第16話 再戦、プラムとサフラン!
寝室の外から聞こえてきたプラムとローズマリーの声。
それを聞いた瞬間、私は反射的にベッドの上から飛び出していた。
空中でリードに首を引っ張られて床に体をたたきつけられる。
あまりに嬉しすぎて首輪とリードをすっかり忘れていた。
「あ、あたた……二人とも! 私はここにいるよ!」
寝室のドア越しに呼びかける。
同時に立派な両開きのドアが蹴り開けられた。
「コムギ! 助けに来たぞ!」
「アサシン教団、覚悟するです!」
プラムとローズマリーが寝室に雪崩れ込んでくる。
パッと見たところ、二人とも怪我をしているところはなさそうだ。
あれからちゃんと装備を新調したらしく、プラムの身につけている防具は新品同然に輝いている。腰にも新品のロングソードを提げていた。かなり気合いが入っているようで、いつもは二つ結びにしているワインレッド色の髪をポニーテールにしていた。
ローズマリーの装備はそのままであるが、腰に下げているホロストーンが入っている袋はパンパンになっている。瘴気術(ミアズマクラフト)をぶっ放す気満々だ。開け放たれたドアから吹き込む風で、彼女の透き通った水色の髪が荒々しくなびいていた。
別れていたのはほんの2週間に過ぎないけれど、最後に二人の姿を見たのが遙か昔のように感じられる。
思わず目の奥が熱くなってきた。
「ありがとう、二人とも……」
にゃんにゃんアサシン教団の存在が宿場で知られていたり、荷車の定位置にメッセージを残せたり……助けに来てもらえる可能性は決して低くないと自分に言い聞かせていたけど、だからといって自信があったと言えば嘘になる。
もしかしたら――その考えはいつも頭の片隅にあった。
だから、二人と会えたことが嬉しくて……奇跡みたいで……。
「ふっ……よく来たわね。あなたたちのことはコムギから聞いているわ」
ヒナギクがベッドの上からひょいと飛び降りる。
その姿を目の当たりにして、
「ね、ね、猫がしゃべってるーっ!?」
「悪魔ですっ!! 悪魔にちげーねーですっ!!」
プラムとローズマリーが一瞬で軽いパニックになっていた。
サフランが「そうなるッスよね」とくすくすと笑っている。
さっきまでの真剣な空気が台無しだ。
「ええと……私が説明するのでいい?」
私は双方に問いかける。
いきなり激突という雰囲気ではなくなってしまって、プラムとローズマリーは困惑した顔をしつつも素直にうなずいてくれた。ヒナギクも「あなたの説明なら公平でしょうね」と同意してくれて、サフランはいつものようにニコニコしていた。
ヒナギクが歴史に埋もれてしまった猫姫であること、聖父母教会には猫姫の存在を信じてもらえなかったこと、にゃんにゃんアサシン教団は果物のジャムと獣肉の燻製を売って平和に暮らしていること、首輪のせいで私は変身できないこと、そしてヒナギクが私をさらったのは犬姫である私がうらやましかったからということ……。
「お前、そんなしょーもない理由かよーっ!」
「だーかーらー! 私はマジよっ! 大マジよっ!」
「それなら、こっちだってマジだよ! コムギが殺されたんじゃないかって心配してたんだからな……まあ、割と早い段階でにゃんにゃんアサシン教団の噂をキャッチしていて、自称アサシンの女の子が犬を拾ったことを自慢しまくってるって聞いてからは、こりゃふつーに生きてるなって確信できてたけど……」
「サフラン! あなた、速攻でバラしてたの!?」
流石のヒナギクも目が点になっている。
なるほど、それで宿場の子供が私を知っていたのか……。
叱られたサフランの目がバッテンになった。
「だって、犬を飼えて嬉しかったんッスもん!」
リアル犬扱い!!
この子、私を……というかサフランも含めて、ちゃんと人間だって分かってる!?
