第17話 罠にはまる異邦人達
「も、モンスターハウスだあああ!」
龍之介の声がつぶさに響き渡る。
ゴブリン達は出現して少しの間は不気味に動きを停止していたが、やがて一体、また一体と一斉に動き始める。
そしてその眼が近くにいる得物を認識すると、醜い声を張り上げ始める。
「おおい! ぼーっとしてる暇はないぞぉ、えーと……そこの!」
そう叫びつつ北条が陽子を指指す。
「あの部屋の隅に結界を張ってくれぃ! 今回は防衛線の形になるから、後衛は結界内からの魔法攻撃。
慌てた様子で早口で指示を出す北条。
陽子の張り巡らす結界は、検証の段階でかなり便利なものである事が判明している。
一度張れば長時間維持できる事もそうだが、更に展開した結界にも干渉する事ができた。
魔力を追加して効果時間を延長したり、結界の範囲を調整することが可能だったのだ。
今回の北条の指示は、結界の一部分を扉を開けるかのように開くことで、外部から出入りを可能にするというものだ。
北条の指示によって思い出したかのように一斉に動き始める面々。
それら一連の動きを確認すらせず、指示を出した直後に北条は真っ先に移動し始める。
狙いは、現れたばかりでまともに集団行動をとれていない今の内に、何体か確認出来た杖持ちへの先制攻撃だ。
ゴブリンの蠢く中、意外な俊敏さでゴブリンメイジへと接近した北条は、お得意の"ライフドレイン"でメイジを速攻で一匹潰す事に成功する。
更にそこから陽子の張った結界に向かいながら、途中にいたもう一匹のメイジをも仕留める。
最初に敢えて遠くにいるメイジから攻撃したのは、予め移動ルートを想定していたからであった。
北条のその動きを信也は感嘆しながら眺めていたが、すぐに現状を思い出し、
「後衛班! 北条さんに当てないよう注意しながら魔法攻撃を放つぞ!」
そう声を掛けつつ自らも【光弾】を発動させ、狙いをつけ始める。
「撃てっ!」
その信也の声と共に一斉に放たれる魔法攻撃。
部屋内にいるゴブリンは二十は超えており、狙いに困る事はなかったが、信也はそれでも少し離れた場所にいた杖持ちに狙いをつけていた。
すると、石田も同じ杖持ちに狙いをつけていたらしく、光と闇の弾は互いに打ち消す事もなく、ほぼ同時に着弾。やがて光の粒子へと変わっていく。
実は反対属性である光と闇の魔法は、本来ならお互い打ち消しあう関係性にあるのだが、着弾した場所のズレが奇跡的にかみ合って、うまく両弾とも命中したようだ。
「よし! 目に付く限りの杖持ちは片付いた。後は通常のゴブリンだけだ!」
とはいえ、その数はまだ二十近くはいる。
今までにない厳しい戦闘になるのは明らかだった。
だが、序盤の立ち回りに光明を覚えたのか、意外にも士気はそこまで低くはない。
「無理をせず、一匹ずつ確実に仕留めていくぞぉ!」
そこに奇襲から戻った北条が戻ってきた。
その後ろからはゴブリンが数匹ついてきており、後衛の魔法攻撃の第二射の的になっていた。
「先ほどの動き、お見事でした」
帰還した北条に信也が称賛の言葉を贈る。
「お褒めの言葉はこの戦闘が終わってから……だなっ!」
そう言いながら、いつの間にか収納していた小石を魔法の袋から取り出して、ゴブリンへと投げつけ始める北条。
その様子を見て、「先ほどの動きといい、抜け目がない人だな」と半ばあきれた気持ちを抱きながらも、接近しつつあるゴブリンに【光弾】を打ち込む信也。
ゴブリンがこちらの前衛ラインにたどり着くまでに、すでにメイジ三匹を含む五、六匹のゴブリンが確実に仕留められ、更に数匹は傷を負っている。
この調子ならなんとかなりそうだ、と信也が安心しかけたその時だった。
