第3話 骨付き牛ステーキ5枚盛り
私と女剣士プラムの旅は順調に続いた。
柴犬の体に転生した私が動物とモンスターのにおいをかぎ分けて、動物だったらプラムが弓矢で狩りをする。少数のモンスターだったら返り討ちにして、モンスターの数が多かったら逃げたりやり過ごしたりする。私たちはそうやって、食べ物と虹色に光る石を着々と稼いでいったのである。
私はたまに野ウサギを追いかけるくらいで、あとはほとんど吠えているだけだったけど、獲物を捕れたりモンスターを倒せたりすると「私、自分の役目をこなせてる!」と今までにない達成感を覚えることができた。
思えば今までの人生を振り返ってみても……まあ、ごく普通の中学生をしていたから当然なのだけど、こんなに生きるために誰かと団結したことはなかった。部活だってこんなには頑張らなかった。一生懸命になるのってこんなに気持ちいいんだ、と素直に思えた。
ちなみに犬らしく振る舞ってプラムの好感度を稼ぐのも忘れない。嬉しいときは尻尾を振りまくって、恥を捨てて彼女の手や顔をぺろぺろする。まさか、同性とはいえ他人の体を舐めることになるとは予想だにしなかった。
森を抜けたあと、私たちは街道に出た。
街道に出たところで、私は初めてプラム以外の人間と出会った。
出会ったのは布の束を馬車で運んでいる行商人で、プラムは「護衛をする代わりに馬車へ乗せてくれ。私は腕が立つし、このわんこは鼻が利くぞ」と交渉を持ちかけた。行商人は私を見て「この犬は頼りなさそうだなぁ……」という顔をしたものの、この街道にはたまに盗賊が出るらしく、最後は私たちを雇ってくれた。
馬車に揺られている間、プラムと行商人の世間話を聞いたことで、この世界の情報が私の耳に少しずつ入ってきた。
私たちのいる場所は『フォースランド王国』という国であるらしい。
行商人が「モンスターさえ出なければ平和なのになぁ……」と言っていたので、大きな戦争が起こったりしているわけではないらしい。異世界で戦争に巻き込まれるなんて、そんな嫌な死に方はないので本当に助かった。
それから、行商人が向かっているのは『サウスウェッジ』という名前の街らしく、このまま馬車に揺られていたら半日で到着するとか。民家や農場はいくつか見かけたものの、まともな街は今のところ見ていないので否が応でも期待が高まる。
日没間際、私たちはサウスウェッジへ到着した。
×
サウスウェッジに足を踏み入れた瞬間、私は人の流れの活発さに度肝を抜かれた。
馬車が何台も行き交えるような広い街道を往来する人、人、人!
肌の色は白い人もいれば褐色の人もいて、髪の毛の色に至ってはピンクやら緑色やらとバリエーション豊かだ。中には耳のピンとしたエルフっぽい人もいる。どうやら『丸耳の人間』と『とんがり耳のエルフ』がこの世界のメジャー人種のようだ。動物の顔をした獣人とか、角が生えている悪魔や鬼っぽい人は今のところ見当たらない。
広々とした街道を挟んで、これまた数え切れないような商店が建ち並んでいる。店先には林檎やオレンジや葡萄といった私にもなじみ深い果物が売られていたり、宝石や金細工で彩られたきらびやかな武具が並べられたりしていた。蛇やトカゲの丸焼きを売っている店もあり、自分が別世界へやってきたという感じがたまらない。
人々と商人たちのやりとりは積極的で、豪快に金貨を差し出している人もいれば、ほとんど喧嘩にしか見えない勢いで値切っている人もいる。そういえば、プラムはちゃんとお金を持っているのだろうか?
