第19話 待ち構えるキス包囲網

 松本の異能力を解除するまでは、一緒にいる事を許可したが、しかし今日一日で解決するはずもない。

 須和の一件を解決させるにも五日もかかったのだ。

 もちろん、長引かせる気はないが……、

 というか、長引かせられない、と言うのが正しい。


 二人一緒にいる、つまりは外泊。

 もしくはどちらかの家に泊まる事になるのだから。


「呪いがかかる一定間隔って、どれくらいなんだよ?」


「一定間隔って言ったけど、まだ起きて二回だから分からないかも……正直、今のところ二時間に一回って感じだけど、次にいつくるのかは予測できないかな」


 勝手な事を言えば、二時間後だよね、と松本は申し訳なさそうにあははと笑う。

 二時間後を目途めどに、意識はしておく事にしよう。


「キスをすれば積み重なった呪いは全て消えるのか? いや、放置するわけではないけど一応な。身体機能の低下を二つ三つ見逃してしまった場合はどうなるのか知っておきたい」


「呪いがかかっている最中……さっきみたいに熱っぽくなったりする時があるんだけど、その時にキスをすれば、現時点での呪いが消える。ついでに蓄積されていた一つの呪いも消える。でも、積み重ねる気なんてないし、気にしないでいいと思うけど?」


「そうだな」


 素直に頷く。

 松本も気にしていない様子だ。

 ……やはり、俺が気になるのは、松本が異能力について知り過ぎているという点だが、問い詰めても知りたい答えが出るとは思えないし、松本を疑うのも関係に歪が生じる。

 俺の気にし過ぎなのだろうか。


 ルールが把握できるのは悪い事ではないのだが。

 しかし、もやもやと妙な気分だった。


「あ、そう言えば、須和を遊びに誘うとか言っていなかったか? 

 責める気はないが、呪いのせいで中止になったのか?」


「いや、それがね……」


 松本らしくない、須和の連絡先を知らないという理由で誘えていなかったらしい。

 松本一派の中で唯一、接点がある鈴村とも、家に遊びに行った日に連絡先を交換してはいなかった。

 鈴村が交換を申し出る姿はまったく想像できないが。


「それなら、須和の知っているけど、教えようか?」

「え!? いや、そりゃ知っているよねー」


 仲良さそうだし、と変な勘繰りをされているが、待ち合わせ場所や時間の都合が合わずにすれ違いになった時のために交換だけしておいたのだ。

 まだ一度も連絡を取り合ってはいない。


「こういうのは男の子からじゃないと。須和ちゃんが自分からできると思う?」

「いや、俺もそこまで頻繁に連絡を取るタイプじゃないし。用件があれば電話して、確認でメールを送るくらいか。喋りたい事があったら面と向き合って話したいしな」


「そう言えば、SNSもやっていないんだっけ? あ、でもアカウント、あるにはあるんだね」


「一応な。ただ通知が鬱陶しいから切ってる。最初は全部のメッセージに律儀に返していたんだけどな、終わりが見えないからやめた。ネットの世界じゃあ、表面上だけの付き合いばっかりだし、親交も深まらないと思ったんだよ。やっぱり俺は直接会って目を見て話したいな。それが一番、仲良くなれる」


「向き不向きがあるからね。あたしたちは使いこなせないと取り残されるから必須なの」


 女の世界の厳しい常識を垣間見た気がした。


「じゃあ、須和を誘うのか? これ、須和の連絡先だ」

「ふむふむ了解」


「教えておいてなんだけど、須和がいきなり誘われて、来るのかは怪しいよな」

「それなら心配いらないよ、絶対に来るから」


 確信を持った松本がしばらくスマホをいじり、送信と受信を繰り返す。

 須和以外のメンバーと場所を整え、さて、須和へ連絡する段階に辿り着いた。


「当たり前だけど、俺も行くんだよな……」

「そりゃそうだよ。誰があたしとキスをするの?」


 女の子の中に男一人というのもきついが、松本一派と須和の目を盗み、松本とキスをしなければならないというミッションに胃が痛くなる。

 ばれたらと思うと、誤解を解く作業にぞっとした。


「誤解させたままでもあたしはいいけどねー」

「俺が嫌だよ。というか宮原に殺される……」


 嫌って……、と隣で地味にショックを受けている松本の指が、須和の連絡先を画面に出す。


 早速、心を切り替えた松本が画面を押して須和を呼び出した。

 しばらくコールが続いた後、相手が応答した。

 かなりの葛藤を経て、須和は応答したのだろうと分かる。


 じゅうぶんに間を空けてから、

 もしもし……、と控え目な声がスピーカーモードで聞こえてくる。


「ハロー須和ちゃん、あたし、松本だよ。いきなり電話してごめんね、実は須和ちゃんを遊びに誘おうと思って」

『結構です』


 ブチッと通話が途切れる。

 ……数秒、固まった松本は再度、須和を呼び出した。


「須和ちゃんひどーい。そりゃ警戒するのも分かるけどさー。ただ、みんなで遊ぼうって誘ってるだけだよ。酷い想像しなくても大丈夫。それに、須和ちゃんにお詫びもしたいしね」

『お詫びなんてそんな……いいですよ、しなくても。私、いま忙しいんです』


「電話口からゲームの音が漏れてるぞー。大音量で斬撃音が聞こえてるんだけど」


 須和のバックから聞こえる音は俺にも届いている。

 少し音が小さくなったのは、気づいた須和が音量を落としたのか。

 ただ、指摘されてしまったのなら意味はない。


「感じわるーい」

『い、忙しいのは本当ですよ。これからやらなくちゃいけない作業があるんですから』


「休日に一人でゲームだなんて根暗だなー、責める気はないけど。

 ――だってさ、井丸くん」


「俺に振るのかよ」

『井丸くん!? ……今そこに、井丸くんが、いるんですか……?』


 ニタァ、と松本が笑みを作る。


「うん、いるよ。どうせなら代わろうか?」

『いえ、代わらなくていいです!』


 電話の先で須和が慌てているのがよく分かる。

 どたどたと家の中を駆け回っているような音が聞こえてきた。


「須和ちゃん、それで風香ふうか……、

 集合が天野の家なんだけど、宮原を迎えに行かせるけどいいよね?」


『……まあ、いいですけど。行きますよ、お詫びとやらに期待します』

「ふーん。須和ちゃんが期待しているのは別なんだよねー?」


 ブチッと、さっきと同じく通話が切られたが、今度はかけ直そうとはしなかった。

 松本はスマホをしまい、公園から出ようと俺の手を引く。


「須和は結局、来る事になったのか。あんなに嫌がっていたのに、心は変わるもんだな」

「変えた本人がなにを言っているんだか。じゃあ行きましょー」


「天野の家なんだよな……いつものメンバーに俺と須和が混ざって、家が狭くなったりしないか? そもそも男を勝手に上げていいのかよ」


「風香はそんなの気にしないよ。それに、さっき連絡して了承を得たしー。大丈夫、風香の家は豪邸じゃないけど、大きいから」

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