第10話 機械人形特別個体「四王」

「本当にサンドイッチだけでいいのか? 少食……なんだろうな」

「体格を見て納得しましたよね。確かに少食ですけど」


 コンビニから戻って、買った昼食を須和に渡す。

 土手に辿り着いてからしばらく互いに動けなかった。

 やっと呆然とした状態から戻れたのは、空腹のおかげだった。


 温めた弁当を食べ終わった後、川を眺める須和の肩をちょんちょんと叩く。


「ノート、見てもいいか?」

「っ、いや、それは――」

「もちろん、見ても大丈夫なところだけでいい。日記、なんだろ? 異能力の世界に巻き込まれてからの。須和が体験して分かった事、思った事を、知っておきたい」


 ノートを抱きしめる須和は、逡巡した後に、ノートを差し出してくれる。


「井丸くんなら、いいです。全部を見ても、構わないです」

「じゃあ、遠慮なく」


 中身を見るが、しかしほとんど須和から聞いたものと被っており、新しく得られる情報は少なかった。

 異能力の世界も現実の世界も、時間経過は同じ……くらいか。


「ん? エリアボス……ってなんだ?」

「え、エリアボス、と言うのは、そのエリアにいた、一際強そうな敵の事です」


「じゃあさっきの雷の機械人形と同じような奴か」

「はい、そうです。わたしが出会ったのは雷ではなかったですけど……」


「炎と風、と書かれているな」

「出会った時は、今回みたいに攻撃される事はなかったです。無差別に風を巻き起こす機械人形と、体に炎を纏う機械人形。どっちも雷の時と同じで、両足がなく、宙に浮いていました。ライオンみたいなたてがみではなかったですけど……」


「ノートを見て良かったな。なんだか、先へ進んだって感じがする。しかし須和、なぜそれを先に言わないんだ?」


 予め教えてくれていれば、さっきの雷の機械人形との邂逅も、対策が打てたかもしれないのに。

 そういう種類の敵がいると分かっているだけでも、精神的にはかなり楽だった。


「ごめんなさい……」

「謝らなくてもいいけどさ。そのすぐに謝る癖、直しとけよ。俺のご機嫌を取ろうとしなくていいから。須和のせいで俺が不機嫌になっても、見捨てたりはしないよ。友達ってのは対等なんだ、どっちかが気を遣い始めたら、長続きなんてしない」


 喧嘩もある程度は必要だと俺は思う。

 須和はまだ慣れていないのか、やはり気を遣ってしまう事が多いが、それは仕方ない。


「炎、風、雷と来れば……残りは水か。書いていないって事は、まだ会っていないのか」

「でも、多分いると思います。その三つがいて、水がいないのはあり得ないですから」


「ノートにもそう書いてあるな。須和はあれらを『四天王』と呼んでいるのか」

「書いてあるんですか!?」

「うん。小さいけど、四天王を丸で囲んでいるぞ」


 ノートを俺から奪い取った須和が、実際に書かれてある文字を見て、かぁっと顔を赤くさせる。

 恥ずかしい事ではないと思うが……逆に四体をくくる名称があって、俺は助かった。


「恥ずかしいですよ……四天王なんて子供みたいな名前をつけるなんて……」

「いいじゃんか。ゲーム好きだからそういう発想になるんだろ? 男子からすれば、そういう知識に詳しい女の子ってのは、貴重なんだぞ。自信を持てよ。周りに合わせて大人のフリをしている奴の方が、ダサいと思うぜ」


「井丸くんは……わたしをどう思いますか……?」

「須和の事をか? 難しい質問だな……」


「ち、違います間違えました! わたしのゲームが好きな趣味をどう思いますか……?」


 世間一般的な意見ではなく、俺自身の意見を求めている。

 嘘をつく意味はなかった。


「俺は良いと思う。話しやすいしな。けど、あまり詳しくないから、須和の方があまり楽しくないかもしれない。そういう部分では、引け目があるかな」

「そんな事ないです! 楽しいです、決まっています!」


 須和は立ち上がって叫ぶ。

 土手を通り過ぎるランニング中の通行人が、驚いてこっちを見ていた。

 ハっとした須和が自分の声の音量に気づき、口を手で覆ってゆっくりと座る。


「落ち着けって」

「ごめんなさい……」


 謝らなくていい、とは、俺も言わなかった。


「四天王の事だが、少し思い当たる事がある。その前にだ、須和はクラスの中で誰を一番に脅威だと思っている? いや、四人くらい、挙げてくれればいい」

「……井丸くん、ほとんど分かって言っていませんか……?」


「確証を得たいだけだよ。俺は自分の考えに自信が持てない。たまにあるんだよ、自分ではない誰かの意見が自分の頭の中に潜り込んでいるような気がしてな。だから俺と誰かが納得できる、確証が欲しいんだ」


「……松本さんと、宮原さんです」


 自分をいじめたあの二人にも、『さん付け』をするところは須和らしかった。


「松本と宮原か。あと二人いるよな……。確か名前は、天野と、鈴村だった。四人。炎、雷、風、水――ぴったりとはまる。それに、しっくりきた。こじつけじゃないぞ、異能力は心の問題だって言ったよな? 須和が脅威と思っていれば、異能力の世界に反映されると思ったんだ」


「わたしが、そう思っているから、ですか……?」


「ああ。だったらもう解決方法も見えてきたんじゃないか? 

 ――逆に考えればいい。そうだろ、須和」


 互いの世界がリンクし、影響を与え合っているのならば、機械人形となっている異能力の世界で解決するよりも、脅威の少ない現実の世界で解決した方が楽に収まる。


 これは心の問題だ。

 そして、須和の問題だ。


 暴力を使った解決など、最初から選択肢にはない。


「わたしが、あの四人を、脅威だと感じなくなれば……」


「お前にとって敵でないと思えるようになれば、自ずと機械人形は弱体化しそうなものだとは思えないか……? 現に炎と風には出会ってもなにもされなかったんだろ? しかし雷には攻撃された。気性の荒さが機械人形に出ている気がするんだ――生徒たちが機械人形なら、行動パターンも生徒たちを基にしていなければおかしい」


 そして、現実世界の生徒の位置と、異能力の世界の機械人形の位置が僅かにずれている事も、AR機能だと考えればあり得ないようにも感じるが、あくまでもそれは須和のたとえである。


 AR機能に寄せながらも別のシステムで動いているのであれば、多少の座標のずれは許容範囲内とも言える。


 気性の荒い雷の機械人形は、恐らく宮原だ……。

 教室にいながらも、離れた俺たちの場所まで機械人形を飛ばしたのは、特別な個体……須和の言う四天王である事も関係しているのかもしれない。

 だが俺は、宮原たちも『心』を反映しているのだと思う。


 怒りでも嫉妬心でも憧れでもなんでもいいが、須和への強い感情があれば、機械人形は須和を追いかけるのではないか、と。

 今回の場合は、悪意であるとは思うが。


 宮原だけが須和に特別強い悪意を持っている。

 最大の脅威であるが、しかし宮原をどうにかしてしまえば、ほとんど脅威は取り除かれたも同然である。


「須和……この四人以外に、脅威と感じている生徒はいないよな……? この際、先生でもいいんだが……、これ以上は、いないよな?」

「はい、いないと思います。自分の事なのに曖昧になってしまいますけど……」


「パっと出て来ないなら、いないって事だよな。じゃあ、あの四人が俺たちの敵だ。そうなると『四天王』だと相応しくない」


「? なにか問題が?」


「四天王じゃあ、上にもう一人いそうな気がする。だから俺はこう呼ぶ事にする」

 ――『四王しおう

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