私たちは街の真ん中で行商人と別れた。
行商人はこれから商人ギルドへ向かうらしい。
「盗賊が襲ってきてくれたらよかったのになー」
馬車が遠ざかっていくのを見送りながらプラムが呟いた。
「大活躍して給料上乗せしてもらったのにさ」
したたかにもほどがある。
でも、これくらいしないと一人旅なんて続けていられないのだろう。
それはそれとして、私たちが降り立ったのは3階建ての立派な建物の前だった。
真っ白な石材で建てられたそれはギリシャの神殿のようにも見える。建物の正面玄関はプレートアーマーを着込んだ衛兵が見張っていて、森の中を歩き回って小汚くなっていた私たちのこともしっかり監視していた。
正面玄関の脇には看板が飾られていて、この世界の言葉で『フォースランド王立銀行サウスウェッジ支店』と文字が彫られている。どうやら、私は転生するにあたってこの世界の文字や言葉を習得していたらしい。これは何気に大きなアドバンテージだ。
「わんこ、行くぞ」
私はプラムに連れられて銀行に足を踏み入れる。
銀行の中は待合室と受付がテーブルで区切られていて、10カ所ある受付には何人かの客が並んで金銭のやりとりをしていた。お金を預けたり引き出したりするのは、この世界の銀行も特に変わらないらしい。
プラムは受付に並ぶと腰の革袋をテーブルに置いた。
「これ、換金ね」
「あいあーい」
受付のお姉さん(エルフ顔)がパンパンのなった革袋を逆さまにして、中に詰まっていた虹色の石をテーブルの上に広げる。それから虫眼鏡で色つやを観察したり、天秤にのせて重さを量ったりした。
この世界のモンスターは瘴気(ミアズマ)という濁った空気から生まれて、そのときに虹色の石『ホロストーン』を核として生み出す。
ホロストーンはプラムが使ったような瘴気術(ミアズマクラフト)という……いわゆる魔法のエネルギー源にできるため、プラムはモンスターを倒してはホロストーンを頑張って集めていたというわけらしい。
鑑定が終わったようで、受付のお姉さんが10枚ほどの銀貨を差し出した。
「こんなもんですね」
「今日のレート低くないか?」
「ほとんどゴブリンの石じゃあ、こんなもんですよ」
「バレたか……」
そんなことを言いつつも、プラムはあまり悔しそうに見えない。
受付のお姉さんの鑑定は正確らしく、別に騙すつもりもなかったのだろう。
10枚ほどの銀貨を受け取って、プラムと私は銀行をあとにする。
プラムはそれから飲食店の集まっている路地へ向かった。
路地には焼きたてのパンのにおいや、肉や魚を焼くにおいが漂っている。おみそしるや醤油のにおいがしないのはちょっと寂しいものの、食欲を刺激されて自然とよだれが出てきた。といっても、犬の体である私にとっては生肉が一番のご馳走なんだけど……。
プラムは『牛の角亭』という店を選んだ。
ドアに吊されているベルがからんからんと音を立てる。
店の中はいくつもあるテーブル席が満員になっていた。どうやら飲食店街の中でも繁盛しているらしい。客層は武器を携えた旅人が大半で、男も女も大声で馬鹿騒ぎしながら、食事を取りつつ木製のジョッキでワインを飲みまくっていた。
1階の酒場には掲示板が設置されていて、仕事や仲間を募集する張り紙が貼られている。店の二階は宿屋になっているようで、まさにファンタジーRPGに出てくる冒険者ギルドの雰囲気だ。腕に自信のある旅人たちが集まってくるのもうなずけた。
プラムがカウンター席に着いて、私の体を膝の上に抱き上げる。
それから、革袋から銀貨1枚を差し出した。
「女将さん、女一人と犬一匹。美味いもんと部屋ある?」
「そりゃあ、あるさ。犬は外でいい?」
外!?
私はまじまじとランプの魔神のような体型をした女将さんを見る。
これまで野宿してきたけど、犬だからって外はないでしょ!?
全力で首を横に振ってみると、
「見ての通りのちびすけだから、部屋の中で寝かせてやりたいんだけど……」
プラムが気を利かして女将さんに提案してくれた。
「仕方ないねえ……粗相したら罰金だよ?」
女将さんはやんわりとした笑みを浮かべ、銀貨を受け取ると調理場に戻っていった。
こちとら中身は女子中学せいなので粗相なんていたしません!
ちなみに銀貨1枚に対して、女将さんはおつりの銅貨をじゃらじゃらと渡してきた。通貨のレートはいまいち分からないものの、贅沢しなければ残りの銀貨9枚でもしばらく暮らしていけそうである。
女将さんはしばらくすると、大盛りの料理を持って戻ってきた。
「はいはいっ! 牛の角亭名物、骨付き牛ステーキ5枚盛りだよっ!」
ステーキが山盛りになった皿がカウンターテーブルにどかんと置かれる。
骨付きの名の通りにT字に叩っ切られた骨がついたままのワイルドな一品で、じっくり炙られた表面からは肉汁があふれ出していた。それでいて肉の中心はレアな部分が残っていて、その鮮やかな赤身から肉の新鮮さが一目で分かる。
プラムはナイフとフォークを手に取り、丁寧な手つきでステーキをカットし始めた。意外にもテーブルマナーをしっかり守るタイプらしい。ステーキを一枚ずつ口へ運ぶ所作も、荒くれ冒険者たちの中ではなおさら上品に見えた。
「うまっ!!」
プラムの目がきらりと光る。
彼女は1分かからず、1枚目のステーキを食べ終えてしまった。
「噛むと際限なく肉汁があふれてきて、口の中があっという間にいっぱいになっちまう。それにびっくりしてつい飲み込んじゃったわけだが、肉が軟らかいからするすると喉を通っていっちゃうんだなこれが……美味すぎるよ、女将さん」
「あらら、嬉しいこと言ってくれるね」
「今度は簡単に飲み込まないよう慎重に噛んでみる。そうすると肉にしっかり刷り込まれた塩と香辛料が利いていて、肉の持っている旨みと甘みが引き出してると分かるわけだな。おかげさまで食欲は倍増。いくらでも食べられて……はい、もう2枚目を食べ終えた!」
「もう、本当に褒め上手だねえ」
飯テロ!!
