第16話 須和映絵の攻略したい現実(リアル)
『明日こそ宮原さんに言い返します。跳ね除けるのではなく、歩み寄るために』
『俺は、必要か?』
『自分の力だけで大丈夫です。でも、見守っていてください』
鈴村小春の家からの帰り道、須和映絵はそう宣言した。
そして翌日の金曜日、週末。
この日を逃せば休日を挟んでしまうため、流れを途切れさせないためには、今日が最後のチャンスになる。
須和は教室に生徒がほとんど集まっている時間帯を狙い、教室の扉を開ける。
躊躇いはまったくなかった。
音を立てた扉にいち早く反応したのは宮原だ。
ゆっくりと須和へ歩み寄る。
松本はなにかに気づいたように興味津々に身を乗り出し、天野は鈴村に小声で話しかける。
鈴村は須和を見つめ、小さく親指を立てて、ぐっと応援の意を込める。
それに須和も頷いた。
「……謝らないからな。昨日の事も、これまでの事も」
「…………」
「まただんまりかよ……ッ、いい加減にッ――!」
「くまのぬいぐるみ、可愛かったです。手作りケーキはお店のものと比べてもすごく美味しそうでした。全然太っていなくて、スタイル良いですよ。宮原さんが気にしているほど太ってはいません。モデルみたいで、きれいだと思います。
妹さんのために書かれた絵本は、優しい世界でありながらも、厳しい現実もしっかりと見せていて、教育熱心なんだなと思いました。――謝るのはわたしの方です。ごめんなさい。宮原さん、わたしにずっと手を差し伸べてくださって、ありがとうございます」
息つく暇もなく言い切った須和の言葉の意味が分かるのに、しばらく時間がかかった。
慣れない事をしたもので、須和はもじもじと、沈黙の中で所在なさげに視線を泳がせる。
ひそひそと、宮原よりも早く、周囲がざわつき始めた。
「お、おま、え……なんでそんな事を知って――」
すると、ある可能性に思い立ったのか、宮原が振り向き、視線を鈴村へ。
「小春……、昨日、用事があるからと言って先に帰ったよね……まさか、こいつと一緒にいたわけじゃないよね……?」
「どうだったかな」
「否定もしないし、顔を見れば一発で分かるっつーの! 全部教えたな!? というか小春も知らない部分があるでしょ! まさか、まっつん!?」
「あたしはなーんにも知らないよ。みやっちの趣味悩み好みは全部知っているけど」
というか、いいの?
という松本の質問に宮原も自分の失態に気づく。
否定をすればいいものを、宮原は焦り、言われた事が本当の事であると自白しているようなものだった。
珍しく顔を真っ赤にし、周りを気にする。
男子生徒も普段とのギャップに見る目が変わっていた。
「ち、違う! デタラメだ! あたしにそんな少女趣味はない!」
「そうなんですか? お姫様抱っこに憧れていると聞きましたよ?」
「それは嘘じゃん! 本当の中に嘘を混ぜるなよみんな信じるだろ!
――ああッ、一部が本当だって白状しちゃったよ!」
語るに落ちている宮原は慌てふためく。
もう遅いのに、少女らしい自分の一面を否定するために、大声で周りの誤解を解く。
事実なので誤解ではないのだが。
その姿も普段とはかけ離れており、落差によるギャップが生じていた。
須和はくすくすと笑う。
やり返したわけではない。
これは感謝だ。
宮原にとっては恥ずかしい時間かもしれない。
しかしこれから先、宮原は取っつきやすいと思われるだろう。
それは宮原にとっては、決して害悪にはならないはずだ。
「須和! このっ――やってくれたな、まったくっ!」
「過剰だったいじりへの、ちょっとした仕返しです。甘んじて受け止めてください。そして、これからよろしくお願いします、宮原さん」
須和はメガネを取った。
元々、異能力である虹色の瞳を隠すためのものであり、もう必要ないと感じた今、かけていても意味はない。
宮原を囲んでちょっとした騒ぎになる中、手に取ったメガネを窓から放り投げる。
その時、景色が変わった。
最近はまったく発動していなかった異能力の世界へと誘われた。
周囲には井丸が名付けた四王がいる。
炎、雷、水、風――全てが集合している。
須和はポケットに入っていた光り輝く長物を取り出す。
最初はこれが一体なんなのか、分からなかったが、今になって理解した。
全てを終わらせるための剣なのだ。
長物の先に粒子が集まり、剣の刃を作り出す。
須和が触ってもそこには形としては現れていない。
伸ばした手は空を切る。
この剣で斬れるものは、もう既に決まっているのだ。
須和を中心にし、四王が四方向、それぞれの位置についた。
