第11話 vs四王戦
「四王……、いいですね、立ち向かうには、相応しい名前です」
すると、須和が「あっ」と声を上げる。
顔を向ければ須和が近づき、俺の頬を両手で挟む。
顔をさらにぐっと近づけ、虹色の瞳を合わせる。
草原と川が視界に映り込むが、元々土手に座っていたので、景色の変化はあまりなかった。
「力づくだったな……」
「…………っ」
「お前っ、照れるなよ! 俺まで恥ずかしくなるだろうが!」
「あ、見てください井丸くん! 学校――じゃなくて、お城が見えます!」
「逃げやがったな! しかしその話題の逸らし方は助かった!」
須和が指差す方へ視線を向ける。
遠くに見える城と禍々しい黒の炎。
炎がとぐろを巻いて城を包み込んでいる。
外から見ると、あんなにも近づきたくなくなるビジュアルをしているのか、と尻込みをしてしまう。
異能力の世界は須和の世界だ。
つまり須和は、学校の事を立ち塞がる困難や苦痛の監獄とでも思っている事になる。
「……よく学校に来れるな、須和」
俺なら行きたくない。
不登校になってもおかしくなかった。
特別扱いが身近にいるからそれもまたいいかな、と思って甘えてしまうだろう。
「だって、井丸くんがいますから」
俺は、俺と出会う前の事を言ったつもりだったが。
須和のこれまでの人生が過酷だったからこそ、俺が思う諦めるレベルを、須和は当たり前だと感じているのかもしれない。
ある意味では。
須和の心は、既にじゅうぶん強い。
「雷が宮原とすると、炎は松本か」
「どうしてですか?」
「なんとなくだけどな。接してみた印象で、炎みたいに熱い奴に思えたんだ。で、一度も出会っていない水だが、多分その場にいて、ノリだけでつるんでいた、鈴村の可能性が高いな。そうなると、残りの風は天野……になる」
もちろん、はずれている場合もある。
宮原が雷という前提が間違っているかもしれない。
だが、九割は当たっているのではないか、と思うのだ。
すると、城に雷が降り注ぐ。
ご機嫌斜めだ……やはり、あの荒い暴れ方は宮原としか考えられなかった。
「井丸くん、もしかして宮原さんを攻略しろ、なんて言いませんよね……?」
「さすがにそんなスパルタはしないよ。後々は対面するだろうけどさ。まずは須和に悪意を持たない、鈴村がいいと思う。とは言っても、松本一派の一人で、四王の一人だ。一般生徒の機械人形よりは脅威だとは思う」
「松本一派、ですか」
「松本がリーダーに見えたが、もしかして宮原だったか?」
「いえ、そうではなくて……井丸くんも名前をつけるのが好きなのかな、と思って」
「呼び名は大事だ。自分で決めた呼び名は、中々忘れないものだしな。それに、説明をする立場からすれば、簡潔に意見をまとめるのに必要なものでもあるんだよ。なので、これからは松本一派と呼びます」
「は、はい。それにしても、井丸くんの敬語は慣れませんね……」
「あんまり使わないからな。俺は須和の敬語は個性があって好きだぞ」
「……っ」
「だから、いちいち照れるな! 軽口だと思って聞き流せよもうっ!」
調子が狂ったが、なんとか持ち直し、話を続ける。
ちなみに、ついさっき、異能力の世界から現実世界に戻った。
変化する時間が学校にいる時よりも短かった。
そこに意味があるのかと考えたら、長くなりそうだったので思考をやめる。
「須和。明日の事だが、とりあえず、まだなにも作戦を思いついていない。だから、もしもの場合のために指示を出しておく。須和にとっては勇気がいる事かもしれないけど、大丈夫だ。俺がいる。……俺を信じろ」
「疑っていないですよ。だから、大丈夫です」
やっとゴールが見えた。
しかしその過程は険しいものである事に、変わりはないのだ。
「……ふぅ。サボった件について生徒指導室まで呼び出されるかと思ったが、廊下で数分、話して終わりとはな……。信頼されているのはいいけど、先生の納得する理由が『お前の事だからまた人助けでもしていたんだろう、そういう事ならお咎めなしだ』だもんな」
