第5話 松本一派との接触
昨日、異能力に巻き込まれた時は、夕日が眩しい時間帯だったはず……。
秋野のアドバイス通りに一回目をなぞろうと思うが、今からだと少し時間に余裕がある。
じっとしていられる性分ではないので、この間にも須和を探そうと足を進めた。
休み時間中は同じ場所をぐるぐると回っていた。
だから、今度は人通りがまったくない裏庭や、学食傍のゴミ置き場にも視点を向けよう。
人がいないからこそはずしていた候補ではあるが、ここまで須和が見つからないとなると、一度は訪れるべきだろう。
放課後、部活動中の生徒の声が聞こえる。
体育館裏を通り、校舎裏へ……。
すると、喧騒に紛れて水打ちの音が聞こえた。
それだけなら気にも留めなかったが、セットでついている笑い声が、昼間に聞いたものと似た性質だった。
場所は近い。
学園と外を仕切った塀の近くには花壇があるが、花は一つも咲いていない。
土と小さな雑草が生えているだけだった。
水を撒いていたわけではなかった。
全身がずぶ濡れになった、須和映絵がその場で蹲っていた。
背中を向ける彼女へ声をかけるが、両手で自分を抱きしめ、その場を去って行ってしまう。
――聞こえていなかった?
いや、俺が声をかけたから立ち去ったとしか思えないタイミングだった。
頭上を見れば、窓が開いた部屋があり、窓際に背中を預けているのは、昼間A組で見た女生徒だ。
ボーイッシュな見た目はロックバンドのボーカルのようにも見える。
つまり、イケていると言える容姿をしている。
彼女の片腕にはバケツが提げられていた。
あの場が盛り上がっているのは、水浸しになった須和の話題が中心だろう。
須和に声をかけなかった時点で、好意だけは絶対にない。
壁を思い切り殴りたい気分だった。
本能のままになにもかもを吐き出したかった。
とにかくなんでもいいから、爆発がしたかった。
まったく、腹が立つ。
なんであいつは、これだけの事をされて、なにも言い返さないんだよ……っ。
「おい!」
上にいる女生徒たちに声をかける。
顔を覗かせたのは三人だったが、四人組であった。
一人は俺を一瞥しただけで、すぐに顔を引っ込めた。
「あ、厄介なのに見つかった」
「まっつん、あいつの事、知ってんのか?」
「誰にでも手を差し伸べる正義のヒーロー、B組の井丸くんだよ。男女共に人気者。だからこそ特定の人物と仲が良いって噂は聞かないけど。人間関係は器用貧乏なのかな。特別に親しい友達はいないみたい」
「鬱陶しそうな奴だな。――なんの用だ?」
「須和映絵」
それだけでじゅうぶん伝わるだろう。
向こうもバツが悪そうな顔を見せた。
「昼間に見たぞ。机に落書きしているところを。今だって、須和にバケツで水をかけただろ。靴箱の仕掛けの件もそうだ。ゴミの中には、須和の教科書も混ざっていた!」
「なんでそこまで知ってるんだよ、あいつ、気持ち悪いぞ……」
「改めてじっくり考えるとちょっと狂気的にも思えるけど、助けられた当人からすれば、やっぱり一番の頼れる味方なんだと思うよ。だからと言って、一生のパートナーにはしないね。釣り合うような信念がこっちにはないわけだし」
「みやっちー、まっつんー、そろそろ出ましょうよー。はるっちが退屈そうにあくびをしてますよー」
「眠い、おせんべいが食べたい」
「相変わらず感覚がご老体だよねー」
分かった分かった、とボーイッシュな女生徒がみんなを連れて引き上げようとする。
須和の話はまだ終わっていない、と引き止めたが、向こうは止まる気など毛頭なかった。
「人のクラスの事情に首を突っ込むな。いじめをやめろ、なんて正義感を振りかざして自分に酔ってんのかよ。あいつと話をしたのか? 頼まれたのか? なら、聞きたいもんだな、あいつの声を。邪魔をするな。なにも知らず、なにも積み重ねてこなかったお前に、なにが分かって、なにができるんだ。井丸とか言ったよな……、お前に、奪われてたまるかよ」
敵意を込められた視線を受け止める。
俺はなにも言い返せなかった。
言い返す言葉が、まとまらない。
すると入れ替わるように、金髪ハーフの女生徒が顔を出した。
「初めまして井丸くん。あたしは
「それは親密度に関係するのか? 名簿を見れば一発で分かるけどな」
「女の子はミステリアスなの。――で、今のちょっと言い方がきつめの子が
「覚えた。記憶力は良い方なんだ」
向こうの顔と名前が一致したのは助かった。
しかし、松本はなぜ、顔を出したのか。
「誤解をして欲しくなくてね。いじめではないよ。あくまでも、いじりの範疇」
「そう思っているのは加害者だけなんだよ。いじめる方はいつも冗談、いじめられる方はいつも真剣なんだ。勝手な思い込みで事実を捻じ曲げるな」
「思い込んだ事がその人の世界になるんじゃない? あたしたち四人は須和ちゃんをいじるのが今の世界だと思っているよ。須和ちゃんの世界がどんな姿をしているのかは、あたしたちにも井丸くんにも分からないでしょ。言ってくれないとさ。勝手な想像で突っ走っている井丸くんは、間違えているかもしれないのに?」
「須和が喜んでいるとでも、お前は言いたいのか?」
「そうとは思わない。言わないだけで須和ちゃんはそう思っているかもしれないけど。ないだろうな、とはあたしは思う。なら、苦しんでいるとも思えないでしょ」
「ふざけんなッ! 相手の気持ちが分からないから、じゃあ過剰ないじりで自分たちが楽しんでいいのかよ!」
「きっかけなの。あたしたちのしている事は、話題作り。井丸くんは須和ちゃんに手を差し伸べているんだよね? あたしたちと、やっている事は同じだよ」
「どういう意味だよ、それ……」
俺が、結果的に須和をいじめてしまっている、とでも……?
