亡霊は主人公じゃない
ビルが茂みから現れると、囚人たちは素早く道を開けた。余裕の表情でまさに強者の風貌であるが、残念なことにあの時同様頬にビンタの痕がある。こいつはことあるごとにグラノスに喝を入れてもらっているのか…。
軍服達はビルの雰囲気を見て囚人同様ビルの前に道を開ける。いや、これはビルに道を開けたんじゃなくて軍服側のリーダーに道を開けたのか。ビルが立ち止まると、思った通り令状を見せてきた男が前に出てきた。
その間、ワンとリーブは手錠をしていないので容赦なく囚人たちに襲われている。グラノスらしい、過剰すぎる包囲網。いくら倒しても蛆のように湧いてくる。馬鹿なて下にもわかりやすいように『手錠以外』と命令したのもグラノスだろう。
「だから、もう少し力を抜いて。」
「こうか?」
こんな中でも呑気に授業を始めるレイとワン。まあちょうどいい的ではあるのか。俺に放った時より出力は落ちているが、それでも囚人たちを軽々と上空に巻き上げるほどの出力だ。正直見ていて爽快だ。
いまさら気付いたが、魔法を放つと反動でワンが後ろに押されていた。魔法といってもやはり作用反作用の関係は破れないようだ。俺は魔法に押されるなんてことはなかったから知らなかった…。ワンは風の魔法で空を飛べそうだな。
学習をしない囚人たちは次々に襲い掛かっていくが、吹っ飛ばされてもうまく受け身をとるため誰一人目立った怪我をしていない。むしろ宙に飛ばされる経験などなかなかないのか楽しそうにしている平和な戦闘だ。
俺がその様子をリーブと見ていると、後ろから誰かに殴られ気を失ってしまった。薄れていく意識の中で…とかは全くなく、一撃だった。油断した…。
目を開くとがたいのいい男に背負われていた。
「お、本当に目を覚ましやがった…。」
周りを確認すると軍服の姿はなく、囚人とビークが見えた。明かりは疎らであるが、それを補うように変わりなく月が道を照らしていた。どうやら、少し気を失っていただけのようだ。背負っていた男は俺をゆっくりおろすと、ビルさん、と先を歩く男に声をかける。
「いや、すまない。人違いだって知らなかったんだ。」
俺が見ていると、ビルが振り返るなり話しかけてきた。人違いしておいて蔑んだ目で突き飛ばしてくるやつや、手錠をかけてそのまま牢獄に搬送しようとするやつもいるのだから、全然問題はない。
しかしまた人違いか。今回は誰と間違われたのだろうか。そういえば前回、誰と間違えられたのか分からなかったな…。俺が聞こうとすると、レイが口を開いた。
「ルベルと間違えたらしい。」
「ルベル?」
「は?…彼に言ったのか?」
俺の口からルベルの名前が出てビルが囚人を睨みつける。グラノスとのやり取りで小者臭がすごかったが、部下に対しては強気だな。
「いえ、言っておりません。起きたらすぐに呼べとおっしゃっていたので。彼が起きて初めに話したのは俺ではなくビルさんです。」
がたいがいい男は、見た目に似合わず丁寧な口調で話し始めた。威圧してくる上司に対して、これぐらいしっかり受け答えできないとだめだよな。まさかとは思うが、黙り込んでビンタされるやつなんていないよな。
俺がボーっとビルと囚人のやり取りを見ているとレイが咳払いしてきた。気を抜くとレイの言葉を復唱してしまうから気を付けないとだな。
ビルは男から俺に視線を移すと、腕を組んで短く息を吸い、まあいい、と小さく頷いた。
「お前に一つ提案だ。俺たちについて来ないか?」
どういうことだ?あ、ビルは俺が一度死んだのに生きていることを知っているのか。それで俺を戦力として考えているのかもしれない。
「わかった。」
「よし、錠を外してやれ。」
ビルがそういうと、がたいのいい囚人が懐から血の付いたリングを取り出す。腕に通せるぐらいのリングだ。それを俺の手首の錠に重ねるように通すと、カシュッと金属をスライドしたような音がして手首の圧迫感がなくなった。
待った、外す前に聞いていたってことは脅していたってことか?断る理由がなかったから承諾したが、仮に俺が手錠を外す手段を持ち合わせずに断っていたらどうなっていたのだろうか?完全に脅迫だ。
「ようこそ、『亡霊』へ。」
満足そうにどや顔で右手でビークを指し示したビルは不敵な笑みを浮かべた後、俺たちの先を歩き出した。
おそらく俺が加入した何かの名前なのだろう。『亡霊』など聞いたことはなかったが、何の由来の、どういう集まりなのだろう。
黙々と歩みを進める数人の囚人たちをみて、ビーク監獄で見たブライ達思い出す。彼の率いていた囚人たち同様、規律を感じるが何か違う。何といえばよいのだろうか…今はわからない。
しかし、瀕死にも見える怪我を負っている囚人も、うめき声をあげずに静かに前方を見据えているのは少しゾッとする。見た目と態度のギャップからもう死んでしまった人が歩いてるのではないかとも思える。
『亡霊』か。もしかしてやばい組織だったりして。
この時、成り行きで入ってしまった亡霊が、これからこの世界を好きなだけ搔き乱す組織の名前であるなど、俺が知るはずもなかった。
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