第6話 不仲コンビの出陣

 村を助けてほしいと言ってきた農夫のおじさんに叩き起こされてて、べろんべろんに酔っ払ったプラムとローズマリーは近くの宿屋へ担ぎ込まれた。すかんぴんの私たちに代わって、おじさんは宿代まで払ってくれた。


 翌日、私たちは改めておじさんの話を聞いた。

 この宿場から歩いて半日の距離にある村から、農夫のおじさんことフランクさんはやってきたらしい。


 というのも、フランクさんの村が1週間ほど前からモンスターに襲われるようになって、腕の立つ人を探しにサウスウェッジまで行っていたとのことだ。しかし、サウスウェッジでは強そうな人が見つからなかったり、頼みを聞く振りをして酒代をたかられてしまったりと散々な目に遭い、仕方なく馬車で村へ帰ることにしたのだとか。そうして、馬車の中でプラムとローズマリーの戦い振りを目にして頼み込んできたわけである。


 私たちは話し合って、フランクさんの頼みを聞くことにした。

 お礼を弾んでくれると言うし、村では自由に飲み食いしていいという話なので、お財布がすっからかんになっている私たちにはうってつけの依頼だ。

 ローズマリーは「あまり犬姫さまを危険なことに巻き込みたくないですが……」と心配してくれたけど、私は「た す け よ う」とアルファベット表を使って訴えた。

 吠えることしかできない私が言えた義理ではないと思うけど、私が人の体に戻るのを優先するあまり、困っている人を見捨ててしまうのは心苦しい。

 最後はローズマリーも納得して、フランクさんの依頼を受けてくれた。


 ×


 そうと決まると、私たちはフランクさんの村に向けて出立した。

 道のりは馬車を使えない厳しい上り坂で、私たちはつづら折りの坂をえっちらおっちらと登っていった。

 道中では谷間に駆けられた吊り橋を渡ったりもした。一歩踏み出すだけでギシギシと音を立てる吊り橋を渡るのは、はっきり言ってモンスターに襲われるよりもスリリングだった。村に来るだけでこれだけ大変となると、助けるのに気乗りしない人たちがいたのも分かる。


 山の向こうに日が沈みかけた頃、私たちはようやくフランクさんの村に到着した。

 山間にあるひっそりとした農村で、家屋は30戸くらいなので人口は200人弱ほど。山の斜面には段々畑が作られていて、自給自足の生活をしていると分かる。林業も盛んなようで、切り出された丸太が村の中心にうずたかく積まれていた。

 そんな一見すると長閑な風景であるが、倒壊している建物があったり、荒らされている畑があったり、さらには真新しいお墓が建てられたりしていて、この村がモンスターに襲われていることは端々から想像できる。村の周りには丸太の柵が建設中だった。


 私たちは村人たちに注目される中、村の中で一番大きな村長さんの家へ招かれた。

 家の広間にはボーリングでもやれそうな大きさのテーブルが置かれていて、その周りには村の顔役らしき年配の男たちが暗い顔をして集まっている。いかにも「こんな女の子2人に任せちゃって大丈夫?」という顔だ。


 プラムとローズマリーが村長さんの真向かいの席に腰掛ける。

 私はとりあえずプラムの膝の上にのっかった。


「それで……その……このお嬢ちゃんたちが助っ人?」


 村長さんがフランクさんに不安げに問いかける。

 フランクさんは何度もうなずいた。


「この二人は馬車を襲った10匹のリザードマンを無傷で返り討ちにしました。そこら辺の武芸者気取りよりもよっぽど腕が立ちますよ」


 顔役の男たちが「おおーっ!」と声を上げる。

 彼らからしてもプラムとローズマリーの強さは驚きに値するらしい。

 村長さんも信用してくれたようで、大きくうなずいてくれた。


「お二人にはうちの若い衆に加勢して、オークの群れを倒していただきたい」


 村長さんが説明してくれることには、別の山からやってきたオスのオークの群れが村の近くに住み着いてしまったらしい。

 オークは1匹のオスがハーレムを作る習性があるらしく、ハーレムの主争いに負けたオスのオークたちが集団で移り住んできたのだろうという話だ。オスのオークはそれはもう凶暴で、この村を守ってくれていた用心棒は大怪我を負わされ、宿場にある治療院に送られてしまったのだとか。

 若い衆たちが罠に掛けたり、狩猟用の弓矢で戦ったりして何匹か倒して、残りのオークは10匹くらい。先日のリザードマンと同じ数であるものの、オークは大きくなると体長2メートル、体重200キロを超えるらしいので、かなりの強敵なのは間違いない。


 それからもオークの住処や村人たちの戦力、当日の流れなどについてプラムとローズマリーは顔役たちと話し合った。

 あらかた話し終えたあと、村長さんが不意に聞いてきた。


「して……そちらの子犬は? まさか狩猟犬の子供とか?」

「いんや、愛玩用です」


 プラムが膝に載っている私の体をなでなでする。

 あ、愛玩用って……。

 私の嗅覚、そんなに頼りない?

