第04話 α世界

 な、なんとか終わりました……。


 アドバイスすること八人。それぞれの能力やこれまでの経験を踏まえてスキル選びに道具選び、立地条件を精査し、ダンジョンの方向性を決める。


 なかなかどうしてダンジョンとは奥が深い。ハマると驚くくらい堅牢になり、ちょっとでもズレると死あるのみ。選択でまるっきり違う方向にいってしまいます。


 ……まあ、それは人生でも同じなんですがね……。


 ため息一つ吐き、周りを見回します。


 誰もいなくなった謎の場所。わたしを残し、方々がα世界へと旅立っていきました。


「なんにでも最後はありますが、やはりあなたが最後まで残りましたか」


 目の前にはいませんでした。周りにもいませんでした。ですが、イギリス紳士の男性が直ぐそこにいました。


 びっくりはしましたが、謎が謎を呼ぶ謎空間。もう謎なんだからとあっさり流せる自分は結構豪胆なんでしょうね。自分では臆病だと思っていたのですが。


「フフ。豪胆も臆病も紙一重。そんなあなただからこそ最後まで残ったのでしょう。永い間ここにいますが、あなたのような方は初めてですよ。アドバイスしながら情報を集め、考える限りのシミュレーションをして、それでも心が揺れない。正直、恐ろしくもあります」


「わたしは、至って普通の人間ですよ」


「異常な世界で普通でいられる人間をわたしは普通とは認めませんよ」


 謎のイギリス紳士からの変人認定。ちょっと傷つきますね……。


「まあ、そんな方をα世界に送れるのですから良しとしましょう」


 なにやらイレギュラーな存在になっているようですが、迷惑な話です。わたしは、わたしのために生きる利己的な存在です。そんな者、どこにでもいるでしょうに変な扱いにしないでください……。


「時間に制限はありません。ゆっくり考えて、納得して旅立ってください」


 では、遠慮なくそうさせてもらいます。が、だいたいは決まってますがね。


 まずは、手のひらの創造。一日三回にして90ポイントにしてこれを左右で取ります。


 これはわたしの武器であり、これからの人生──いや、ダンジョンマスターとして快適に送るためのライフライン(いろんな意味での、ね)。なにを置いても取らなくてはなりません。


 まあ、そうなるのはもっと先でしょうが、今この場で取らないとならないもの。なんたって、α世界でこれを取得しようとすると、700ポイントになってしまうばかりか創造は一日五回になってしまう。


 なぜだと調べていくと、あの謎のイギリス紳士が言ったようにボーナスだから。ここでだからこそ、少ないポイントで取得できるようなのです。


 これを知っているか知っていないかではさらに差が出てくる。が、選択肢が増えるのもまた事実。自由すぎるのも考えものです……。


 気を取り直して次は武器です。


 α世界は危険な世界。人がいて獣がいてモンスターがいる。剣あり魔法ありの世界。軽く想像しただけで胃が痛くなります。


 なんの格闘経験もなく平和な国で育ったわたしには剣など持っても怪我をするだけです。が、そんなわたしにも得意……とまでは言えませんが射的は結構できるのですよ。


 まあ、実弾射撃は旅行先で六回ばかりの素人ですが、的に当てることは出来ました。インストラクターからセンスがあるとも言われました。はい、自慢ですがなにか?


 幸運にも近所に模型店があり、そこで遊戯用の銃を射てる施設があり、ちょくちょく通ってました。遊戯用とは言え、侮るなかれ。いろんな的があり、練習しなければ当てられないのです。


 とまあ、趣味全開ですが、慣れぬ剣より慣れた銃。慣れた方が生き残りやすいでしょう。


 ですが、選ぶのは本物の銃ではなく魔法銃。アンチマテリアルライフル、アサルトライフル、サブマシンガン、ハンドガン、ロケットランチャー、グレネードランチャー、手榴弾、そして各種魔法弾。これらで500ポイントは使ってしまいましたが、500ポイントでこれだけの種類のものを選べたのだからラッキーなんでしょう。


 魔法銃を選んだのだから射撃スキルと肉体強化スキル、リロードスキル、ガンチェンジスキル、ガン収納スキル、魔法弾収納スキル、戦闘強化服、気配察知スキルなど、戦闘に必要なスキルや道具も取る。


 残り、217ポイント。耐熱スキル、対毒スキル、魔力消費軽減(中)スキル、魔力回復上昇(中)スキル、魔力回復薬、ポイントのアップ実、魔力アップの実、治癒力アップの実とそれを咲かせる上木鉢(土入り)×15。異空間ロッカー×25。


 それで残り108ポイント。本当なら残して置きたいところですが、手のひらの創造と同じくらい重要なもの。思い出すスキルと心のメモ帳スキル、そして絵心スキル。


 クッ。やはり、重要なスキルなだけあって結構取られましたね。ですが、後悔はありません。


 残すところ51ポイント。もちろん、ここまで来たら全て使います。


 日本酒、ビール、ワイン、ブランデー、シャンパンと、自分の好みを選んだ。わたし、お酒、好きなんです。飲む専門ですが。


 これで1000ポイントと使いきりました。


「ふぅ~。結構疲れましたね……」


 空腹や疲労は感じないのですが、精神的には疲れました。なにか冷たい飲み物が欲しいところです。


「……ビール飲みたい……うおっ!? ビール出た!!」


 手のひらに三五缶の缶ビールが現れた。なぜに?


