ACT1

 温かな日差しが顔を覗かせる昼下がり。訓練場では今日もナージャ様とラヴィさんが手合わせをしている。私は少し離れた所から2人の手合わせを見ていて、アドバイスできるようにひたすらに2人の手合わせを目で追う。手合わせは30分の間に一本取るか決められた範囲の外に出すこと。その間ナージャ様は受けるのみでラヴィさんはひたすらに攻める。これを10分の休憩を挟むようにして3セット。最初の方は1セットでバテていたラヴィさんも最近では3セットきちんとこなせるようになってきており、もう1セットとせがむようになってきた。

「そこまで!休憩してください。」

 言葉に反応して一瞬私の方を見たラヴィさんが体勢を崩し、思いっきり顔から地面へと突っ込んだ。

「大丈夫ですか?ラヴィさん!」

 慌てて駆け寄るとラヴィさんは「平気平気」と言いながら手を振ります。ナージャ様も「大丈夫か?」と声をかけながら手差し、ラヴィさんを立たせた。

「うへぇ土食べちゃった。ペッペッ」

「最後の突きは良かったけど一瞬のことで体勢を崩しているなら少し身体強化を下げたほうがいい。あんなことで崩しているようなら実戦では使えないぞ。」

「途中でいける気がして『ロー』から『ラン』にあげたんですけどだめでした…」

「それは気づいていたがまだ体が追いついていない感じだったな。次は『ロー』で動き回り隙を伺い、攻撃の一瞬に『ラン』に上げてみてはどうだ?」

「そうですねそうしてみます!よしそうと決まれば師匠次しましょう!次!」

「ダメだちゃんと休憩をしなさい。ラヴィは魔力をエンジンに体を動かしている。ただでさえ半獣化して消費も激しんだから回復させなさい。」

「わかりました。ねぇねぇさっきの手合わせイーリスからみてどうだった?」

「そうですね動きは格段に良くなっています。強いて言えば攻め方が単調な事くらいですかね。フェイントを混ぜてみてはどうでしょうか?」

「フェイントかー。わかった!次はそうしてみる!」

「そのいきです!」

 そういって私は小さく胸の前で手を握る。そしたらラヴィさんもそれに同じポーズで返してくれて向き合う。そしてふふっと2人で微笑んだ。ナージャ様はそんな2人を椅子に腰掛け微笑ましそうにお茶を片手にみている。そんな事をしていると10分なんてあっという間に過ぎていき、2回戦目に突入した。2人中央線まで行き、向き合う。私の合図により開始された。

 トーントーンとその場で跳ねながらラヴィさんは呼吸を整えていく。そうするとみるみるうちに半人半獣の姿へと変わっていき、真っ直ぐナージャ様の方を見据え、狙いを定めていく。何回目かのジャンプの後にバッとナージャ様の胸元めがけ飛びかかる。その一撃をひらりとかわしバックステップで距離を開ける。くるりとナージャ様に向き直るともう一回飛びかかる。ナージャ様がもう一回かわす寸前、方向展開し腕を振り直した。ナージャ様はこれを木刀で受け止め押し返す。ラヴィさんはこの力に逆らわず空中に投げ出されると持っていた短剣を投げつける。その攻撃には雷属性を纏わせており、それを受け止めると目の前で眩い光を放った。一瞬顔を逸らした隙を見逃さないように着地と同時に蹴りを繰り出す。そして、じめんに落ちていた短剣も拾い上げ、2連3連と重ねていくがどの攻撃もヒラリヒラリとかわされていく。分が悪いと思ったのか後ろに飛び、一息つく。

「今の攻撃は良かったぞかなりヒヤッとしたぞ。」

「ハァハァありがとうございますその割には息ひとつ上がってないですねっと」

 そう言いながら足元を蹴り上げ砂煙と小石をナージャ様めがけ飛ばす。これ上に跳んで躱すと次は短剣が飛んでくる。雷属性のおまけ付きで。これを身を捩りかわしたところでナージャ様も気がついた。短剣はただのフェイクで本命は背後に回る事。躱された短剣を受け取りナージャ様めがけ振り下ろす。空中体勢が悪いこともあり組み合ったまま2人落ちていく。ドーンと砂蹴りを上げ落下する。どうなったのか砂煙でわからないのでそれが晴れるのを待ちわびる。晴れた先を見つめると、ラヴィさんが組み伏せて剣先は喉元まで伸びているのが見えた。

「これは一本だな。合格だ。ラヴィ。」

「や…やったぁー!!!合格したぁ!!」

 ここに駆け寄り私も一緒になって喜ぶ。

「おめでとうございます!ラヴィさん」

「ありがとうイーリスやった私!」

「おめでとうラヴィそして良い加減上から退いてはくれないかい?」

「あっ!すいません師匠」

 上から退きそれでも嬉しいのかぴょんぴょんと飛び跳ねている。私も嬉しくてラヴィさんと手を取り合い一緒になって飛び跳ねた。「水を差すようで悪いが次からは僕も反撃するからね?防御も忘れずにね。」

