第7話 井丸が暴く攻略法

 破壊された大理石の外壁の隙間から、機械人形が這い出てくる。

 一体だけならば……、俺は須和の足元にある剣を取ろうと手を伸ばす。


「こっちの攻撃は効かないです」

「……マジかよ。

 こっちの攻撃は効かずに向こうの攻撃はこっちに届くなんて、理不尽過ぎるだろ」


「向こうの攻撃もわたしたちには効きません。……多分、ですけど」


 簡単には鵜呑みにできない情報だ。

 互いに攻撃が効かないとなると、戦いにならないと思うのだが……、

 須和によれば、攻撃が空を切るわけではないらしい。


「向こうの攻撃はわたしたちに当たるんです。レーザーに貫かれたら、体に穴が開きますし、殴られれば、体は衝撃の分、飛ばされます。でも、外傷がまったくないんです」


 こっちの攻撃は相手に届くが、剣ならば刃が折れ、飛び道具であれば装甲に阻まれ、効いている感じがまったくしないらしい。

 なにかしらの影響を残してほしいとは思うが。


 逆を言えば、外傷がなくとも向こうの攻撃は、俺たちになにかしらの影響を与えているとも言える。

 攻撃が効かないからと言っても、自殺志願者のように真正面からぶつかろうとは思えない。


「俺たちも倒れないが……相手も倒せない……」

「だから、逃げるんです。早く!」


 機械人形に背中を向け、俺たちは走り出す。

 レーザー照準の赤い線が俺たちを狙うが、城の外壁の外周を回っていたら届かなくなったのか、機械的な音と共に消えた。


 辿り着いた場所はレッドカーペットが敷かれた広間だ。

 奥には城の入口が見える。

 地面は割れ、陥没し、おかしな方向に伸びた木の枝がクモの巣状に広がっている。

 緑色のコケが覆う部分もあり、全体的に整備がされていなかった。


 機械人形で中が埋め尽くされている。

 既に廃墟だ。

 王も姫も、存在しない城なのだろう。


「須和、ここはなんなんだ」

「学校です」


 気づけば世界は一変していた。

 毎朝通る校門が見え、靴箱がある玄関、校庭が見える。

 校門の外には草原などなく、道路を越えれば住宅街が見えた。


 元に戻った――確かに、学校だ。


「いや、今は学校だけど……」


「ずっと学校です。お城に見えても実は学校なんです。学校の構造にお城を被せて、わたしたちに見せている、みたいなものだと思います。地図を参照すれば分かりますけど、部屋の数や階段の位置、廊下の長さが全部一緒です。それに機械人形は実際に移動する生徒ですよ。でなければ、わたしが暴力事件や器物破損など、するわけないじゃないですか」


「じゃあ、なんだ、あれは幻覚だったのか?」

「拡張現実。AR機能は分かりますよね? あれだと思えば分かりやすいと思います」


「なるほどな。なら、機械人形だと思って剣を振るえば、実際は生徒の誰かに木製のバットを振るっているわけにもなるのか」


 実際、俺がさっき味わったように。

 須和は過去にも同じ事をした。

 それが学園では暴力事件として語られている。


 異能力の世界で窓を割れば、現実世界でも窓が割れ、結果、器物破損として、処罰を受ける。

 ファンタジーを基にしているにしては現実的な要素が入り混じる。

 相互でリンクしているのならば、俺の予想は密接に絡みついているとみるべきだろう。


 異能力の世界で起きた事が現実世界に影響を与えるのならば、現実世界での変化が異能力の世界に反映されるのではないか。


「攻略法が見えてきたかもしれない」

「え、本当ですか?」

「小さな光明だ。これを広げるには須和の協力が不可欠だ」

「……期待をされても、わたしにはなにも……」


「面白い話をしろってわけじゃない。医者へ症状を話すようなもんだ。治してもらうために来て嘘をつく患者なんていないだろ。だから気楽に、俺の質問に答えてくれればいい」


 須和は控えめに頷いた。


「なら、帰りながら話そう。家まで送るが、構わないよな?」



 いつもは電車で通学しているらしいのだが、俺に気を遣ったのか、今日は歩いて帰ると須和が提案した。

 家までは歩いても遠くはない距離らしい。


 二人並んで、学園名にもなっている浮足うきあし橋を通る。

 遠くもなく近くもない帰路は、話をするのにちょうど良い塩梅の時間かもしれない。


「歩きながらスマホをいじるなよ」

「期間限定イベント中です。すぐ終わりますよ」

「じゃあ立ち止まって待ってるから、お前も止まれ」


 猫を掴むように、須和の首根っこを指で止める。

 リュックのようにスクールカバンを背負う須和は、ハンドフリーで、スマホをいじるのに特化したスタイルだ。


 浮足橋の真ん中で、須和はポチポチとスマホを操作する。


「ゲーム、好きなんだな」

「はい。……井丸くんはやらないんですか? 男の子はこういうのが好きだと聞きましたけど」


「嫌いじゃないよ。ただ、一人でやるのはどうもな……対戦とか、協力プレイとかなら好きだしよくやるぞ」

「今はインターネットを使えば世界のどこでも、誰とでも一緒にプレイできますしね」


「あー、まあそれもいいんだけどな。俺としては隣にきちんといてくれた方が安心する。インターネット通信もいいんだけど、長続きしないんだよ。繋がりが希薄になっていくのが、俺としてはあんまり……って感じだ」


「そういう軽い関係が良いと思いますけどね。井丸くんは、人付き合いを重視するタイプですか。なら、わたしみたいなのは付き合い辛いんじゃないですか? 今でさえ、実はうんざりしているんじゃないですか?」


「そんな事ないよ。二人きりで対面に座っているのに、目の前でスマホをいじられたら俺も嫌だけどさ。須和はきちんと、イベント中ですぐに終わると言ってくれた。実際にすぐに終わって、こうして俺と話してくれている。うんざりなんかしないよ。悪い癖だぞ、あんまり自分を卑下するな。お前が思っている以上に、付き合うのが難しいわけでもないんだから」


「……そうですか。じゃあ行きましょう」


 橋を下って道なりに進む。

 後ろから来る自転車を避けさせるよう、須和の肩を軽く押して、自転車が通れるスペースを作る。

 過保護かもしれないが、気になったら手は止められない質だ。


「……どうもです」

「え? なにがだ?」


「計算ですか。分からないわけがないでしょう。好感度を露骨に上げておいてそれはあり得ないですよ」

「? なんでもいいけど、後ろ向きで歩くな、転ぶぞ」


「子供扱いしな――」


 がッ、と須和の重心が後ろへ崩れる。

 背中から倒れそうになったところを手で掴み、腕を引っ張り上げる。


「だから言っただろ。過保護にされたくなければ俺を安心させてみせろ」

「ありがとう、ございます……」


「あと、敬語もいらない。同級生なんだ、タメ口でいいだろ」

「それは嫌です」


 俺に気を遣っているわけではなく、須和自身が苦手だからと言ったニュアンスだった。

 苦手分野を無理強いするわけにもいかない。

 そういうことなら、と強くは押さなかった。


「いい加減、話してください。わたしのこの異能力? ですか? ――の攻略法を」

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