第13話 水に差し出す熱いラブレター

 須和映絵が目を覚ました時、手の平に温もりがあった。

 横になったまま視線を向ければ、自分の手を握る井丸が、パイプ椅子の背もたれに寄りかかり、寝息を立てていた。


 時計を見れば、一日の授業の全てが終わる頃だった。

 これからホームルームがあり、掃除をし、それぞれが帰宅をする事になる。


「……朝から、記憶がない」


 朝のホームルームが始まる前に須和は気を失ったのだ、記憶がないのは当たり前だ。

 井丸がいつから傍にいてくれたのかは分からない。

 ――ただ、裏切ったのならば手を握るまでもなく、この場にいてくれないだろう。

 井丸が傍にいる事が、まだ仲間である証拠になる。


「良かった……本当に、良かった……っ」


 体を起こし、井丸に握られている手を持ち上げ、胸に近づけ抱きしめる。

 もう二度と手放さないように、感触を忘れないように己の身に刻み付ける。


「ん……、須和、起きた、のか……?」


 片目だけを開け、まだ意識が朦朧としている井丸へ。


「井丸くん、おはよう」

「ああ……、――ハッ!」


 一気に覚醒した井丸は弾かれたように須和から手を離し、椅子を倒しながらその場で土下座をした。

 ベッドの上にいる須和は覗き込まないと見えない位置に井丸の頭がある。


「ごめん! あの時は、助けに行けなくて! 理由があるんだ、だけど、助けに行けなかったのは事実だ。俺が弱かったのが原因なんだ――だから本当にごめん!」


「謝らないで。勝手に想像で井丸くんに裏切られたと思って、悲鳴を上げたのはわたしの方です。こうして気を失って、迷惑をかけてしまいました。だから、ごめんなさい」


 須和も頭を下げる。

 今度は井丸が須和の謝罪を止める番だった。

 互いに悪いと思い、相手には謝って欲しくないと思っている。


 お互い様だ。

 だからこの一回で終わりにしよう、と二人はすぐに仲直りをする。


「宮原だけなのかは分からないけど……異能力の世界で機械人形に攻撃を喰らえば、現実世界で機械人形に該当する人物に逆らえなくなる……多分、そういう仕組みになっていると思う」


「言い返そう言い返そうって思っていたんですけど、電流のせいで舌が痺れてしまって、言えなかったです。……せっかく指示をしてくれたのに、言い返せなくて、ごめ――」


 須和の唇に指が触れる。

 井丸が、しーっ、と須和の言葉を止めたのだ。


「謝るな。言い返せなかった事が、悪い事だとは思っていない」

「はい……ごめ、いや、なんでもないです」


 言いかけて、咄嗟に止める。

 井丸はそんな須和を見て、声を出して笑った。


「……ずっと、手を握っていてくれたんですか……?」


 朝から今まで。

 そんな期待を抱くが、しかし須和の思い通りにはいかなかった。


「あー、悪い。途中で一回、抜けた。これからどうするか、その手を打つための仕掛けをな」

「その仕掛けは、上手くいきそうなんですか?」


「嫌だと言われて断られる事はないと思う。だが、単純に興味を惹かれずに終わる場合がほとんどだと思う。だからあまり期待をしないで待っていようと思っているよ」


 すると、扉の開閉の音が聞こえる。

 須和はベッドと周りを覆うカーテンを見て、ここが保健室だと分かっていた。

 レッテルとして貼られた病気のおかげで、逃げたい時はここへ逃げ込めるのだ。


 そのため見慣れた景色でもある。

 開閉音は聞き慣れた音でもあり、だから先生が戻って来たのかと思った。


 しかし歩幅の小さい足音が近づき、須和も怪訝な顔をするようになる。

 カーテンが開かれ、顔を覗かせたのは松本一派、水の四王である、鈴村であった。


「熱いラブレターの通りに、来てあげた」


「井丸くん、どういう事なのかな……?」

「須和……、いてててて、耳を引っ張るな、耳が取れるッ!」


 はるっちという愛称の鈴村すずむら小春こはるは、首を傾げて退屈そうにあくびをした。

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