部屋の隅に展開された結界周辺に、ゴブリン達が集まってきた為に、隙間の空いていた部屋の中央から逆側のスペース。そこに、新たに幾つかの魔法陣が光り出した。
数秒後、無慈悲にもそこには追加のゴブリン達が現れていた。
しかも部屋の最奥部分では、他の魔法陣より一回り派手なエフェクトを上げながら、通常のゴブリンより一回り大きいゴブリン――人間と同じくらいの背丈――が現れていた。
「っな!」
その光景を見て思わず声を上げてしまう信也。
他のメンバーも一様に驚いている。
そこに北条の声が木霊した。
「新しく沸いた中に杖持ちがいる! 後衛はそちらを優先して攻撃。あのでかぶつ――仮称『ホブゴブリン』は少し様子を見よう」
最初のメイジ戦では速攻で潰してしまったので、敵の魔法攻撃を喰らう事はなかったのだが、この部屋に来るまでの道中で出くわしたゴブリンメイジからは、何度か魔法攻撃を受けている。
受けた回数自体は多くはないのだが、【雷の矢】の炎版みたいな奴や、土を固めたようなものを打ち込んでくる"土球"みたいなものが主で、北条が危惧した範囲攻撃や対処しにくい魔法は使ってこなかった。
とはいえ、遠距離攻撃で直接後衛を狙われるのは危険な事に変わりなく、まずは杖持ち優先というのは変わりはない。
北条の声掛けによって、魔法攻撃がメイジへと飛んでいくが、その内の一匹は出現後すぐにホブゴブリンの背後へと、隠れるような位置に移動していた。
仕方なく残り二匹の新規杖持ちに魔法が向けられるが、
「JN(DA<UP%V」
ホブゴブリンが何やら叫んだかと思うと、杖持ちの傍にいたノーマルゴブリンが飛来した魔法へと自ら当たりにいく。
まともに魔法攻撃を喰らったそのゴブリンは致命傷を負ったが、メイジはほぼ無傷。
もう片方のメイジも同様にノマゴブに庇われてはいたが、完全にガードできず若干のダメージをメイジに与えられたようだ。
その様子を、既に激しい戦場となっていた前線からかろうじて確認した信也は、
「まずい! あのでかい奴、味方を指示しているようだ。これまでのようなゴリ押しだけでは厳しいぞ!」
そう叫びながら、右方から振るわれたこん棒を躱す信也。
そこに、
「それなら、まずはあのホブゴブリンから処理だぁ! 後衛は一斉にアイツに魔法を撃ってくれぃ!」
と北条の声が響く。
見れば北条は四匹ものゴブリン相手に立ち回っていた。
魔法攻撃による援護が出来ない分、前衛は大分苦戦しているようだが、時折楓の【影の手】による補助や、召喚に成功してしまった巨大蜘蛛二匹の援護を受けて、なんとか拮抗を保っていた。
「【水弾】 いきます!」
慶介のその声を筆頭に、【雷の矢】と【闇弾】も奥のホブゴブリンへと飛んでいく。
これには流石に危険を感じたのか、あせったように身を躱そうとするホブゴブリン。
しかし、すぐさま回避を断念したのか、持っていた槍で【水弾】をたたき切るようにして振り下ろす。
穂先は見事水弾を切り裂いてはいたのだが、魔法の武器でもない只の槍では若干威力を減退させるのが手一杯だった。
更に続く【雷の矢】と【闇弾】に至っては普通の物質で切り裂けるようなものではない。
息つく暇もなく、連続で魔法を喰らうホブゴブリン。
「やったよ~~~」
そんな暢気な芽衣の声が聞こえてくるが、様子を窺っていた陽子は、
「……まだ倒せていないみたいよ? でもあの様子ならもう一度同じ攻撃をすればいけそうね」
と分析をする。
通常のゴブリンであれば、魔法二発に耐えられた奴はいなかったが、流石にでかいだけあってか、三発当ててもまだ無事なようだ。
陽子の言葉を受け、早速止めを刺すべく再び魔法の発動にとりかかる後衛だったが、
