕掛けられてないよな?」
変にファンタジー知識にかぶれている為、そのような事を考えてしまったらしい。
確かに宝箱自体が敵として襲ってくる某ゲームなんかも存在しているし、その手の小説では盗賊系の技能で罠を解除してから箱を開ける、なんて場面もよくみられる。
そんな訳で、なんだかんだ誰も宝箱に触れようともしない中、
「あんた達、いつまでそこでくっちゃべってるつもり? 開けるんなら開けるでさっさと行くわよ」
そう言いながら宝箱へと近寄り、箱を開けようとしている長井の姿があった。
「あん? なんかこの宝箱開かないんだけど?」
少しイラついた口調で箱をゲシゲシと蹴り始める長井。
すると、部屋の入口の方からズズズッ! とした音が聞こえたかと思うと、外へと通じる入口が完全に壁で閉ざされてしまう。
「なんだっ!?」
「え、ちょっ!」
驚きの声がいくつも上がる中、更に部屋内に変化が訪れる。
部屋中のそこここに魔法陣の光が煌めいたかと思うと、一瞬後、そこにはゴブリンがあちこちに出現していたのだった。
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