優柔不断は主人公じゃない
ビークはひどいありさまだった。
薄暗い夜に廃屋のように佇む半壊のビーク監獄の前には、いくつか死体が転がっていた。月明かりに照らされているとはいえ暗いところは暗いのだが、近寄って確認するまでもなく死体だとわかるものがそこら中にあった。
これもブライがやったのだろうか?
俺の知る限り、刑務官たちに対しては無力化を優先しているように見えたが、一度怒ると味方を巻き込み粉砕してしまうほど狂暴でもあった。何より愚者をバラバラにして墓に掲示するという残忍さも兼ね備えている。
まるで獣だ。やってもおかしくない。リルレットから殺害依頼が来るのも頷ける。
囚人たちはこの惨状に微動だにしなかった。しかし、道のわきには不自然に汚れた跡があるのが見えたので、何人かは我慢できずに戻したのだろう。いくら『亡霊』といっても人間のようで少し安心。
え?
ビル率いる『亡霊』はそのままビーク監獄の好きな牢屋に入って一夜過ごせと命令された。どうやら完全に陥落しているようだ。ルベルの家で会った軍服達のようすからして、今日のうちの出来事なのだろう。
そういえば
先客がいたら面倒だともおもったが、無駄な心配だった。この部屋の壁に穴が開いているのをすっかり忘れていたな…。まあいいか。
思っていた形とは違ったが、結果としてビーク監獄の牢屋に再び入ることになってしまったなと苦笑する。俺が寝そべると、レイが現れ腕を組んだ状態で穴の方を指さす。
「ここ出て左の部屋。」
そう言い残して消えてしまった。流石にこれだけ大きな穴が開いていては、周りが気になってしょうがないか。俺が気を失っている間に何があったのか聞いておきたいし、言われた通りに穴から廊下にでて左の部屋に入る。
そこは刑務官の泊まり込み用の部屋のようで、牢屋とは比較にならないほど待遇のよい部屋だった。汚くても我慢できるが、やはり清潔感のある部屋は何かと落ち着く。
俺が部屋の扉を閉める頃には、部屋の隅にある机の上にレイが座っていた。自分の爪を見て静かにしている。俺が話しかけるのを待っているのだろうか。
「子供たちとはまた機会があれば会えると思う。」
ここだけ聞くと夫婦の会話みたいだな。ワンとリーブとは別行動になったが、向こうの安否確認は取れているということだろうか?俺はうなずきながらベッドに腰を掛ける。
「『亡霊』って?」
彼らが何者なのか、レイなら知っているかもしれない。
「ソーンこそ知らないの?」
俺たち二人が知らないほど無名な組織?そういえばグラノスの使っていた、魔法の無力化がすごいという印象のみで、彼らの強さは数の強さ以外知らない。昔の魔法を使っていたのも引っかかるが、基本的に何をしていたかわからない集団であったと思う。
引っかかる点が多いし勘でもあるが、無名というより最近できた組織という方が納得がいく気がするな。
「…明日聞いてみるか。」
明朝ビーク監獄前に集合という話だ。俺が慣れるまでの世話係を頼まれたらしい、がたいのいい男に聞いてみるか。
「なんかあった?」
俺が早々に話を終わらせようとすると、レイが顔を覗き込んできた。別に何もない。強いて言うなら、死臭がきつい…。
述べた通り今現在、ビーク監獄付近には死体が転がり怨念の如くむせかえるほどの死臭を放っていた。魔法ならこの匂いを何とかすることができる。
割と専門的な部類に入る魔法ではあるが知っていれば簡単に使えるし、俺ならこの匂いをカットする魔法ぐらいできる。そのため、魔法が使えなくてもどかしく思っていたのだが、それに気づかれてしまったようだ。
「…。」
俺はレイから離れるようにベッドに仰向けに倒れ込む。
「周りには誰もいないよ。確認した。」
言葉に詰まり黙り込んだら、急かしてきた。友達に自分の写真を見せるぐらいには抵抗感があった。変えようのない事実だし見せてもいいが、見せびらかしたいわけでもない。