「と、ともかく! あんたらの事情は分かったです!」
勘弁してくれといった感じにローズマリーが声を張った。
「猫姫というのは初めて聞いたですが、こうして人間の言葉を理解し、別世界の知識を有している猫が存在しているのは事実です。信用されなくて追い返されちまったようですが、私なら聖父母教会に話をつけてやれるです」
「何度も言わせないで! 私は聖父母教会の力は借りないわ!」
「強情なやつですねえ……まあ、私も教会の古くさい部分は好きじゃねーですが……」
「サフラン!」
ヒナギクは自慢の(?)手下を呼びつけて、それから犬歯を剥き出しにして笑った。
「こいつらを追い払いなさい!」
「はーいッス!」
サフランが準備体操とばかりに手首と足首を回し始める。
プラムが「やれやれ……」と首を振ったかと思うと、顔を上げるなりにいつにも増して鋭い眼光をヒナギクとサフランに叩きつけた。
「負けたままで終わらせるのは性に合わないんでね。もちろん、受けて立つ!」
「はー、結局こうなるんですねー」
呆れるローズマリーを余所にプラムとサフランの間で火花が散る。
基本的に1対1の戦いを除くと無敗を誇ってきたプラムだが、実はかなりの負けず嫌いだったらしい。でも、そんなところも彼女らしく思えて、これから私の運命を決める戦いが起こるというのにちょっと微笑ましくなってしまった。
私たちは戦いの場を求めてアジトの中庭に出た。
中庭はテニスコートくらいの広さがある。足首ほどの高さの雑草が生えていて、隅に一本だけ生えている木を除くと障害物になるようなものは何もない。空を見上げると太陽がほぼ真上にあって、お散歩でもしたくなる気持ちのいい青空が広がっていた。このまま5人で仲良くピクニックに行って、楽しくおしゃべりでもできたら最高なんだけど……。
私は中庭の隅にある木にリードを繋がれている。
ヒナギクは横取りを警戒してか、ぴったりくっつくように私をマークしていた。
プラムとサフランは10メートルくらいの間隔を開けて相対している。
ローズマリーはプラムの斜め後ろに腕組みして立っていた。
「で、本当にやるんです?」
「ああ、ここは私にやらせてくれ」
「私は1対1の喧嘩とか興味ねーですから、負けそうになったら普通に手ぇ出すですよ?」
「……ありがとう」
プラムがローズマリーの方に振り向いたが、私の位置からはどんな表情をしているかは分からない。でも、私と離れている間になんだか以前よりも仲良くなっているように見えた。雨降って地固まる、というやつだろうか。
彼女は背中の荷物を地面に下ろして、荷物と一緒に背負っていた木刀を持った。
「あれ? 腰のものは使わないんッスか?」
拍子抜けしたのかサフランが目をパチパチさせている。
プラムがフンッと腹立たしそうに口をへの字にした。
「コムギを連れ戻すためとはいえ、死人を出したら後味が悪いだろーが……」
「それなら、こっちも好きなエモノを使わせてもらうッス」
首に巻いた長いマフラーを翻しながら、サフランが背中に隠していた武器を取り出す。
それは彼女がよく木の実をすりつぶしたりするときに使う2本のすりこぎ棒だった。
単なる調理器具といっても侮れない。大きな石臼とセットで使うため、すりこぎ棒の長さは50センチもある。カチカチのくるみを潰しても全然削れていないので、かなり固い木材で作られているようらしい。これはもう完全に立派な凶器だ。棍棒と言っていい。
「コムギ!」
「はひっ!?」
いきなりプラムに呼ばれてちょっとびっくりする。
彼女は少年のように勝ち気な笑顔を浮かべた。
「絶対に助けてやるから、そこで待ってろ! お前は私のゆたんぽ係なんだからな!」
「プラム……頑張って! 応援してるから!」
自信に満ちたプラムの顔が凜々しすぎて、見ていて胸がドキドキしてくる。自分を助けるためにこんなに真剣になってくれる人がいるなんて、こんなに嬉しいことはない。それなのに今はエールを送ることしかできないのが本当にもどかしかった。
「いくぜっ!」
プラムが木刀を振りかぶって攻撃を仕掛ける。
真っ直ぐに振り下ろされた木刀をサフラン軽いステップで横に回避し、すかさず両手の棍棒をプラムの脇腹に向けて突き出してきた。
しかし、プラムはそれを先読みしていたらしい。
攻撃を避けられた瞬間にはもう体をぐるりとひねり始めていて、脇腹を狙ってきたサフランの脇腹へ逆に回し蹴り叩き込んでいた。
サフランの体が後方へ吹っ飛び、雑草まみれになりながら地面を転がる。
彼女よりもこぶし1つ分は背が高く、金属製の防具を身につけているプラムの体重を乗せた攻撃は威力抜群だ。体重差の有利不利はひっくり返らない、とお父さんが格闘技の番組を見ながら言っていたのを思い出す。
プラムは手首を回しながらサフランが立ち上がるのを待った。
「あのとき蹴っ飛ばされたお返しだ。市場の屋台を巻き込んで大立ち回りしたせいで、うちらは罰金で生活費を根こそぎ持っていかれてな……あれから酒も少ししか飲めてない。どうしてくれるんだ、おい!」
お酒を飲み過ぎないのはむしろいいことでは?
