第6話 須和映絵の世界へ
「須和!」
「え……、なん、で……」
景色は、崩れた石の塀、足元には枯れている花……見上げると、巨大なお城がすぐ傍に建っている。
大理石の外壁は崩れ、中が見えていた。
機械人形が列を作り、歩いている。
お城を見上げる俺の背中側。
お城の外の世界。
崩れた塀から先を見れば、土で固められた妙な形の建造物が地平線まで広がる草原に立ち並んでいる。
来れた。
須和が巻き込まれている、異能力の世界。
肘を取ったままだった事に気づき、手を離すが、須和はまだ混乱しており、バッドを上げたままだった。
……よく見ればバットではない。
握っていたのはファンタジー作品の兵士が持っていそうな、剣だった。
ぞっとして、さっき斬りつけられた肘を見る。
やはり外傷は打撲だった。
「なんでここにっ!」
須和は剣を構える。
剣先が俺の喉元に突き付けられた。
「落ち着け。ほら、メガネが落ちて……」
メガネを掴んで持ち上げようとしたら、肘に鈍い痛みが走り、指先の感覚がなくなる。
メガネのつるさえ持てなくなってしまった。
息を詰まらせながら、片腕で肘を押さえる。
俺の手に、比べれば小さな手が重なった。
「……ごめんなさい」
剣は足元に置かれていた。
両手で俺の肘を包むように押さえてくれる。
何度も何度も、ごめんなさい、と繰り返す。
人の痛みをきちんと想像でき、労わってくれる、優しい心があると感じる事ができた。
須和映絵は、俺の思った通りの女の子だった。
「機械人形は、本当は実在する生徒だって、分かっていたんです……でも、襲われた時の恐さで、また、攻撃をしてしまって……。機械人形への外傷はそのまま正体である誰かに与えてしまう。なのに、わたしは……また同じ事を繰り返して……っ、ごめんなさい」
「いいよ」
今度こそ、怪我をしていない方の手でメガネを拾い、須和へかける。
「やっと会えた。やっとこうして話す事ができた。
なあ、教えてくれ――ここはなんなんだ?
どこなんだ? お前の知っている事を教えてくれ。
――お前を、助ける事ができるかもしれない」
「……わたしに、関わらない方がいいです。すぐに逃げてください」
「嘘じゃないぞ。俺だって巻き込まれたのが今回で初めてってわけじゃないんだ。確かにプロフェッショナルじゃない。だけどな、過去の経験から、スマートでなくとも解決策に近いものを出す事はできるんだ」
「巻き込みたくないです」
「もう巻き込まれてる。お前に怪我を負わされた」
「あ……ぅ」
「重要に考えなくていい。大した事はない。だけどこれでお前には貸一があると思えよ」
「怪我を負って、なぜもっと危険な場に飛び込むんですか。井丸くんは」
「……俺、名前を名乗ったっけ?」
須和は、ハっとして、
「噂で聞きました」
……噂は須和にまで届いているらしい。
「自分の噂も知っているのか?」
「本題をずらさないでください。井丸くんには、早くこの場から出てもらわないと」
「ずらしていない。俺が危険な場へ飛び込む、理由だ」
須和は考える素振りを見せ、噂については知っている、と言った。
「全然違うじゃん。本当の須和は、人のために必死になれる、優しい女の子じゃんか」
「そんな事は……」
「我慢できないんだよ。なにも須和は悪くないのに、悪く言われて避けられて、しかもいじめとも取れる嫌がらせまでされて。しかもこんな世界に飛ばされて機械人形に追われ続けている――ああ、ふざけんなっ」
そして俺は、須和にも怒っている。
「なにも言わないお前もお前だ。いくら優しくとも、文句も言わないのは違うぞ。怒らないのはただの毒だ。自分に厳しくて、執着がない。そんなんじゃお前はいつか潰れる」
須和は顔を伏せた。
そして力強く呟いた。
「優しいわけではないです。自分には甘いだけです。我慢なんてしていません。なにもできないだけです。言えないだけです。買い被らないでください。わたしは井丸くんが思っているほど、献身的ではありませんから」
自分勝手で、自分本位で、人の輪など、求めていない。
俺の口からは出なかった単語が須和の口から出てきた。
「どっちにせよ、意識はしているって事か」
「だから――ッ」
「なんでもいいよ。須和映絵がどういう人間だろうが、この際、関係ない。なんだっていい。なんだろうと俺は受け入れる。その上でもう一度言うが、今なにが起きているのか教えろ。そっちがその気なら、俺も自分勝手に自分本位で言ってやる。お前を助ける気はないがこの世界はぶち壊しておきたい。そのために協力をしろ、須和」
「意見を、人に押し付けて――ッ」
「ごめん。本当はお前を助けたい。でも、須和が嫌がりそうだったから、ちょっと強めに言ってみた。傷ついたなら、ごめん」
「……言って、すぐにネタ晴らしをするのは、卑怯ですよ……」
変な人……。
小さな声ではあったが、俺にもきちんと聞き取れた。
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