第15話 リーダー決定と北条の忠告
ダンジョンの部屋内で夜を明かした一行は、翌朝全員が目を覚ました後に軽く朝食を取ると、本日の予定や行動指針などについて話し合おうとしていた。
その彼らの顔からは、明らかに前日からの疲れが残っているのが分かる。
このような慣れない環境でぐっすり眠れる人は少なく、更に時間を知る術がない彼らにはあずかり知らぬ事ではあるが、今の時間は早朝帯であった。
睡眠時間自体も十分ではなく、眼の下の隈が少し気になる者もいた。
だが、MPの方は全員満タンにまで回復したようだった。
実は昨日の探索のラスト付近では、余裕はまだあるものの少しMPに限界が見えてきたので、途中からは魔法は控えめに使って凌いでいた。
「……よし、じゃあ今日のこれからの予定などを話合いたいのだが」
口火を切ったのは信也だった。
「本題に入る前に確認というか、提案がある。自分でも情けない事ながら、昨日はゴブリン戦以降みっともない姿をさらしてしまった。戦闘の指示もろくにとれず、戦闘に入ってからは我を見失ってしまい、申し訳なかった」
そう下向きな発言をしている信也だが、昨日のどん底状態よりは幾分回復しているのは周りにも伝わっていた。
特に昨夜の見張りの交代時に居合わせた陽子と石田は、その原因に心当たりがあり、一瞬北条の方へと視線を向ける。
「俺は暫定的にリーダー的な役割を担っていたが、その役割を他の人に――北条さんにお願いしたいと思うのだが、どうだろうか?」
唐突に自分の名前が上がり、周囲からの注目を浴びる北条。
北条は参ったな、とばかりに右手で頭を掻くと、
「せっかくの推薦なんだがぁ、生憎と俺にはそういったリーダー的資質というものが自分には無いと思っている。寧ろ和泉の方が俺なんかよりはよっぽどリーダーしてるだろうよ」
「だが、しかし!」
食い下がろうとする信也を手で制し、北条が続ける。
「昨日の和泉のアレは本人の精神的な事もあるがぁ、こういったファンタジー知識に疎いせいで指示が咄嗟に出来なかったという側面もある。精神的な事はすぐには解決できないが、今後何度もゴブリンと戦っていきゃあ嫌でも慣れてくるだろう。知識に関しては今後覚えていけばいいし、俺や龍之介なんかも適宜補助していけばいぃ」
矢継ぎ早に言葉を連ねる北条に対し、納得のいかない表情の信也。そんな信也に対し北条は、
「それに、人間は失敗を繰り返して成長していくもんだぁ。一度の失敗でリーダーを交代していったらきりがない」
その言葉に不承不承な様子で、改めて他の面子にリーダーが自分でいいのかを尋ねる信也。
普段おちゃらけた様子の龍之介も「いや、俺がやる!」などとは言いださずに、素直に信也のリーダー続投を認めるようだ。
他に長井などは何か言いたげな表情を一瞬見せるも、保身が優先したのかその口から言葉が発せられることはなかった。
「…………っ」
「……そうか。分かった、では及ばずながら俺がリーダーを継続させていただく」
石田が何かを言いかけるのとほぼ同時に信也は決断を下す。
そのタイミングの悪さに、石田が何かを言いかけた事に気付くものは一人もいない。
そして覚悟を決めた口調の信也は、すぐさまこれからの行動についての話し合いに移行した。
とはいっても結局新しい情報もないので、する事といったら昨日と同じ事しかない。
早々に話し合いも終わり、行動に移ろうかとなった所で北条が声を上げる。
「ちょっといいかぁ? 昨日と同じように探索するのはいいとして、一つ共有しておきたい事がある」
そう言いながら北条は腰元にある袋を指さすと「これに関する事だぁ」と口にする。
「俺は物事について考えるときに、常に最悪な事態を想定する。まー、普段なら後ろ向きな奴だな、程度で済むかもしれん。しかし、今の状態では安易な考えで行動した結果、死が待ち構えているという事もある」
その北条の言葉に「大げさだなぁ……」といった視線を向ける者もいれば、理解できるのかコクコクと頷いている者もいた。
「それで、ここからはー……俺の想定が幾つか重なった場合の話になる。まずは、ここが魔物の徘徊する洞窟……いわゆるダンジョンであるとする」
ファンタジー知識に疎い者でも、なんとなくのイメージがあるのか、特にダンジョンについての誰何の声は上がらなかった。
「で、お約束だとこういったダンジョンにはー何らかの利益や、目的を持ってやってくる者達がいる。まあ『冒険者』とか『探索者』って奴らだな」
その手のお話ではすっかり一般的な存在として定着してしまった「冒険者」であるが、明らかに冒険してない冒険者も作中で大勢いたりして、名前の由来に時折ツッコミが入るのもまたお約束である。
「つまりぃ、このダンジョン内でもゴブリンなどの魔物ではなくて、話が通じるかもしれない『人間』と出会う可能性がある」
そして北条はそういった冒険者達がダンジョン内で遭遇した時に起こりえる話を解説する。
