第14話 四王、雷の攻略へ

 電車に乗って二つ目の駅。

 乗り換えが盛んな、俺たちにとっては規模の大きな町と言える。


 鈴村の家は駅から離れ、長い坂道を上った途中にある和風で昔ながらの一軒家だった。


 大きくて立派な出で立ちだ。

 広い庭には盆栽や鯉がいる池、カコンと音を立てるししおどしがあった。

 縁側でのんびりと眺めていても飽きない景色だ。


「珍しいねえ、こはるちゃんが友達を連れて来るなんて。四月に三人ばかりが来て、それ以来、一向に連れて来てはくれなかったのに」


 鈴村のお祖母ちゃんだ。

 オレンジジュースをコップに注ぎ、俺たちに渡してくれた。


「……ジュースじゃなくて、緑茶だよ」

「え、でも、この前の子たちはお茶があまり得意そうじゃなかったから……お祖母ちゃんも考えて用意したのよ……?」


「この前の友達は例外。住む世界が違うの、和風よりも洋風って感じだから。でも今日は和風でいいの、和風がいいの。

 お祖母ちゃんの淹れる緑茶、美味しいんだから、それを自慢したかったのに」


「はいはい。褒めてくれてありがとうねえ。

 ……ごめんなさいね、すぐに用意するので待っててね」


「あ、ありがとうございます。ゆっくりでいいですよ」

「男の子一人だと、居づらいでしょう? お菓子、食べる?」


 居づらい事への改善策にはまったくなっていないが、優しさは受け取っておく。

 お祖母ちゃんは棚からクッキーを取り出した。

 すると、「おせんべい」と鈴村が言う。


「クッキーなんて許さない。

 おせんべいかおかきか、ようかんじゃないと認めない。洋風は全て逆賊だ」


「お祖母ちゃんにとっては憧れなんだけどねえ。ケーキとか作ってみたいのに」

「ダメ。お祖母ちゃんには似合わない」


 鈴村はおせんべいをかじりながら駒を動かす。

 須和がさっきから一言も発しないのは、性格もあるだろうが、考え事をしているからだろう。

 慣れた鈴村は別だが、須和は黙って考えなければ、将棋も分からない初心者なのだ。


「詰み」

「…………」


「逃げられないよ。そんな事を言ってもダメ」

「…………っ」


「再戦はいつでも受け付ける」

 にやっ、とドヤ顔を披露する鈴村に、須和が歯噛みする。


 感情表現が乏しいと評価される者同士、気が合ったのか、既に打ち解けている。

 口に出さなくとも細かい意思疎通ができているのだ、俺には真似できない芸当だ。


 口下手の特権かと思えば、しかし宮原も鈴村に関して言えば表情だけで読み取れるらしい。

 だからこそ、鈴村にこうしてコンタクトを取り、時間を作ってもらったのだが。


 須和が保健室で安静にしている間、俺は俺で、知り合いの女の子に聞き込みをしていたのだ。



『へえ。知り合いの女の子、ですか』


 と、保健室のベッドの上で、須和の受け答えには多少の棘があった。

 知り合いとは言っても、もっと薄い関係性だ。

 顔見知り程度であり、向こうは俺の事など都合の良い便利屋とでも思っているのだろう。


『あっちこっちに手を回しているんですね。好感の持てないお人好しです』


 寝起きで機嫌が良くないのか、須和の攻撃力が高く、殺傷能力のある言葉が俺を痛めつける。

 言い方に気を遣って欲しいものだが、そう見えても仕方がないのかもしれない。


 弁解をすれば、率先してやっているわけではなく、いつも目の前で見てしまったり、余波に巻き込まれたり、直接、助けてと頼まれてしまえば、渦中に飛び込むしかないのだ。

 俺も、頼られるのは嫌いではないし、基本的に退屈を嫌う性分だ。

 須和はよく分かってくれそうだが、漫画の波乱万丈な生活に憧れていたりもする。


『わたしの時は自分から首を突っ込みましたよね? 破滅願望でもあるんですか?』

『そんなものはないよ。だって須和が目の前で……いや、俺の勘違いかもしれないな』


 須和が困っているかもしれないと思っただけだ。

 俺の中では、じゅうぶんに動く理由があるため、こうして首を突っ込んだのだ。

 その後に須和の『助けて』が聞けたので、本腰を入れたわけだが。


『「相手の気持ち関係なく、どうせ助けるんですよね(でしょう)?」』


 須和と秋野の声が重なったような気がした。

 その通りだった。

