第15話 熱々にふかした屋台のジャガバター

 にゃんにゃんアサシン教団のアジトに連れてこられてから10日ほど経過した。


 首輪のリードをベッドの柱に結ばれていたため、私はほとんどの時間を寝室で過ごした。あの部屋はそもそもヒナギクとサフランの寝室だったらしく、寝起きするときや食事するときはいつも二人と一緒で、少なくともどちらか一方は私に付き添っていた。

 それから完全な監禁状態というわけでもなかった。毎日必ずおさんぽタイムがあって、神殿の中をぐるりと一周させてもらえた。

 神殿の中は相変わらず掃除が行き届いていない場所が多くて全然人気がない。聖父母教会から目を付けられているようだし、信者たちはバラバラの場所に住んでいるのだろうか? サフラン一人で私を捜し当てられるとは思えないし、きっと信者たちに情報を集めさせてさせていたはずだ。


 ともあれ、私はヒナギクとサフランの二人となんだかんだ仲良くなっていた。寝食を共にしているし、しかも動物の体で転生してしまった上での苦労話やら、前世の身の上話やらを毎日しているだから、仲良くなるなという方が無理な話である。


「ふーん……それじゃあ、あなたは中学生だったのね」


 ある昼下がりのことである。

 私とサフランはベッドの上でいつものようにおしゃべりしていた。ベッドの上に寝そべっておしゃべりする三毛猫と柴の子犬……動画にしてアップロードしたら、ものすごい再生数を稼げそうな光景である。


「ヒナギクはどうだったの? 中学生? 高校生?」

「見ての通りの大学生よ」

「えっ!?」

「あーあ。成人式、出たかったわぁ……あと3週間だったのに!」


 この人が大学生!? めっちゃ大人じゃん!!

 成人式まで3週間ということは20歳にはなっているだろう。お酒も飲めるし煙草も吸える年齢だ。それに大学生というと親元を離れて、一人暮らしをしながら勉強とバイトをして、サークルにも入って、友達と旅行に行って……と自立しているイメージがある。そもそも、ちゃんとした大人は『うらやましいから監禁』なんてしない。


「あの……ヒナギクさんって呼ぶべきですか?」

「ははは、別に今更そんなかしこまらなくていいわよ」


 ああよかった、いきなり偉ぶったりするタイプじゃなくて……。

 実際のところヒナギクは教祖を名乗っているものの、これといって偉そうな態度を取ったことはなかった。サフランを呼びつけて毛繕いさせたり、書庫から本を持ってこさせたりするくらいが精々である。

 ホント、悪い人たちじゃないんだけどなー。

 そろそろ説得できたりしないかな?


「教祖さまーっ! 準備できたッスよーっ!」


 ドアを蹴破る勢いで押し開けて、サフランがスキップしながら部屋に入ってくる。

 ヒナギクがぴょんと軽やかにベッドから飛び降りた。


「よーし、宿場へ売りにいくわよ! コムギちゃん、あなたも来なさい!」

「わ、私もいいの!?」


 喜びすぎてしまいそうになって感情を抑え込む。

 宿場に連れて行ってもらえるなんて絶好の脱走チャンスだ。


「毎日大人しくしてくれているもの。それくらいはね」

「……ヒナギク!」


 私もベッドから飛び降りて、ヒナギクの体に抱きついた。

 私たちの体格が同じくらいなので、等身大のぬいぐるみに抱きついたような気分だ。

 モフモフしてるし、いいにおいがするし、危うくにやけそうになったのを我慢する。

 今日こそ絶対にここから逃げ出してやる!


 ×


 私はリードを引かれて、しばらくぶりに神殿の外へ出た。

 神殿の正面入口前には荷車が止まっている。

 荷台には色とりどりのジャムを煮詰めてある鍋や、獣肉の燻製といった手作りの食品がぎっしりと積まれていた。

 リードを持ち手に結びつけると、サフランは荷台を引いて歩き始めた。


 森の中のあぜ道を小一時間ほど歩いて、私たちは目的の宿場に到着した。

 宿場は湖に面したのどかな街だ。湖の岸にはいくつもの宿屋が並んでおり、湖底まで見えるくらいに透き通った湖を一望できるようになっていた。観光地として魅力があるからか、これまでの宿場よりも人通りが多いように見える。


 宿場に入ってからは、私はヒナギクと一緒に荷車へ乗せられていた。

 暢気に道の真ん中を歩いていたら、この人通りでは尻尾を何回踏まれるか分からない。


「ここって、なんていう宿場なの?」

「コバルトレイクよ。その名の通り、綺麗な湖をしてるでしょう?」

「泊まって観光とかしたいなぁ……ボートに乗ったり、釣りをしたり……」

「ふふふ、そのうちね」


 私は内心ガッツポーズする。

 コバルトレイクというと私が連れ去られた宿場からは徒歩で3日分の距離だ。プラムとローズマリーに地図を任せっきりにしないで、ちゃんと見ておいて本当によかった。

 よくよく考えてみると、サフランが馬を走らせたのは長くても一晩くらいだろうし、逃げた距離としては妥当なのかもしれない。サフランがアサシン教団の残党なのはローズマリーが知ってるし、二人がこの宿場に辿り着ける可能性は十分にある。

 これは私にも運が向いてきたかも!