プラムの食レポが上手すぎて、さっきからよだれが止まらないんですが!?
しかし、私自身は骨付きステーキがおいしそうに思えても、犬の体で塩コショウが振りまかれた肉を食べるわけにはいかない。人間用の味付けのものを食べ続けたりしたら、最悪の場合は死が待っている。
せっかく異世界で大冒険したのにステーキすら食べられないとか!!
あぁ、早く人間の体に戻りたい……戻れる方法があるなら……。
「はいよ、これもうち自慢の赤ワイン。肉によく合うよ!」
女将さんが木製のジョッキを叩きつけるようにテーブルへ置いた。
中には濃い色の赤ワインがなみなみと注がれている。
プラムは未成年に見えるけど、お酒を禁止する法律はないらしい。
「それから、わんちゃんには肉の切り落としとサラダね」
女将さんが肉と野菜を盛った皿を床に置いてくれる。
ここ最近は臭みのある獣肉とリアル道草しか食べていなかったので、私は夢中になって牛肉の切り落としと新鮮な生野菜にかじりついた。
牛肉らしい濃厚な赤身と脂の甘みを堪能し、口の中が脂っこくなってきたと思ったら、キャベツやキュウリといった生野菜で口の中をさっぱりさせる。たとえ調味料がなくても素材そのもので十分に美味しい。
そうやって私が食事を堪能しているときである。
プラムがワインを一気に飲み干して、木製のジョッキをテーブルに叩きつけた。
「ぷはーっ! 女将さん、もう一杯ね!」
飲むのが早すぎる。
プラムの顔はワイン一気飲みで一瞬にして真っ赤になっていた。
というか、顔だけじゃなくて腕まで赤くなっている。
この人、もしかしてお酒にめちゃくちゃ弱いのでは?
そう気づいても私にプラムを止める方法はなく、彼女はそれからぶっ倒れるまで赤ワインを飲み続けたのだった。
×
翌日、私たちは日が高くのぼった頃にようやく目を覚ました。
べろんべろんに酔っ払ったプラムは他の宿泊客によってベッドに放り込まれ、私は酒臭い彼女を避けるように部屋の片隅で丸くなって寝ていた。せっかく宿屋に泊まれるんだから、ふかふかのベッドで眠りたかったのに!
「んぁーっ……よく寝た!」
下着姿のプラムがベッドから起き上がる。
骨付きステーキを山ほど平らげ、赤ワインをバケツほど飲んだというのに、彼女はすっきりした顔をしていた。お酒に弱くても二日酔いにはならないのだろう。実にはた迷惑なタイプのお酒飲みだ。
プラムはベッドを降りるといきなり私の体を抱き上げた。
「わんこ……お前、臭いな?」
「わふっ!?」
く、く、く……臭いっ!?
そんなダイレクトな暴言、生まれてこの方言われたことない。
「1週間くらい森の中をさまよってたんだもんな。汗を流してさっぱりするか」
そうか、私って今臭いのか……。
ぐったりしている私を抱えて、プラムは牛の角亭の裏手にある水浴び場に行った。
水浴び場は井戸をついたてで囲っただけの簡易的な設備で、女性の宿泊客たちが井戸水で汗を流したり洗濯したりしていた。いわゆる銭湯のような扱いなのか、みんな裸になっているけど気にする素振りはない。
プラムは私をたらいに入れると上から井戸水をぶっかけて、石鹸を泡立てて全身を丸洗いしてくれた。犬の体では体毛を舐めるくらいしかできないので非常にありがたい。体を洗ってもらったあとは、石けん水に浸けた服を足でふみふみして洗濯を手伝った。
水浴びを洗濯物を終えたあと、私たちは酒場でブランチを頂くことにした。
プラムが食べたのは女将さん特性の手作りソーセージのホットドッグだ。
焼きたてのパンからはみ出した太いソーセージがなんとも食欲をそそる。
まあ、私は犬用のミルク麦粥でしたけどね……。
私たちは2階の部屋に一旦戻り、荷物をまとめて1階へ戻ってきた。
「さてと……今日はどうしたもんかな」
プラムが椅子に腰掛けて、しばし思案する。
今日は別のものを食べたいのか、もっと安い宿を探すつもりなのか、もう次の街を目指して出発するつもりなのか……。
そのときである。
「そ、そこの子犬!」
開けっ放しの窓を乗り越えて、聖職者らしい女の子が酒場に入ってきた。
彼女はこちらへ駆け寄ってくるなり、いきなり私の体を抱き上げた。
「おい、お前! 私のわんこに何して――」
プラムが注意をしても完全に無視。
聖職者の女の子は紛れもなく私に向けて問いかけてきた。
「あなた、もしかして犬姫さまじゃねーですかっ!?」
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