 そのときはがっくり落ち込んだものの、プラムの意図はすぐに分かった。

 顔役たちとの打ち合わせと夕食を終えて、水浴びをして綺麗さっぱりしたあと、私たちは村長さん家の空き部屋に通された。オークを倒すまでの間、ここで寝泊まりしていいらしい。ちょっとした秘密基地みたいな気分だ。


「流石に今回はコムギを連れて行けない。無理。守り切れない」


 下着姿のプラムがどーんとベッドに腰掛けて言った。

 堂々と腕組みしている姿はさながら頑固親父である。

 こうも力強く断言されると、私は呆然と彼女を見上げるしかなかった。


「まあ、しゃーねーですね」


 ローズマリーもプラムの意見にうんうんとうなずいている。


「正直な話、オーク10匹は洒落になってねーですからね。それに村では何匹か狩猟犬を飼ってるって話ですし、無理して犬姫さまに頑張ってもらう必要はねーわけです」


 なるほど。

 この村に来たとき、牛や豚といった家畜ではない動物のにおいを感じた。

 おそらく、それが狩猟犬のにおいだったのだろう。

 私は肉球で「わ か っ た」とアルファベット表を指さした。


「ささ、明日から忙しいので今日はさっさと寝るです」


 ローズマリーが私を抱きかかえて、プラムの腰掛けているベッドに上がる。

 この部屋にはベッドが一つしかないから、3人で川の字になって寝るしかない。

 プラムがすかさず私の体に手を伸ばしてきた。


「おい、何してる。こいつは私のゆたんぽ係だぞ?」

「は? 村長さんと話してるときも、体を洗ってあげるときも、ずっと独占してやがったじゃねーですか! 寝るときくらい私に抱かせろですよ! ていうか、犬姫さまの面倒を見るのは聖職者である私の役目だって何度言ったら分かるんですか、このバカ!」

「やるか、全身タイツの変態女!!」

「これは聖父母教会の公式ユニフォームです!!」


 プラムとローズマリーがベッドの上でとっくみあいの喧嘩を始める。

 この二人にオーク退治の指揮を任せたりして大丈夫なのかな?

 こっそりベッドの下に潜り込み、私は一足先に眠ることにした。


 ×


 明後日のオーク退治に向けて、翌日は村中が大忙しになった。

 地図でオークの住処の場所を確認したり、武器と防具の手入れをしたり、村中のホロストーンをかき集めたり、村の若者たちの班分けをしたり……とやることはたくさんある。緊張感には違いがあるけど、文化祭や運動会の前日みたいな慌ただしさだ。

 村の若者たちの中には「女の力を借りるなんて……」という顔をしているものもわずかにいたものの、プラムが木刀で軽くあしらったり、ローズマリーの瘴気術(ミアズマクラフト)の腕前を見ると素直に協力してくれた。


 こうなると暇になるのが私である。

 村の子供たちの相手をするくらいしかやることがない。

 最初は追いかけっこをしたり、体をモフられたりしていたけれど、子供たちは飽きるのも早くてすぐに近寄らなくなってしまった。

 なるほど、私を本気で構ってくれるのはあの二人だけなんだな……。

 そんなことを考えながら、段々畑を眺めているときだった。


『……貴様、ただの犬ではないな?』


 背後から何者かが話しかけてきた。

 慌てて振り返った瞬間、私は度肝を抜かれてしまう。

 声をかけてきたのは、この村で飼われている狩猟犬だった。

 柴犬の子供である私の二回りくらいは大きい。

 顔立ちは凜々しいの一言で、灰色の毛並みは狼を彷彿とさせる。


『い、犬がしゃべった!?』


 森の中で野犬に会ったり、サウスウェッジで野良犬に会ったりしたものの、どいつもこいつも縄張りを荒らされたと思って威嚇してきたり、私のお尻のにおいを嗅ごうとしたりと全然話にならなかった。


『これでも狼神さまの血を引いている狼犬なのでね……そこらの野良犬と一緒にしてもらっては困る。貴様は犬の体をしているものの、中身は犬ではないように見えるが……もしや、伝説として知られる犬姫か?』

『そうですっ! 別世界の人間で稲葉小麦(いなば こむぎ)と言います。人の体に戻りたいのですが、何かご存じだったりしませんかっ?』

『おっとすまない……俺が知っているのは人と会話する方法だけだ』

『人と会話って! それめっちゃ便利じゃないですか!』


 アルファベット表では正確な意図を伝えられないし、場所も限定されて時間も掛かる。

 自分の口で会話ができるなら、なんと便利なことだろうか。

 私の目の輝きっぷりを見て、こんなに喜んでもらえると思わなかったのか、凜々しい狼犬がちょっとびっくりしていた。


『……で、では教えよう。この村から北へ3つ山を越えた先に『グレイウルフの森』という場所に『賢き灰色狼』と呼ばれる狼神さまが暮らしている。狼神さまは人間と会話する術を身につけており、気に入ったものにはその術を与えてくれるという話だ』

『狼の神さま……』


 黙れ小僧! って怒鳴られたりしないかな?

 そんな妄想はともかく、この村の北なら目的地へのルート上だ。

 立ち寄ってみる価値は十分にある。


『ありがとうございます! 二人に相談して行ってみますね。ちなみに狼犬さんは人間と話せたりするんですか?』

『いや、俺はグレイウルフの森で生まれたあと人間の里に迷い込み、そのまま狩猟犬になるために育てられたからな。その気になれば故郷へ帰ることは訳ないが、俺はここでの生活が気に入ってるんでね……』


 狼犬が私に背を向けて去って行こうとする。


『俺の名はステラ。明日は俺も出る』

『頑張ってください、ステラさん!』


 私は彼の堂々とした後ろ姿を見送る。

 見送った直後、ステラさんは仰向けになって村の子供にお腹を撫でられていた。

 ともあれ、そんな感じでオーク退治の準備は順調に進んだ。


 そうして迎えた当日。

 討伐隊は日の出と同時に出発することになり、私は村の若者たちと行くプラムとローズマリーを村人たちと一緒に見送った。

 しかし、予想外のことが起こった。

 日没が過ぎてもプラムとローズマリーが戻ってこなかったのである。

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