それはそれとして、単なる実力勝負をしたかっただけではなく、お金の恨みもきっちり腫らそうとしているのが実にプラムらしい。私を探す過程でダークサイドに落ちたりしていなくて本当によかった。
「そ、それは不可抗力ッスよ! ちゃんと受け身くらい取れッス!」
今度は飛び起きたサフランから攻撃を仕掛けた。
地を這うような低い姿勢で突っ込んでいくように見せかけて、ふわりと飛び上がって空中からキックを浴びせる。プラムは木刀で受け止められてしまったものの、体勢が崩れたところを狙って棍棒二刀流で立て続けに殴りかかった。
「プラム! 密着されるのは危険ですよーっ!」
「分かってる……っつーの!!」
プラムは左右から襲いかかる棍棒を1本の木刀でどうにか捌ききる。それから今度は自分の番だと言わんばかりに反撃を始め、ついには下からすくい上げるようにしてサフランの右手から棍棒を弾き飛ばすと、驚く彼女に向かって間髪入れずに渾身の突きを放った。
木刀の切っ先がヒュッと風を切る。
これは当たった、と私の手にも思わず力が入った。
「好きなエモノを使わせてもらうって言ったッスよねえ!」
サフランが首に巻いていた長いマフラーを解き、まるで鞭のように振るって木刀に絡みつかせる。いとも容易くプラムの手から木刀を取り上げてしまうと、左手の棍棒で彼女のみぞおちを突いた。
カンッ!
まるで金属の板を叩いたような音。
みぞおちを突いたはずの棍棒が弾かれて、サフランがきょとんとした顔になる。
プラムは彼女の体につかみかかると、柔道の一本背負いのように投げ飛ばした。
地面に叩きつけられたサフランがじたばたと転げ回る。
プラムがブラウスの裾をめくり上げると、服の下に鉄板が仕込んであるのが分かった。
「あのときも腹を狙われたからな。同じ轍は踏まない」
サフランのマフラーを中庭の外へ投げ捨て、それから木刀を回収する。
これで武器的にも体力的にも完全に有利だ。
「まだやるか?」
「……もちろんッス!」
サフランはすぐさま飛び起きると、いきなり両足に履いてる革製のブーツを脱ぎ捨てる。さらには革製の胸当てとホットパンツも脱いで、パンツ一丁ならぬ黒インナー一丁の姿になってしまった。
「プラム! エロさで負けてるですよ!」
「うるせー! ちゃんと私を応援しろ!」
ローズマリーのヤジに怒鳴り返すプラム。
サフランが豹のように低く構えたかと思うと、目にも止まらぬ速度で突っ込んできた。
プラムは木刀を振り下ろす……が、真正面から突進してきたはずのサフランがいない。
しかし、私の鼻は彼女の動きをにおいで捕らえていた。
サフランのにおいは一瞬にしてプラムの背後へ回り込んでいたのだ。
プラムの背中めがけて、常人の反射速度を超える肘鉄が放たれる。
まるで吸い込まれるような動きには息を呑むような美しさがあった。
「わんっ!」
私は気づくといつものように吠えていた。
サフランが肘鉄を打ち込んだのと、プラムが振り返りざまに木刀を振るったのは同時。
ボクシングのクロスカウンターの如く、二人は同時に全力の攻撃を受け合った。
二人の体は中庭を囲んでいる神殿の石柱へ叩きつけられる。
アクション映画を見ているかのように見事なダブルノックダウンだった。
「あ、相打ちかよ……この場合どうなるんだ……」
プラムは木刀を支えにして立ち上がろうとするが、上半身を起こすことすらできていない。
骨が折れたりしないだろうか……心配で仕方がない。
ローズマリーが駆け寄ってプラムの容態を確認した。
「……よかった。骨は折れてないようですね」
「骨が折れてなくてもめちゃくちゃ痛いんだが……」
「しばらく寝っ転がってるといいです」
「教祖さまぁ……た、立てないッス……」
サフランが右手でみぞおちをさすりながら左手をはらはらと振る。
ヒナギクは彼女に駆け寄ると、そっと手にほおずりした。
「よく頑張ったわ、サフラン。あとで私を好きなだけモフらせてあげる」
「マジっすか? じゃあ、頑張った甲斐があったッスね!」
「ええ、あとは私に任せなさい」
ヒナギクが私たちの方に振り返る。
次の瞬間、彼女の体が重力を無視して浮き上がった。
私はヒナギクの体の中から、大きな力そのものがあふれてきたのを感じ取る。
3メートルほどの高さに浮き上がったヒナギクの目から目映い光が放たれた。
変身が始まった。
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