 手を差し伸べ、それを掴むかどうかは相手次第ではあるが、結局、一度見てしまえば放っておけないために、自分のために勝手に掴んで、引っ張り上げてしまう。

 これまでは運良く感謝されているが、余計な事をするなと拒絶されてもおかしくはないのだ。


 松本にはそう言われた。

 助けるべき相手ではなかったが。

 誰かを助ければ、誰かを傷つけ、貶めてしまう場合がある。

 仕方ない事ではあるが、無責任にもなりたくはなかった。


『井丸くんに必要なのは、ブレーキ役ですね……』

『――井丸、それで、用ってなに』


 危険性が少ない鈴村から練習台として攻略しようかとも思ったが、放置しても問題ないのならば、あえてこっちからつつく事もないだろうと後回しにするつもりだった。

 だから優先的に宮原を攻略するべきだと考え、聞き込みを行った結果、結局、足は鈴村へと向いていた。


『RPGゲームでよくある、メインの目的を達成するためにサブイベントを数個達成しなくちゃいけないようなものですか』

『一人用のゲームはあまりしないから共感できないよ』


 しかし言いたい事は同じだ。

 聞き込みをしている内に宮原の幼馴染が鈴村だと知った。


 須和と同じく口下手(鈴村の場合はマイペースなのか)なため、言葉での意思疎通が難しい鈴村の表情を読み、対話ができる数少ない友人が、宮原であるのだ。


 松本と天野でさえ、そこまではできない。

 だからこの二人の間には深い絆があると思った。


『須和は嫌いか?』

 鈴村は首を左右に振る。


『嫌いでなくてもいじめたいか?』

 同じように首を動かす。


『宮原たちのノリに無理やり合わせているのか?』

 三度目の返事だ。


『誤解をしないで欲しい』


 松本一派の中でも最も小柄で、須和よりも少し低い鈴村が俺を見上げる。

 周囲の反応に反して、鈴村はよく喋る。


 須和の時も思ったのだが、最初から普通に会話ができてしまうと、周囲の反応と落差があるのだ。

 だからと言って無口の状態から始められても困るのだが……、

 俺からすると二人が口下手なのが嘘のように思えてしまう。


 実際、須和と鈴村は一言も言葉を交わしていないのだが。


『(俺とは喋れるのにな。人が変わるとやっぱりダメなのか)』



『誤解、か。確かにさっきの宮原の言葉を聞いて、違和感を抱いたのは事実だ』

『いじめじゃない。いじめみたいにしているだけ。私たちは怒って欲しかっただけなの』


『……ああ、なるほどな。

 松本たちは押して、須和は引いているから、一生、出会えなかっただけなのか』


『?』

 須和はまだ分からない。


 被害者からすれば、これまでの仕打ちを善意とは考えられないか。


『私も同じ。須和映絵みたいに、いじめられてはいなかったけど、一人で閉じこもっていた。そんな暗闇から引っ張り上げてくれたのは、じゅんだった』


『純?』

『宮原純。調べたのに、名前は知らなかったんだ』


 松本から教えられたのは苗字だけだ。

 名簿で見ない限り、別クラスの初対面の相手の名前までは分かるはずもない。


『私が変われたのは純がいたから。似た者同士だけど、違いがあるとすれば、牽引してくれる誰かの存在の有無。須和映絵にはこれまでそういう人がいなかった。でも、今は井丸がいる』


『ここに来てくれた理由はそれなのか? 須和のためなのか……?』


『うん。井丸が私を呼び出したのなら須和映絵の事だろうと思ったから。もしも違えば、そのまま帰るつもりでいた。なんで私なんだろうって考えて、結局、分からなかった。そのせいで今はものすごく、ねむい……』


 鈴村は、いつも目がとろんとしている印象がある。

 そのため、今だけ眠いという気がしなかった。


『考えると疲弊するし、考え中も集中しているから、意識は朦朧としているんだよね』

『悪循環じゃねえか。ともかく来てくれて助かった。鈴村は須和の味方になってくれる、でいいんだよな?』


『二足のわらじなら』


『須和のために、宮原の事を教えてくれ。

 人と仲良くなりたければ、まずはその人を知る――だろ?』


 鈴村は疑いの眼差しを向けるが、やがて頷いた。

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