須和はダンスでも踊るかのように、身軽に一回転をした。
剣を四王に向け、横薙ぎに振るう。
手応えはなかった。
斬った実感はなかった。
だが円周一線、刃の軌跡が残っている。
やがて、四王の体が光の粒子となって、その姿を維持できなくなった。
風に乗るように四王は城の窓から外へ羽ばたいて行く。
城を囲んでいた黒い炎は消えてなくなり、機械人形も動きを止める。
景色もまた、粒子となって、見えている世界が変貌していく。
見慣れた景色だった。
教室内は宮原の話題で持ち切りだった。
隣には、鈴村がいる。
「良かった。井丸もいれば、もっと良かった」
「うん。後で、報告する」
異能力は須和の中にはもうない。
だが、無視できない大きなしこりがあるのも事実だった。
「(これで、井丸くんとは、もう会えないのかな……構っては、くれないのかな……)」
得たものは多い。
しかし、失くしたものも大きかった気がした。
そして、体の内から異能力が抜けていく際に、須和は一つの名と対面する。
『――あなたは誰なんですか、【シシ・ジュリー】』
全ての顛末を聞いた。
「そっか。じゃあ、終わったんだな」
「はい……。元々、わたしをいじめていたわけではなかったんです。一番、喧嘩っ早い宮原さんを攻略したら、自ずと、他の人たちからわたしに向ける悪意もなくなりました。恐いのは松本一派ではない、わたしを気に食わないと思っている人たちですけど……」
「宮原たちが守ってくれるだろ。特に宮原であれば、そういうのは得意分野だ」
「はい、そう言ってくれました。だから、大丈夫です。井丸くんは、わたしに縛られる事はもうないですよ」
「縛られるだなんて、そんなつもりはないよ。須和が困っていなければ、俺はそれで満足だしな。須和、良かったな。これからの学園生活、楽しめよ」
「井丸くん、本当に、ありがとう」
「ああ。困った時は遠慮なく言えよ、俺とお前は、『友達』なんだから」
「『友達』……。そう、ですね」
須和は苦しそうに、頷いた。
「須和ちゃん、かわいそー」
週末の放課後、放ったらかしにしてしまっていた秋野の元へ行こうとしたら、掃除当番である須和と入れ替わるように松本が現れた。
どうやら俺と須和の会話を全て聞いていたらしい。
「盗み聞きとは趣味が悪いな」
「聞こえちゃっただけ。盗み聞くつもりはなかったよー」
A組から離れると、松本も隣に並ぶ。
スクールカバンを後ろ手で持ち、足並みを揃えた。
「須和には謝ったのか? 善意であれ、やり過ぎた事に自覚があるんだろ? 宮原と同じでお前も暴走気味な部分があるんだからな。禍根を残さないようにきちんとしておいた方がいい」
「分かってるって。明日と明後日は土日休みだから、遊びに誘うつもり。その時にでも謝ろうと思ってる」
おう、と頷く。
すると松本は多分、言いたかっただろう本題を口にした。
「井丸くんはこれまで多くの生徒に手を差し伸べたよね。女子男子関係なく、大きいも小さいも簡単も厄介も関係なく、困っている人を見れば、直接頼まれれば、厄介事に巻き込まれれば――たとえその身が危険に晒されようとも、例外なく救ってきたよね。
そういう噂が学園中に広まっているって、自覚ある?」
「あるよ。そのおかげでサボれる事もあるし、先生も理解してくれる。積み重ねた善行は巡って俺を助けてくれるよ。それが欲しいわけじゃないけどな」
「井丸くんの性格はじゅうぶん理解しているつもり。その上で聞くけど、今回の須和ちゃんの件……どっちなの?」
「どっち、とは?」
「困っているから助けたの? 須和ちゃんだから助けたの?」
俺は即答した。
「困っているから助けたに決まっているだろ。誰だから、とか関係ねえよ。それを言い出したら気に入らない奴は助けない薄情者になるじゃねえか。そんな無責任な事はしない。
さすがにみんな平等に、というのは無理だけど、目の届く範囲なら、できるだけ手を差し伸べたいと思っているよ」
「……そう。(つまり、困っていれば、誰でも良かったんだね)」
「松本?」
「ううん。井丸くんの事をよりもっと深く知れた気がする。答えてくれて、ありがとう。
――それじゃあねー!」
金髪の髪を揺らしながら去って行く松本。
今の会話は、なんだったのか。
「というか、須和が可哀想って、どういう事だよ……」
松本の軽口だろうと思い、深くは考えなかった。
こうして、五日間が終わる。
土日は俺にとって、やっと迎えた休息の時間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます