第14話 にゃんにゃんアサシン教団
「にゃんにゃん……アサシン……教団……」
私は今し方耳にした言葉を繰り返す。
そのワードセンスにもびっくりだけど、それより気になるのはベッド上の三毛猫だ。
ステラさんのような心の会話ではなく、彼女は間違いなく人間の言葉でしゃべった。
この子も狼神さまみたいな存在から人語の話し方を教わった?
あるいは……まさか……。
私はリードで引きずられてベッドの上まで連れて行かれる。
アサシン少女が天蓋を支えている柱にリードをぐるぐるに縛り付けた。
「トイレはあそこでしてくださいッス!」
ベッドの脇についたてで仕切られている空間があり、覗き込んでみると浅い木箱の中に枯れ草が敷き詰められていた。
い、嫌すぎる……。
犬ではなく囚人になったような気分だ。
「私はヒナギク。あなたはコムギちゃんよね?」
「え、ええ……」
三毛猫とベッドの上で向かい合う。
ヒナギクは大人の猫であるらしく、子犬の私と体格はほとんど変わらない。
「サフランから伝書鳩が送られてきたときは半信半疑だったけど、どうやら本当に犬姫だったみたいね。まさか実在していたなんて、同じような身の上ではあるけど、こうして自分の目で確かめるまで信じられなかったわ」
「同じって……まさか!」
「私も別世界から生まれ変わったの。2020年の東京。怪我した野良猫を動物病院に連れて行こうとして、信号無視をしたトラックにはねられて……その猫から自分の体を使って生まれ変わってほしいと言われてね」
「同じ! 私の場合は柴犬!」
私たちの世界の野良犬や野良猫はすべからく、自分を助けようとしてくれた人間に転生をオススメしているのかもしれない。
それ、喜ぶ人いる?
「私は三毛猫の体で転生して、この場所で目を覚ましたわ。今から半年ほど前のことね。ここはアサシン教団が暮らしていた神殿で、とっくに教団は解散していたからももぬけの殻になっていたわ。唯一残っていたサフランを除いてね」
サフランと呼ばれたアサシン少女が「えへへ」と照れ笑いした。
「なんかバタバタしたあと誰もいなくなったんスけど、まさか教団が壊滅してたとは思いもしなかったんスよね。それに一人でいるのも嫌いじゃないんで、朝から晩まで体を鍛えながら自給自足の生活をしてたッス」
そんな武道家みたいな生活をしていたら強くなるのも当然だろう。
この子にはきっとアサシン教団の生活も性に合っていたのだ。
やれやれ、とヒナギクが首を横に振った。
「まあ、こんなアホの子だけど話が通じたから助かったわ」
「えっ!? 最初からちゃんと話せたの!?」
「あなたの場合は違ったの?」
「狼神さまに人間としゃべれるようにしてもらって……」
「私の場合は転生するときにちゃんと念を押したわよ。猫の体で生まれ変わっても、ちゃんと人間の言葉を話せるようにしておけってね。転生でボーナスがつくって、よくあるパターンじゃない?」
「よ、よくあるかなぁ……」
自分がボーナスを丸損していたかと思うと急に空しくなってきた。
「でも、せっかくボーナスがもらえるなら、最初から人間の体に変身できるようにしてもらったらよかったんじゃ……」
「……こほん、それはそれとして話の続きをしましょう」
「あっ! 誤魔化した!」
この人も割とポンコツなのでは?
「私はサフランと一緒に生活しながら、この神殿に残されていた資料を読みあさったの。そうしたら意外な事実が分かったわ。この世界に転生してくるのは犬姫だけではない。あらゆる動物を救った人間に転生の可能性があったのよ!」
「それって――」
戸惑う私の目の前にヒナギクが1冊の書物を差し出して、そこに書かれている一文を肉球で指さした。
『別世界にて獣の命を救いたる聖女、等しく獣の体を借りて生まれ変わる術あり……』
詳しく読んでみたところ、動物の体を借りた別世界の転生は数百年前から『稀によくある』くらいの頻度で行われていたらしい。
転生してきたものたちは「地球からやってきた」と名乗っていたようで、おそらく私やヒナギクと同じ立場だったのだろう。
転生に使われた体は犬や猫が多かったと書かれている。もしかしたら、大切なペットのために命をなげうった人が多かったのかもしれない。他にはウサギやインコ……中には蛇や亀に転生した人もいたらしい。
「転生した人たちの中には、人語をしゃべれる術を身につけられず、動物として一生を終えた人たちもいたでしょうね」
「うわぁ……」
それはあまりにも悲惨すぎる。
プラムとローズマリーという理解者と出会えた私はかなりの幸運だ。
そういえば、あの二人は果たして大丈夫だろうか……。
サフランに手ひどくやられていたから心配だ。
ヒナギクがしょんぼりとした顔で書物を閉じた。
「私の猫姫やコムギの犬姫以外にも、この世界にはたくさんの『どうぶつ姫』が存在しているのよ。でも、なんらかの理由があって……あるいはたいした意味もなく、表の歴史書には犬姫さま伝説しか残らなかったと思われるわ」
「それじゃあ、そのことを聖職者の人たちに伝えたら……」
「残念ながら無理だったわ」
ヒナギクが残念そうに首を横に振る。
「聖父母教会に掛け合ってみたけど、私たちは犬姫さまの偽物扱いされてしまったわ。私は魔法でしゃべれるようになっただけの猫だとか、アサシン教団に教団が持っていた本なんて偽物だとか……危うく捕まって猫鍋にされるところだったわ」
「そ、それは災難だったね」
ローズマリーは猫姫の存在を知ったらどう反応するのだろう?
