第8話 反撃という剣を握れ
「俺が前に体験した異能力は心が原因だった。そして今回の須和の場合も、心が問題だろうと分かる。ゲーム好きなのも納得がいったな。城があり、徘徊する機械人形。敵と、探索できる広さのマップ。ゲーム好きがゆえに出現したものだろう。ただ、現実逃避に使うものを自らを傷つけるものとして出現させているのは不思議だがな。いや、だからこそなのかもしれない。理由が分かれば、後は芋づる式に出てきそうなもんだけどな」
「つまりは、どういうことですか?」
「須和の事をもっと知りたい。だからお前の事を教えてくれ。好きなものはゲームで、噂の経緯も分かった。学園でのやんちゃな一面もネタを明かせば異能力によるものだった。いじめは? なぜなにも言い返さない。……言い返せない、だったか? どっちにせよ、現状を須和自身がどう認識しているのか、知りたい」
「知ってどうするんですか。出会ったばかりの井丸くんに、簡単に話すほど、わたしの警戒心は薄いわけじゃないですから」
「松本は引っ込み思案だと言っていたが? それに、松本たちには言い返せない割りに、俺にはバシバシ言い返して。しかも意見を言っているのは、多少は信用してくれているからじゃないのか?」
「……多少は、していますけど」
「無理強いはしないよ。話せる事だけ話してくれればいい。いつでもいい。俺はいつまでも、待つ覚悟がある。話さないで解決するのが一番良いハッピーエンドだけどな」
「……期待に添えず、ごめんなさい」
間を空けて、震えた声でそう言った。
「悪いな、トラウマを刺激したか?」
須和が急に立ち止まるので、自然と追い越してしまう。
振り向いて、どうしたんだ、と声をかける。
「なにも、話してはいないはずです」
「なにがだ。もしかして、今のか? トラウマの事なら、なんとなくだぞ? お前は期待される事を嫌っている気がしたからな。自分を卑下する事が多かったし。期待されるようなポテンシャルを自分から打ち消そうと努力しているように見える。最初から自分はダメダメですよ、とアピールしておけば、期待される事もないもんな」
「分かっているなら、トラウマを刺激しないでください。放っておいてください」
早歩きで俺を追い越す須和の隣に、俺も並ぶ。
「放ってはおかない。トラウマについては、ごめん、もう言わないよ」
「…………」
「もうそろそろ、家か?」
大まかに聞いていた須和の家の近くまで来たので、須和に声をかける。
俯いていた須和は顔を上げ、さらに見上げる高さまで顔を上げた。
「はい、あのマンションです」
「そうか。じゃあ、ここまでだな」
「え?」
「えっ、って……大丈夫だろ。念のために送ったのは、帰る途中で異能力の世界に巻き込まれた場合の時を考えて、だし。それに学校以外なら、機械人形もいないんだろ? 草原と、遺跡みたいな奇妙な建造物が周りのマンションや住宅街を表しているだけだし。須和が言ったんだぞ? 嘘じゃない、よな?」
「はい、それは、嘘じゃないです……」
「なら、大丈夫だな」
それじゃあ、と言って背中を見せる俺の制服を、須和が引っ張っていた。
ぐいっと引き止められる。
驚いていたのは須和の方だった。
「あ、いや、今のは……」
「――学校だけが、異能力の世界で。敵と遭遇する意味、分かっているか?」
須和は面食らい、返答できないでいた。
俺は先を続ける。
「お前にとって、あそこが戦場だって自覚しているからだ。そしてゲームに出てくるマップを参照したのは、得意分野を舞台にする事で、勝ちたいと思ったんじゃないのか? 敵が機械人形なら、お前は周囲の人間に、勝ちたいと思っている事になる。どう勝ちたいのかは、須和にしか分からない事だ。俺には分からない事だらけだ。須和だけなんだよ、どちらの世界でも、変える力を持っているのは」
俺を掴む須和の指が弱まる。
だらん、と腕が振り子のように力を失くした。
そんな須和の頭に、優しくチョップをする。
気の抜けた顔に喝を入れるためだ。
「心の問題だって言っただろ。気楽に考えればいい。深刻に考えるからこそ、異能力も牙を剥くんだ。落ち着け、広い心で受け止めろ。自分で思っているほど、お前は出来損ないなんかじゃない。俺が保証する」
「…………」
「じゃあな須和。また明日、学校で」
「……また、明日」
恐る恐ると言った様子で振る手と、緩んだ表情が印象的だった。
須和が背を向けて立ち去ってから、俺はしばらく、その場から動けなかった。
次の日の朝。
いつも通りの時間に登校すると、校門の近くの壁に背を預け、須和が立っていた。
通り過ぎる生徒は須和を見て表情を強張らせたり、友達とひそひそ話をしたり、距離を取って門を通って行く。
みんなが避けるため、須和の周りには少しの空白があった。
須和の所まで誰にも邪魔されずに到達できる。
「須和、おはよう」
「はい、おはようです」
おはようございます、ではないところは、少しは心が近づいた証明になるのだろうか。
「一晩、考えて、決めました」
「……おう」
「わたしはいじめられています、それは分かっています。なにも言い返さないのは、わたしが引っ込み思案で、言いたくても喉が詰まったように言えなくなってしまうからでもあります。気にしていないわけでは、ないんです。でも、それよりも、異能力の世界に巻き込まれている今の状況の方が強くて、いじめをどうにかしようなんて考えている暇が、なかったんです」
諦めているわけでも、受け入れているわけでもなかった。
須和は松本たちの行動を、きちんと受け止めている。
今は、二つの脅威の優先順位で、いじめの方が低かっただけなのだ。
「異能力と松本たちのいじめには関係があると俺は睨んでいる。松本たちの一件を解決することが、異能力の解除にもなるのだと――。
現実と向き合う事になるぞ。須和は、一体どうしたいんだ?」
変化を恐れるのは不思議な事ではない。
退屈な毎日に嫌気が差しても、中々動けないで退屈な毎日を甘んじて受け入れる人はたくさんいる。
ここで勇気を出して前に進む事が、どれだけ大変か……、
須和のような性格ならば、尚更だ。
須和の意思で言い、行動しなければ意味がない。
無理やりやらされた変化など、乏しい結果で終わってしまう。
変わったその後が思ったよりも違う事に気づき、結局、元の世界に戻って来てしまう事も、悪化する事だってある。
だから強いる事はできない。
須和が望むのならば、絶対にその選択に後悔をさせるわけにはいかない。
「わたしだって、変わりたい……後ろ向きでダメダメな自分より、前向きで人の輪に混ざれるような、友達がいる女の子になりたい……っ」
「俺は、お前の味方でいていいのか? お前を助けて、いいのか?」
「井丸くん。お願いだから、わたしを見捨てないで。わたしを――助けて」
力強い声だった。
その願いは俺の芯にしっかりと届く。
手の平を広げて、須和の頭をわしゃわしゃと撫でまくる。
須和は嫌がって手を振り払おうともがくが、そんなものなどお構いなしに、須和の髪をぐちゃぐちゃにする。
やっと、言ってくれた。
それが嬉しくて、俺の手は止まらなかった。
「井丸くん……」
寝起きのようなぼさぼさの髪の毛の須和が、死んだような目で俺を睨む。
思わず吹き出してしまい、須和が怒って拗ねてしまう。
先に校門を通った須和を追って隣に並ぶ。
さっきの返答を、俺はまだしていなかった。
『井丸くん。お願いだから、わたしを見捨てないで。わたしを――助けて』
「――当たり前だ」
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