「ここにいることもボーナスですからね」


 また、謎のイギリス紳士が目の前にいました。ほんと、神出鬼没ですね……。


「……ボーナス、なんですか……?」


「ええ。いきなりスキルを取得してもすぐには使いきれないでしょう。だから練習できるようにしてあるんですよ」


 それを早く言えよ! とは今さらですね。どうせタブレットに記されているんでしょうから。


「なぜ、それを教えてくれるんでしょうか?」


 懐疑的な目で謎のイギリス紳士を見る。


「他意はありませんよ。遅かれ早かれ貴方は気づくでしょうし、どうするか早く見たかっただけですので」


 どうするもこうするもまずは確認でしょう。


 ここにいるボーナスとはなんぞや? 他にどんなボーナスがあるんです? なになに……。


「……悪意しか感じませんね……」


「悪意ですか? 出血大サービスなんですが」


 確かに出血大サービスですよ。このことを知っていればね……。


 ここにいる限り、訓練し放題。スキル使い放題。レベルアップも可能。魔力は減らない。出したものは持っていける、等々。これを悪意じゃないのなら悪意なんてこの世には存在しませんよ。


 もうズル。反則。卑怯。鬼畜です。もちろん、わたしが、ねっ!


「フフ。ダンジョンマスターならそのくらいでないと生き残れませんよ。このことに気がつかれた方は何人もいますしね」


 でしょうね。わたしが気づくくらいなんですから……。


「……益々もって難易度が上がりました……」


 これだけ有利にスタートした者と戦う――どころか餌でしかありません。どうしろと言うのですか。これなら知らないほうがまだマシですよ……。


「……クッ。泣き言は後ですればいい。今は死なないための準備です」


 そんな前向きな性格じゃありませんが、往生際が悪い性格なんです。そう易々と死にたくはありません。


 スキルや道具を取得してからの変更は不可と言う情報は知りたくありませんでしたが、悩みに悩んだ自分の判断を信じましょう。


「増やせるものは増やす。鍛えられるものは鍛える。やれることは全てやれ、です」


 まずは魔法弾を作りからです。スキル使い放題ですからね。


 ──ぴろり~ん。レベルアップしました。魔力が50アップしました。


 魔法弾を百発ほど作った頃、頭の中に見知らぬ人の声が発せられた。


 タブレットで自分の魔力を見る。ハイ。150になってますね。凄いですね。じゃあ、続けますか。


 無心でやること……何時間だから何日だかはわかりませんが、レベル10を超えた頃からレベルが上がり難くなってきました。


「……魔力600、ですか。思ったより伸びませんでしたね……」


 修練でレベルアップできるとは言え、修練は修練。実戦に勝るレベルアップはありません、か。まあ、今はスキル、魔力使い放題に目を向けましょう。


 更にスキルアップの実、魔力アップの実、治癒力アップの実を増やし、食べるを繰り返す。


「……味がないのが辛い。味まで考えがいたりませんでした……」


 実のサイズはピーナッツくらいで、ビールで流し込めますが、さすが数十個食べると飽きてます。調味料、取って置くんでした。


「まあ、α世界にいってから食しますか」


 今は増やせるだけ増やせ、です。


 それから何日過ぎたかわからない頃、謎のイギリス紳士が目の前に現れました。


「随分と貯めましたね。このなにもない空間で続けられるその精神力に恐怖を感じますよ」


 死ぬか生きるかの瀬戸際。普通ではいられませんよ。とは言え、さすがに心が冷えて来ました。これ以上は無理っぽいです。


 作ったものを異次元ロッカーや魔法弾収納スキル、ガン収納スキルで詰めるだけ詰め込み、残りは一ヶ所に纏める。


「……そろそろ、いきます」


「そうですか。少し残念です。で、いく場所は決めたのですか?」


「ええ。決めてあります。ここの砂漠にします」


 サハラ砂漠のような場所で、その中心を選びました。


「ふふ。修業の場としてはよいかもしれませんね」


 その皮肉に肩を竦めて見せた。どうやらわたしの考えは見抜かれているようです。


「と言いますか、どうやっていくんです?」


 他の皆さんはすんなりいってましたが。


「いくと思えばいけますよ。そうだ。楽しませていただいたお礼に一つだけスキルを増やしてあげましょう。なにがよろしいですか?」


 それはまるで悪魔の誘惑のようだった。


「これに他意はありませんよ。ただ、楽しませたもらったお礼。わたしの気紛れです。いらないのならそれでも構いませんよ」


 本当に悪魔の誘惑ですね。だが、断れないのが人の弱さ。人である証拠。まだ人ならありがたくいただきましょう。


「……では、手のひらの創造の回──いや、手のひらの創造の設定を変えてください。触れたものではなく間接的にでも見たものなら創造できるように!」


「フフ。本当に貴方はおもしろい。いいでしょう。貴方が望む手のひらの創造にしましょう」


 ほっ。よかった。思いついた自分、グッジョブです。


「それでは、良いダンジョンマスターになることを祈ってます」


 ご期待に添えるかはわかりませんが、死なない努力はしますよ。


 深呼吸を一回。α世界へいけと念じた。

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