少なくとも頭ごなしに否定したりはしないと思う。
「申し訳ないッス。自分がアサシンであるばっかりに……」
サフランが床に膝を突き、ベッドに顔面から倒れ込む。
彼女の頭をヒナギクがぽんぽんと撫でた。
「気にすることないわ。あなたがいなかったら、私は一人で生きられなかったもの」
「あぅーん、教祖さまぁ!」
サフランはガバッと起き上がると、ヒナギクを胸に抱いてベッドの上を転がり始めた。
「や、やめなさい、サフラン! 猫の私でも流石に酔うから!」
「教祖さま可愛い、もふもふ、かりかり……」
「耳を噛むのはやめ……やっ……あぁんっ」
ヒナギクを抱えたままサフランがベッドから落ちる。
サフランは息を荒くしながら、なんとかベッドに這い上がってきた。
「私を教祖さまとして崇めてくれるのはいいけど……ホント、この子ってば……」
「だ、大丈夫だった?」
「これくらい慣れっこよ……」
実際のところ、二人はとても仲が良さそうだ。
私もプラムとローズマリーとは一心同体のつもりでいる。
ヒナギクとサフランもそれくらいお互いを大事に思っているのだろう。
「さて……サフランが私を信奉してくれたおかげで、アサシン教団はにゃんにゃんアサシン教団として復活し、信者も続々と集まってきたわ。そうして、私はついにかねてからの目的を達するために動き始めたわ。こんなにも早く、犬姫であるあなたを捕まえられるとは思っていなかったけどね」
空気が急に張り詰めるのを私は感じた。
ヒナギクとサフランの二人が妙に憎めない雰囲気をしていたので気が抜けていたけど、私は毒を注射されて連れ去られたのである。にゃんにゃんとはいえアサシン教団を名乗っているくらいだ。ヒナギクが何を考えているのか分かったものではない。
「私を監禁してどうするつもりなのっ!」
「どうする? 決まっているわ!」
ヒナギクは犬歯を剥き出しにしながら言い放った。
「あなただけ人気者にしないために閉じ込めておくのよッ!!」
彼女の言葉が大理石作りの寝室に響き渡る。
鉄柵のはめられた窓からすきま風が吹き込んできた。
……えっ?
何も分かっていなさそうなサフランが一人で拍手している。
私はきょとんとした顔で目をパチパチさせるしかなかった。
「えっと、あの……どういうこと?」
「どうもこうも、そのまんまの意味よ! あなたが聖父母教会と本格的に接触したら、間違いなく犬姫さまとしてちやほやされるに決まってるじゃない! そんなの……そんなの……うらやましすぎるわ!」
「そんなしょうもない理由で私を連れ去ったのーっ!?」
「私はいたって真剣よ!」
「真剣なら、なおさらたちが悪い!」
せっかく同じ境遇の人と会えたのに、まさかこんな事態になるなんて……。
説得するか、脱出するか、助けてもらうための救難信号でも出すか。
連れ去られた理由が下らなさすぎて、むしろ反逆の心が無尽蔵に湧いてきた。
それにプラムとローズマリーがこてんぱんにやられたままで黙っているはずもない。
あの二人は助けに来てくれる……それを私は確信している。
さて、こうなるとヒナギクと仲良くなっておいた方が得だろう。ヒナギクもサフランも根が悪人ってわけじゃないから、私に逃げる意思がないと分かったら首輪を外してもらえるかもしれないし、もしかしたら説得のチャンスを得られるかもしれない。
「はぁ……分かったよ」
私は諦めた振りをしてため息をついた。
「しばらく大人しくしておくから……」
「ふふふ、物わかりの良い子は好きよ。サフラン、例のものを持ってきなさい」
「例のものってなんスか?」
「いつも食べてるやつよ! 戸棚に入れてあるでしょ!」
「あー、それならそうと早く言ってほしいッスよ」
ヒナギクに言われて、サフランが戸棚から例のものを取ってくる。
それは果物が山盛りになっている木皿だった。木イチゴにブルーベリーにさくらんぼ……小さな果物はみずみずしく、宝石のようにキラキラと輝いている。甘い香りを嗅いでいるだけでもう幸せな気持ちになってきた。
「裏山で無限に採れるんで、好きなだけ食べていいッスよ」
サフランはそう言いながら、すでにパクパクと食べ始めている。
とりあえず、毒とかは入っていないようだ。
試しに木イチゴを一粒食べてみると、濃縮された甘酸っぱさ口いっぱいに広がった。
あふれる! 幸せオーラがあふれる!
「これ、タルトにのっけたら絶対に美味しい……」
「それは間違いないわね」
ヒナギクが得意げな顔をして小粒の果物をほおばる。
彼女の口元はフルーツの果汁であっという間に赤くなった。
「最近は裏山で採れた果物をジャムにして売っているの」
「それも絶対に美味しい!」
「近くの宿場ではバカ売れで、ぶっちゃけ一番の収入源になってるわ」
「収入源、随分と平和だね……」
「私たちが暗殺をやってると思ってた?」
ヒナギクの問いに対して、私はぶんぶんと首を横に振る。
私の答えに満足したのか、彼女はにんまりと笑顔になった。
「うちの周りは果物にも獣肉にも困らないし、小一時間で宿場にも行けるし、生活する分には全く困らないわ。やっぱり安定した生活が一番! 私たち三人、ここでのんびりと暮らしていきましょう?」
「うん!」
うん、じゃなくて!
危ない危ない……本気で乗り気になっちゃうところだった。
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