 サフランが市場の一角に荷車を停めて、木製のおたまでジャグリングを始める。

 すると、すぐさま馴染みのお客さんがわんさかと集まってきた。


「アサシンちゃん、いつものやつね!」

「はーい、木イチゴのジャムと杏のジャムを1つずつッスね!」


 サフランが笑顔を振りまきながら接客する。

 お客さんからガラス瓶や木皿を受け取ると、それに色鮮やかなジャムを注いでいった。


「アサシンちゃん、うちにはシカの燻製肉を頼むよ」

「はいッス! 固まりで持っていけッス!」


 ツヤツヤとした飴色になった鹿肉を男性客に手渡す。

 男性客は「これが酒に合うんだ!」と大喜びしていた。


 お客さんたちの笑顔は実に眩しい。

 サフランの正体を知っていてアサシンちゃんと呼んでいるのか、それとも「こんなアホな子が暗殺者なわけない」と思っているのか……なんにせよ、彼女がアサシン教団の一員かもしれない事実は宿場に広く知れ渡っているようだ。

 これくらい人気者となると『変わった種類の猫を連れてジャムと獣肉を売っているアサシンちゃん』の存在は隣の宿場くらいには噂になっているかもしれない。これはますます、プラムとローズマリーが見つけてくれる可能性が見えてきた!


 サフランが商売をしている間、私とヒナギクは集まってきた子供たちにもみくちゃにされていた。ヒナギクなんか子供の手をぺろぺろと舐めておねだりし、ちゃっかり干し魚なんかをもらっている。動物生活が私より長いだけあって、演技もすっかり板についているようだ。

 私も対抗して手を舐めたり、尻尾を振ったりして子供に甘えまくる。

 もしかしたらリードを解いて私を連れ帰ろうとする子が現れるかもしれない。

 ちょうど鼻水を垂らした5歳児くらいの男の子が私に近寄ってきた。


「この子がお姉ちゃんの拾った犬かー! オス? メス?」

「ぎゃーーーーーっ!!」


 クソガキ!!

 犬だからって勝手に性別を確認するな!!


「うわっ! こいつ、人間みたいな声で鳴いたぞっ!」

「変わった鳴き声してるッスよね」


 サフランがクソガキの手から私をそっと取り上げてくれた。


「デリケートな子なんでいじめないでほしいッス。お姉ちゃんとの約束ッスよ?」

「う、うん……」


 年上のボーイッシュお姉さんに笑顔を向けられて、男の子が赤くなった顔を背ける。

 あぁ、無意識のうちに少年の性癖を歪めてる……。


 サフランが私を荷台に戻すと子供たちは積極的に触ってこなくなった。

 その分、子供たちの興味はヒナギクに向けられていて、触られすぎのストレスでノイローゼになるんじゃないかと思うくらいもみくちゃにされている。

 よし、今なら自由に動けそうだ。

 リードを解こうとしてみたものの、キツく締められていてビクともしなかった。この10日間、私は何度もリードを噛みちぎろうと挑戦してきたけど、表面にちょっとした傷をつけるだけで精一杯だった。


 逃げ出せないのならせめて、二人に分かるようなメッセージを……。

 私は荷台から降りて地面に落ちていた石を口にくわえる。

 それから、市場を囲っている木の柵にメッセージを刻んでいった。

 ローズマリーと出会ってアルファベット表で会話するようになる以前、私はこの方法でプラムと会話しようと何度も試みていた。上手く行った試しはなかったけど、今の二人ならきっと見つけてくれるに違いない。


『コ ム ギ は ア サ シ ン の ア ジ ト に い る』

『た す け ――』


「はーい、今日はもう売り切れッス!」


 私はあと少しというところで、またもやサフランに抱きかかえられてしまう。

 まさかバレたんじゃないかと背中がヒヤッとしたけれど、彼女は口笛を吹きながら暢気に撤収作業を始めていた。

 ヒナギクの方へ振り返ると、彼女は荷台の上で息も絶え絶えになっていた。


「はぁ……はぁ……今日もハードなおつとめだったわね……」

「……た、大変だね」

「最初の1週間で円形脱毛症になったわ。今は治ったけど……」


 猫駅長みたいな看板猫や看板犬は、いつもこんな苦労をしているのだろうか。

 私にはどうも耐えられそうにない。


 サフランは荷物をまとめると、荷車を引いて市場を回り、先ほどの売り上げで生活必需品を買い求めた。底が抜けそうになっている鍋の代わり、穴の空いた靴下の補充、私たちの主食になる麻袋いっぱいのオートミール、新鮮な牛乳にチーズに生卵……ひとつの場所に定住するのは意外と物入りだ。