「3ヶ月かかったのに次は何ヶ月かかるのやら…」

「明日は僕が用事があるからオフだから街にでも出てくると良い。こっちに来てから街を見ていないだろう?イーリス案内を頼めるかな?」

「はいそれは構いませんがナージャ様はどちらに?」

「ちょっとした野暮用だよ夜までにはもどる。」

「承知いたしました。気をつけて行ってらっしゃいませ。」

 うんとうなずくと戻っていくナージャ様の後ろ姿を見送りながら、明日のコースを考える。ラヴィさんは師匠も忙しんだななんて言っている。クランの仕事なんて明日は入っていない。ナージャ様個人の用事なんだろう。散策するのは野暮である。されに用事の内容を告げずにいなくなるのは今に始まったことではない。それに7つあるクランのうち金星のクランはナージャ様と私、そしてラヴィさんの3人しか所属していない。他のクランが教育、政治、騎士団などに対して何でも屋のような立場なのだ暇な事が主である。

「さぁラヴィ様も戻られてはいかがですか?中でクッキーを焼いているはずです午後のお茶の時間といたしましょう。」

「はーい…って様付はやめてってばなれないんだよ〜。」

「え…私ったら申し訳ありませんまだなれていなくて気をつけますね。」

「ううん大丈夫だよそれより早く行こめちゃくちゃ動いたからお腹すいた〜。」

 そう言って中にラヴィさんは戻って行った。私もそれに続き食堂に向う。

 魔力とはその人の生命エネルギーだ。物を食べたりすることでその人の地や肉、魔力になり休むことで回復する。それくらいこの国の人たちにとって当たり前のものなのだ。食堂に着き、クッキーを皿一杯に乗せテーブルに運ぶ、食器棚から紅茶と3人分のティーカップを持ってきていれる。

「ナージャ様を呼んできますので先に食べていてください。」

 そう言い残して自室にいるであろうナージャ様を呼びに行く。部屋の前まで着き、コンコンとノックする。返事がなく再度ノックをして呼びかける。

「ナージャ様食堂でクッキーを召し上がりませんか?紅茶も入れております。ナージャ様?失礼します。」

 返事がなかったのでお邪魔すると、窓際によたれかかりスゥスゥと寝息をたてているナージャ様が目に入った。部屋に入り毛布を手にとり、ナージャ様が起きないようにかけてあげる。ソッと戸を閉じると食堂へ戻った。最近ナージャ様は眠っていることが多い。これもやはりあの時期が近く残された時間も僅かかもしれない。そう思うと、とてつもない寂しさや恐怖が襲ってくる。今日のように喜びを分かち合えないと思うと胸が苦しくなる。老人のように見た目でわかれば良いのだがナージャ様は見た目がどうみても二十代なのだ。だからなのか最後の時を迎えるようにはとても思えない。確かに私と共に三百年以上生きている。昔あるときに人魚の血を飲んだと話されていた。そして、僕は不老不死ではなくて不老長寿なんだとも。食堂に戻ると私の顔を見て心配そうにラヴィさんが声をかけてきた。

「イーリスどうかしたの?なんだかとても悲しい顔してる。」

「なんでもありませんご心配おかけしてすいません。ってほとんど食べてしまわれたのですねあの短時間のうちに…」

「ご、ごめんおいしくて止まらなかった。えへへへ」

「かまいませんよ。精霊は本来食事を取らなくても大丈夫ですから。」

「不思議に思ったんだけどさイーリスやミラもなだけどどうやって魔力回復しているの?食べ物食べなくても平気って」

「私たち精霊は大気中に溢れている魔力で補っています。なので基本的に食事するという概念がありません。食事を取ることは娯楽の一種と変わりません。なので私は紅茶だけでも飲めれば十分です。」

「そうなんだ便利なんだね精霊って。ならミラがニンジンをせがむのはなんでなの?」

「んー多分ですけど私が好んで本来取らなくても良い紅茶を飲むのと一緒で気に入ったからなのではないでしょうか」

「なるほどねぇそうなのミラ?」

「キュイ?」

 そう言って首を傾げるしぐさをするミラさんはなんとも愛くるしいものがある。ニンジンに夢中でそれどころではないようだ。ミラさんは、ラヴィさんが持っている短剣に宿る精霊だ。精霊が宿っているものは珍しくこの短剣の他には7英剣の持つ宝剣だけだ。この精霊はアルミラージの姿をしておりラヴィさんはこの精霊の力をその身に宿すことにより、『ロー』や『ラン』と言った身体強化魔法を使える。人の言葉はわかるようでラヴィさんの言葉に反応するように同化したり解除したりしているようだ。

「明日どこか行きたいところはありますか?どこへでも案内いたしますよ。」

「そうだなーどこが良いだろう。行きたいところが多すぎて決まらないや明日までに考えとく。」

「わかりました。考えといてくださいね。」

「うん!」

 そう言って私たちはおやつの時間を終えそれぞれの自室に戻った。下に備えてこの街の地図を広げる。最近できたケーキ屋さんでお茶なんかも良いこの街一番の景色が見える公園なんかも。ティラミン大聖堂なんてとても綺麗なステンドガラスも外せないな。なんてことを考えていたら、夜も更けていった。

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