「魔法が使えなくなった。」
前々から話そうと思っていたことだったので、割とあっさり口から
「…。」
「周りには誰もいないんだろ?」
面を食らっているレイにここぞとばかりに言い返す。さて、どこまで話そうか。
「いつから…はいいや。原因とかわかってるの?」
「『死なないこと』…かもしれない。」
思っていた返答が来なかったのか仏頂面になる。リルレットが言っていたというのは伏せた方がいいかもな。隠すわけではないが、今名前を出すのはレイを混乱させかねない。個人的には、目の前の問題に向き合って答えを捻り出してもらたい。
「じゃなくて、魔法陣とか、魔力放出とか。」
「…魔力放出はできる。」
この、リルレットと同じ手順で展開される話。レイって本当にブライと戦って勝っていたりするんじゃないか?それともリルレットが偽物なのだろうか。
「ああ…魔力が変質しなくなったのか。私と会ったときは魔法が使えていたから…もしかして最初に死んだのって最近?」
「…うん。」
リルレットと言い、俺に詳しい説明をせずに納得するのな。俺は、魔法が使えなくなった理由を知っているという設定で話を進めてしまったため、聞くに聞けない状態に頭を掻く。リルレットの名前は伏せて、人伝に聞いたといった方がよかったな。
「じゃあ死を重ねた結果か…それで死なないことが原因、ね。」
レイは頭を両手で押さえて首をかしげている。見るからに頭をフル回転させている。俺は考えることがないので考えるふりをして、文字通り透き通るレイの肌を眺める。目を瞑っているので俺の視線に気が付かない。
「わかってないと思うから言うと、ソーン自体の性質に起因するの。」
似たことはたびたびレイから聞いていたような気がする。ルベルのお守りにレイが影響を受けない話を聞いた時だったか?この話はリルレットからは聞かなかった。と思う。
「俺の性質?」
「理解しやすく言うなら性格?」
俺の性格に?誠実で紳士で、優しくて気配りのできるかっこいい俺の性格?
「うまく言えないな。まあ人の性格なんて表そうとするのが変な話なんだけど、今のところ…。」
レイは真剣な顔になり目を開く。目が合った俺は重要なことを言うことがわかったので思わず体を起こして正座をする。ふざけている場合ではなかったかもしれない。
「優柔不断。」
「…。」
なにを期待したのだろう。俺の反応を見てレイが嬉しそうに笑う。演技か。今まで難しいことを考えているフリをしていたのは、俺に悪口とも言えない微妙な評価を言うためのお膳立てか。
まあ確かにレイの目に映る俺が高評価なわけもないか。しかし他人から性格を評価されるとなると、やはり期待してしまう。心理テストなんかいい例だ。
レイは口の前で両手の指の腹を合わせて上目遣いになる。俺が目を細めているのをみるとにこっと笑い、俺を中心にゆっくり円を描くように周りだした。
「人の性格なんて曖昧なもの表現できない。優柔不断じゃなくても冷静だとか他に言いようはあるから今のは気にしないで。一つ言えるのはソーンの魂が不死身であることと深く関係していること。」
ただただ目で追っていると、そのままレイは消えてしまった。言いたいことは文句も含め、もう少しあったが…まあいいか。レイにもこれ以上の情報はわからないのだろう。十分な情報を教えてくれた。
冷静、ね。まあ当てはまるかもしれない。悪くないな。
俺は睡眠薬を流し込んで、モヤモヤした思考から逃れるように無理矢理目を閉じる。朝まであとどのぐらいだろうか。しっかり起きれるといいのだが。
俺が何か文句を言ったり行動を起こす前に、『冷静』という言葉でレイに行動を制限されたと気づくのは、目が覚めて冷静になってからだった。
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