大抵は無闇に干渉するのを避け、軽く挨拶する程度で通りすぎる事が一般的とされるが、中には悪意を持って接近してくる奴らもいる。
「警察機構の未熟なこういった世界においても、ダンジョン内なんてのは特に無法の地といえる。なんせ、ダンジョン内で追いはぎをしても『魔物に殺された奴らの装備を拾った』と、いえばそれで済むからなぁ。まぁ、余り繰り返せば疑われるだろうがぁ」
北条のその言葉に、初めは気楽に構えてた者も段々表情が真剣なものへと変わっていく。
「で、だ。そういった事を踏まえてー俺らの事を考えると、人数が多いのでそういった物騒な奴らと出くわしても、こちらを襲ってくる可能性は低いかもしれん」
「まあ、俺らこれでも一応神様からスキルもらっちゃってるしな! もし襲われたら返り討ちにしてやるぜ」
昨日の体たらくっぷりをすっかり忘れているかの様子の龍之介。
北条はそんな龍之介を気にせず話を続ける。
「しかし、
そういって改めて魔法の袋を指指す。
「これも仮定の話で申し訳ないがぁ、こういった多くの物を収納できるマジックアイテムってなぁ、大抵高額で取引されている。まぁ、これがあるだけで商売なんかで大きなアドバンテージになるんだから、余程量産されまくってない限りは当然だろう」
北条達の魔法の袋はそこまで容量の大きいものではないが、それでも十二人分ともなれば、相当なものになる。
見る者が見れば、北条達がそこまで戦闘慣れしていない事はすぐわかるだろう。
そして、対人戦の経験の無さが無法者に知られてしまったら、死刑執行にGOサインを押してしまうようなものだ。
そういった、〈魔法の小袋〉を持つことの危険性を淡々と告げる北条。
しかし、そこに待ったの声をかけたのは咲良だった。
「あの、ちょっといいですか? そもそもこの袋って自分達自身にしか使えないんですよね。それなのに、わざわざリスク負って襲ってきたりします? なんなら前もって使用者制限があるってのを、実際に試してもらったりすればいいんじゃ……」
咲良のその意見に「確かにそうね」という声が聞こえる中、北条は静かに顔を横に振る。
「色々問題はあるがぁ、まず相手が素直にそれを信じると思うかぁ? 使用者制限以外にも、キーワードによって使用可能になるものや、使用するのに何らかの手順が必要なものもあるかもしれない。そういったこと事を聞き出す為に、下手すりゃー動けない程度にボコボコにされた後、一人一人拷問にでもかけられるぞぉ」
『拷問』という言葉に思わず一同は身震いする。
そのような、以前は非日常的な事であっても、この世界では決して起こり得ない訳ではないのだ。
「そもそも、使用制限があっても気にしない可能性もある。俺ら以外にも魔法の収納を持っている人はいるだろう。その中には同じように使用制限のかかったものもあるはずだぁ。現に俺らだって一つずつ持っている訳だしなぁ」
現在の彼らはあらゆる情報が不足している状況であるが、その少ない情報からも推測できることはる。
北条はそうした可能性を過敏に警戒しているようだった。
「そういった制限付きの魔法収納の持ち主が不意に死んだらどうなる? もう引き出せないって諦めるかぁ? 中に莫大な資産があると確定しているなら、どうにか開けようとするだろう。テレビなんかでも時折やってたろぅ? 『開かずの金庫開けます!』みたいな番組。ああいった鍵師みたいな奴なら、制限を解除できるかもしれない」
北条の話は仮定に次ぐ仮定の話ではあるが、可能性がゼロという訳ではない。
だが掛かってるのが自らの命であるなら、それを過敏と切り捨てる訳にもいかない。
「要するに、この〈魔法の小袋〉は便利なアイテムでもあるがぁ、俺たちの身をおびやかす可能性もあるって事だぁ。だから、もしダンジョン内でこの世界の人間に会った時には……。というか、このダンジョンを脱出した後もそうだが、無闇矢鱈に人前で〈魔法の小袋〉は使わないでくれぃ」
彼ら十二人は硬い結束に結ばれているという訳ではないが、それでもしばらくは互いに自らの身を守るために行動を共にする事になるだろう。
もしその中の誰か一人が〈魔法の小袋〉の使用を見られてしまえば、全く同じ見た目の袋を身に着けている他のメンバーにも疑いの念が行く事もありえる。
「少なくとも俺たちが同じ場所で活動してる間、もしくは襲撃者を問題なく蹴散らせるような実力を身に着けるまでは、注意に越したことはない」
明確に言葉にはしなかったが、北条の言葉の裏を読み取った者は正しく〈魔法の小袋〉に対する危険性を理解した。
「俺からの話はー以上だ。他に話がないようなら、そろそろ探索に出発しようかぁ」
そう話を切り上げると、他には特に意見のある者もいなかったようで、ようやく本日の探索が開始された。
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