「NMED()#D!< BHKS(CXD!) NJAM$DNJJE NMX」
と何やらでかぶつが長めの指示を出したかと思うと、仕留めきれなかった杖持ち二匹と、一緒に出現していたノーマル数匹が、ホブゴブリンの元へと向かい始める。
さらにはホブゴブリンの背後にいた杖持ちが何やら魔法を使い始めると、三発の魔法によってダメージを負っていたでかぶつの傷がみるみる癒えていく。
魔法は呪文名だけを唱えれば発動はするが、連射することはできない。
それは、発動までには魔力を操作したり魔法へと変換したりといった、見えない内部プロセスが存在しているからだ。
追加の魔法攻撃がようやく発動した時には、すでにホブゴブリンは見た感じまだまだ戦えそうな状態にまで回復していた。
そして、ホブゴブリンへの二射目は雑魚ゴブリンによる肉壁によって守られ、ケガを負っていた杖持ちも、回復ゴブリンによって回復を受けようとしていた。
更には無事だった杖持ちが魔法の発動体制にはいっている。
「みんな、気を付けて! 杖持ちが魔法を使おうとしてるっ!」
陽子の注意は前衛の耳に届いてはいたが、正直な所多数相手に戦い続けているので、注意しようにも厳しいといった所だ。
直後、ゴブリンメイジの放つ【炎の矢】が放たれた。
しかしその魔法は前衛の方ではなく、結界を張っている陽子らの方へと飛んでいく。
「ウゥアアァア"ア"ア"ッ―ーーー!!」
潰れた蛙のような叫び声を上げたのは長井だった。
見ると、その右肩部分はひどく焼け焦げており、鬼のような形相で左手を右肩に添えている。
その余りの形相に近寄るのも一瞬ためらわれたが、すぐに気を取り戻したメアリーは、ただちに長井に回復魔法を掛けに向かう。
そうした様子を横目で見ながら陽子は、
「気を付けてっ! 私の【物理結界】では魔法による攻撃は防げないわ」
「……気を付けろですって!? 一体どうしたらいいのよ!」
そう声を荒げる長井は、回復したとはいえ先ほど大きなダメージをもらったとは思えないほどいきり立っている。
「もう少し手加減して回復してくれればいいのに」などと内心思っていた陽子であったが、表情にはおくびも出さずに長井の言葉を受け流す。
(そんな事、私に言われたってどうしようもないじゃない……)
というのが陽子の心境であった。
返事がない事に、更に怒りのボルテージが上昇しはじめた長井であったが、
「龍之介の傍にいる大分傷付いている蜘蛛を一旦消して、新しいのを結界内に呼びなおしとけぇ! 次に魔法が来たらそいつを盾に! おっとと……。後はそいつを回復しながら盾にすれば、使いまわせるだろぅ」
と、器用に敵の攻撃を躱しながらの北条の声が届く。
"召喚魔法"には、最初に召喚したネズミの時に使用した【サモンアニマル】。
先ほど初めて使用した、蜘蛛を召喚する為の【サモンインセクト】。
など、単純にただ召喚するというものではなく、他の魔法同様に幾つもの魔法の種類が存在している。
その中には、召喚途中の魔物を途中で送還する為の【デポテーション】というものもあった。
スキル検証時に確認されていたものの、使う機会がなかったので芽衣本人ですらその事を失念していた。
早速言われた通りに蜘蛛を召喚しなおして配置する芽衣。
前衛役が一つ減った分、信也達は若干厳しくなりはしたが、多勢相手の動きが少しずつみえてきたのか、致命的な事態には陥っていない。
「さて、後はアイツをどうするかだが……」
と奥を見据え、小さく呟く北条。
未だ突破口が掴めない彼らの受難はまだまだ続く。
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