「どうしてもこっちを悪者にしたいみたいだね。確かに過剰ではあると自覚してるよ。やり過ぎだよねーって。でも、そう望まれたらそうするしかないのがコミュニティーの辛いところ」
「人のせいにするのか」
「そう恐い顔をしないで。大丈夫、井丸くんは須和ちゃんをいじめてはいないよ。ただあの引っ込み思案がどう思っているのかは分からないよ。事実、いじめているのかも? というわけで、勝負だよね。どっちが先に、須和ちゃんの心を掴むのか」
「お前らは、一体なにをしているんだよ……」
「だからきっかけ作り。場を整えているだけ。でも、井丸くんがいるのなら、噛ませ犬でも構わないって気もしてきたけどね」
松本が後ろを振り返る。
言葉を何度か交わし、再びを俺を見下ろした。
「聞いてもいいかな? ……なんで別クラスの須和ちゃんを気にかけるの? 助けようとするの? クラス関係なく手を差し伸べた井丸くんに今更、聞くような事じゃないけどさ。大きなくくりじゃなくて、須和ちゃん個人を、なんで助けるのか、気になったんだよ」
松本は矢継ぎ早に言葉を繋げる。
「須和ちゃんは学園でも悪名高く、当然、評判も良くない。いじられて、いじめられて、周りが盛り上がるような立ち位置にいる。なにも知らないで井丸くんが須和ちゃんと関われば、いくら人望の厚い井丸くんでも、一緒に評判が落ちてしまうかもしれないのに。だって、井丸くんにメリットなんてないじゃん。放っておけばいいじゃん。須和ちゃん本人から、なにかを言われたわけでもないんでしょ?」
もしかして、惚れたのー? と、女の子らしい話題だった。
これを言いたいがための、前フリだったのかもしれない。
「あいつの……」
噂や経歴だけで人格は決まらない。
決めてはいけないものだ。
だって須和は異能力に巻き込まれ、あたふたとなにも分からなかった俺を命懸けで守ってくれた。
理由なんてそれだけでじゅうぶんだった。
俺が見て感じた須和が、本当の須和だと思ったのだ。
「落ちる評判ならどこまでも落ちればいい。メリットなんて最初から考えて動いちゃいないんだ。俺はあいつの味方でいたいと思った。理由なんて、そんなもんだろ」
「ふーん。どういうアプローチをするのか、お手並み拝見かな。それじゃ、頑張ろうね」
男子受けの良い笑顔を見せて、窓際から去って行く松本。
……頑張ろう?
互いに、という言葉が頭につくだろう。
つまりあいつらは、まったく反省していなかった。
「訳が分からないぞ……」
松本たちが原因であり、明確な敵だと思っていた。
しかし、言いくるめられるわけではないが、松本の意見を考えると、須和を目の敵にしているわけでもなさそうに見える。
俺と一緒なのだと、松本は言っていたが……。
「でも、須和の味方じゃ、ないだろ」
しかもこれまでのやり方を貫く素振りだった。
俺は俺のやり方で、松本は松本のやり方で。
だからこそ、勝負の一言に繋がる。
頑張ろうの意味が形を生み出した。
考えても正解の出ない思考にふけってしまっていた。
無駄な時間だったと苦虫を噛み潰す。
須和が去って行った先は校舎の外周の裏庭だ。
今から追って、須和に追いつけるか。
校舎の外周の角を曲がると、意外にも、すぐ近くに須和がいた。
思ってもいなかった邂逅に面喰らうも、やっと会えた事と、正面から話せる事に期待が膨らむ。
近づく足は止まらなかった。
――怯えて震える須和を見るまでは。
やけくそになった須和が飛びかかってくる。
握っているのは木製のバット……野球部の忘れ物なのか、花壇と塀の隙間に数本が転がっていた。
その内の一本を、須和が横薙ぎに振るう。
女子の力だ、男子に比べれば弱い方ではあるが、痛くないわけではない。
振り抜いたバットが、咄嗟に頭を腕でガードした俺の肘に当たる。
こんっ、という積み木同士がぶつかったような軽い音ではあったが、痛みで声が出なかった。
自然と前屈みになり、頭を差し出したような格好になってしまう。
須和はバットを振り上げた。
薪を立てに割るような構えで俺の頭に狙いを定める。
……脇だ。
大きく広がった脇に両手を差し込む。
輪郭をなぞり、腕、そして肘を取る。
バットを振り下ろせないように押さえ、須和の目を見る。
人に自分の意思を伝える時は、相手の目を見る。
言葉よりも強い感情が、相手に伝わる必然の媒体だ。
俺にとってその行動は必然だった――巻き込まれたのは偶然だった。
須和のメガネは俺との接触の際に落下していた。
……虹色の瞳。
昨日と、同じ。
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