「あまーい牛乳をかけてフルーツを盛れば、味気ないオートミールも美味しくなるッスよ」


 サフランが荷車を引きながらうっとりした。


「そのうち牛やニワトリも育てたいッスけど、手が足りるッスかねえ……」

「あなた一人に苦労をかけるわね、サフラン」

「ふふふ……それじゃあ、おやつを食べてもいいッスか?」

「好きにしなさい」


 ヒナギクから許可をもらって、サフランは市場の屋台でふかしたジャガイモを買った。

 銅貨1枚で2つ買えたので、残りの1個は私とヒナギクで半分こにする。

 ほくほくのジャガイモには塩気のあるバターがのせられていた。ひと口かじるとしっかりとしたジャガイモの味と濃厚なバターの旨みが口いっぱいに広がる。安価ですぐに食べられてお腹にたまる、まさにこの世界のファーストフードだ。


 ジャガイモをかじっている最中、私はあることに気づいて思わずビクッとなった。

 市場の目と鼻の先に聖父母教の教会があったのである。

 しかも、絶好のタイミングで教会から法衣をまとった聖職者が出てきた。

 これは願ってもいない大チャンス!

 私は脊髄反射で声を張り上げた。


「た、助け――」

「それは駄目ッス!」

「むぐっ……むぐぐっ!」


 サフランが目にも止まらぬ動きで私の口を手で塞ぐ。

 彼女に殺意があったら、このまま首を切られてもおかしくない挙動だった。


「教祖さまに寂しい想いをさせないであげてほしいッス……」

「私は人間に戻りたいし……ヒナギクにも人間に戻ってほしい……」


 声を殺しつつサフランとヒナギクに訴える。

 人間に戻りたくても聖職者たちに信じてもらえなかった悲しみを、同じ身の上である私に和らげてほしいという気持ちは分からないでもない。でも、だからといって私を巻き添えにするのはやっぱり間違っている。


 そのとき、聖職者がこちらに気づいて振り返った。

 しかし、彼はサフランを見るなりに嫌そうな顔をして、ネズミでも追い払うようにシッシッと手を振るだけだった。

 サフランは町の人たちには愛されていても、聖父母教会には未だに受け入れられていないらしい。モンスターに襲われたりするのとはまた違う、なんだか生々しい現実の辛さを目の当たりにしてしまって、私はすっかり気落ちしてしまった。


 こんなことは慣れっこッス、と言わんばかりにサフランがニカッと笑う。

 それから、私たちは沈んだ空気のまま教団のアジトへ戻った。


 ×


 それから、私たちは今までの距離感が嘘のように話さなくなってしまった。

 でも、私はそこまで悪いようには思わなかった。

 ヒナギクが何の罪悪感も覚えていないなら、きっと私に対して猛烈に怒るはずである。それなのに何も言ってこないと言うことは、心のどこかで非を感じているからに他ならない……と思うけど実際どうなんだろう?

 二人が自然と私を解放してくれるのが一番だけど、もしも頑固になって私をどこかに閉じ込めるようになったら一巻の終わりだ。ここはアサシン教団のアジトなわけで、地下室とか牢屋とかの一つくらいあってもおかしくない。


 さて、あれから数日経った昼下がりのことである。

 私たちは相変わらずの雰囲気で、ベッドの上に三人揃って寝そべっていた。

 いつものサフランならジャムを作ったり、狩りをしたりと忙しそうなのに、最近はあまりやる気が出ないようだった。

 ヒナギクもつまらなさそうな顔をして書物のページをめくり、たまに木イチゴやブルーベリーを口にするだけで、垂れ下がった尻尾からはしょんぼりしているのが明白だった。


 いっそのこと、私の方から歩み寄った方がいいのかな……。

 いや、今のヒナギクに必要なのは一度がつんと言ってやることだ。

 彼女の身の上は可哀想だけど、間違っていることは間違っていると言わなくちゃいけない。ここでの生活はそれなりに快適かもしれないし、常連のお客さんたちとだけ触れ合っていれば傷つくこともないけど、聖職者たちの力を借りられない……借りたくないのなら、ヒナギクはきっと自分なりに人間に戻る方法を探すべきなのだ。

 そんな私にしては真面目なことを考えているときだった。


「たーのーもーうーっ!!」


 寝室のドアの向こうから聞き覚えのある名乗りが聞こえてきた。


「私は旅の剣士プラム!! コムギを迎えに来た!!」

「ローズマリーもいるですよーっ!! すぐに助けるですーっ!!」

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