「もしかして井丸くんは、日常的に危ない橋を渡っているんですか……?」
隣には須和がいる。
朝、登校した時に担任の先生に捕まり、昨日の件について数分、話し合った後、解放された。
同じく捕まっていた須和と解放されたタイミングがちょうど合い、今は並んで教室へと向かっている最中であった。
「須和の方はどうだったんだ?」
「いつもの発病、と納得されました。わたしは一言も喋っていませんよ」
「担任としてのタスクを消費するために話しかけたようなもんだな……。須和だけ生徒指導室に連れて行かれるよりは、全然マシか」
「生徒指導室は思っているよりも普通の教室ですよ。さすがにもう慣れました。わたしは何度も行っていますから」
「悪いイメージで固まっているけど、生徒の相談事を解決するための話し合いの場でもあるから、畏怖する部屋でもないんだけどな。教育的指導が頻繁に行われるせいかもな」
先生と話し合っていたせいか、登校中の生徒は少ない。
既に大半が教室に集まっているのだろう。
つまり、俺も須和も教室に入ればまず注目される。
昨日、サボった件について、根掘り葉掘り聞かれるのが目に見える。
その事実に億劫になるが、須和は違う。
須和のクラスメイトが、フレンドリーに須和をいじるとは思えない。
いつも通りに無視をされるか、過剰に攻撃されるか、その二択だ。
『いじり』はもはや、『いじめ』だ。
「大丈夫か?」
「うん。覚えています。誰でもいいから、なにかを言われたら、言い返せばいいんですよね?」
「ああ。悪いな、昨日の夜、考えたんだが、やっぱり分からなかった。現実世界で、なにをすれば、異能力の世界の四王が弱体化するのか……。『心』の問題なのだから、心を考えればいいんだが、具体的な案にまでは昇華できていないんだよ。とりあえず昨日、言った通りに、いつもとは違う須和を相手に印象付けて欲しい。多少の影響が出れば分かりやすいんだけどな……」
これは実験である。
本番でもないのに須和に多大な負荷を与えてしまう事が俺としては許せないのだが……、
「やります。それくらいできなくちゃ、わたしは変われません!」
と須和がやる気になっているのだ、この勢いを止めるのも勿体ない。
「そろそろですね……」
「教室の扉、閉まっているな……。開閉の音を立たせるために閉めているのであれば、性格が悪い。扉の音って、結構空間の流れを止めちまうからな。
開いたまま通るよりも、注目を集めやすい」
「…………」
「須和。あくまでも俺たちの標的は松本一派だ。その他の大勢じゃない。あからさまに誘われている敵の本拠地に、のこのこと手ぶらで行く事もない。松本一派のそれぞれが孤立した時に仕掛けるのだって戦術だ。だから今、退いたっていいんだ」
「井丸くん、心配してくれて、ありがとう。でも、井丸くんが背中にいるのに、もう逃げたくない。背中を押してくれたのに、自分でブレーキをかけたくない。わたしは、変わりたいんです。だから、無茶をさせてください」
肩が小刻みに揺れている。
体は正直だ。
だが須和は葛藤を乗り越え己で答えを出した。
「……止められるわけ、ねえだろ」
手の平で背中を押す。
ひゃんっ!? と服の内側に手を入れられたような声を出した、須和の震えが止まっていた。
「…………ッ」
「そう睨むなって。悪かった……。俺はここで待ってるよ。なにかあればすぐに駆けつける。だから、勢いよくぶつかってこい」
頷いた須和が扉に指をかける。
音と共に教室内の光が外に漏れた。
俺までもが息を飲む。
クラスメイト全員が、須和に注目していた。
静かな空間。
誰も呼吸をしていないかのようだった。
テスト中だと言われても違和感を抱かないほどの集中力。
須和を観察する事に、全ての神経を注いだかのように。
須和は怯まずに教室内へ足を踏み入れる。
これで、もう、俺の手は届かない。
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