第03話 自分だけのダンジョン

「それで、貴女はどうしたいんです?」


 顔を上げたレオトニー嬢の目を見て訊ねます。


「……どうと言われても、わたしにはなにがなんだか……」


 まあ、あれで理解しろと言うほうが鬼畜ですが、ダンジョンマスターになることは絶対強制。嫌ならα世界の礎となれ、ですからね。


「ちゃんと現実を見てください。わたしたちはこれから戦場にいくのですから」


「せ、戦場?」


 理解できない顔をするレオトニー嬢。まずそこからですか……。


「あそこにいる元凶は、わたしたちに殺し合いを強制してるのです。わたしたちに拒否権はない。反抗する術もない。やらなければ死あるのみです」


 ふざけるなと、わたしだって叫びたいです。嫌だと拒否したいです。ですが、わたしたちに逃げ場なし。前にしか道はない。死にたくないのなら進むしかないじゃありませんか。


「あの元凶は言いました。生け贄にはしない。役目を果たす力を与えると。それはつまり、工夫次第ではわたしたちは生き残れると言うことです。なら、考えるまで。自分にできること。自分がなにができるか。自分の強みはなにか。自分の弱点はなにか。必ずあります。考えに考えて自分のダンジョンを造るんです」


 抽象的ですが、人の強みはそれぞれ違う。わたしに良いことがレオトニー嬢に良いとは限らない。正しいこてなんか言えませんよ。


「……わたしのダンジョン……」


 覚悟が決まったのか、それとも理解してきたのかはわかりませんが、先程よりはマシな顔になりました。これなら話が進められそうですね。


「レオトニー嬢の仕事はなんですか?」


「へ? 仕事ですか? え、えーと、美容師です。オイルを使って老廃物を出したり、体のマッサージをしたりしてました」


「美容師ですか。それはまたダンジョンマスターからほど遠いところにいますね」


 まあ、わたしもそんなに近い場所ではありませんでしたが、まだ戦いに応用できる仕事です。


 タブレットのようなものでスキル一覧を見る。


 貴重なスキルは一つしかないが、レベルが落ちると二つや三つと増え、1ポイント欄のものは∞マークがついている。


 しかし、なんでしょうね。一日二十粒の塩飴が出せるスキルや空中に文字を書けるスキルなんてなんの役に立つんです? まあ、生きるために塩は必要ですし、なにもないところに書けるのは面白いとは思いますけど……。


 ん? 肌を潤すことが出来るスキル? 毛を抜けるスキル? なんの役に立つんだ、それ? 意味がわかりません。 


「……いや待てくださいよ。なにも戦うばかりが生き残る方法ではありませんでしたね……」


 スキル一覧を食い入るように見詰める。


「そうか。そう言う手もありますね。盲点でした」


 そうです。生き残る方法は一つではない。長所短所は紙一重。逆もまたしかり、です。


「……ハシバシさん……?」


「特化型ダンジョンにしましょう」


 適切な言葉が浮かびませんのでそう呼ばせていただきます。


「は? と、特化型、ですか……?」


「そうです。レオトニー嬢にしか造れないダンジョンです」


「そ、それはいったい……」


「まず、レオトニー嬢がわかりやすいようにダンジョンを美容院と変えてみましょう」


 ダンジョンと言うからわかり難いんです。視点を変えて会社と見れば敵は客だ。殺すのではなく撃退にすればよろしい。撃退でもポイントは入りますからね。


「これは一例ですが、スキル一覧に回復の水と言うものがあります。これは一日五回、1リットルの回復の水を出せるものです。これを回復のお湯に変えて、ポイントで強化します。ダンジョン拡張能力で広い風呂を造る。それを武器にするんです」


「…………」


 どうやら理解できないようで、キョトンとしていた。


「レオトニー嬢。ちゃんと理解して聞いてください。貴女の将来に関わることなんですよ」


「──すみません! でも、よくわからなくて……」


 頭が悪いと言うことではないんでしょうが、わかる努力はして欲しいものです。完全に拒絶ですよね、それ。


「簡単に言います。ダンジョンはお店。敵は客。客を喜ばせて帰らせる。それを目的としたものを造るのです」


「……お店って、それでいいんでしょうか? なにか違うような気がするんですが……」


 ある意味、現実主義者なんでしょうね。ただ、現実を受け入れられないだけで。


「正しかろうが間違っていようが関係ありません。貴女にわかるように言ってるのですから。なんならダンジョンで進めましょうか? わたしとしてはそちらの方が説明しやすいんです」


 わたしはフェニミストでもなければ女性至上主義者でもありません。どちらかと言えば男女平等派です。だから女性だからと言って遠慮はしません。情けもかけません。


「す、すみません! わかるようにお願いします!」


「では、話を続けます。回復の湯とは言いましたが、別に回復の湯に拘る必要はありません。美容の湯でも若返りの湯でもいいんです。貴女のところに来たいと、その会社を壊したくないと思わせるんです。もちろん、それだけでは客は飽きます。だから湯を幾つか造り、なにか美容に関する道具を用意し、それを取らせるのです。だから、会社はそう複雑にすることはありません。必要最低限の大きさにしたら防衛にポイントを振る。そうやって自分の居場所を造っていきなさい」


 α世界に行けば、毎日100ポイントとレベル1の迷宮獣が一体もらえ、魔力を全部消費しても八時間で回復する。


 他にもセーフティールーム(十二畳くらい)で暮らせたり、訓練施設を利用できたりもする。なにより一年の準備期間がもらえます。


 これなら万全、とはいかないまでも最低限抵抗出来る力を養えるでしょう。


「あとは、あえて人の町に近いところを選ぶといいでしょう。遠くては人は来ませんし、離れていては野生の獣が入って来ますからね」


 α世界はファンタジーな世界のようで、空想上の化け物がゴロゴロしています。ドラコンとか襲って来たら軽く死にます。ポイント100000で取得出来るとか大爆笑ですよ。


「それらを踏まえて自分でスキルや道具を選んでみなさい。あと、用心のためにポイントは100は残しておきなさい。わたしの勘ですが、使い切ったらダメなような気がします。あ、食糧も忘れないこと。毎日100ポイントがもらえるとは言え、栄養があるものを三食食べようとしたらポイント30は使いますからね」


 出来ることなら自炊がよいでしょう。最初は道具を用意しなければいけませんが、長い目で見れば自炊が節約できます。


 わたしも自炊をしていて助かりました。料理ダメなの人なら苦境に立たされてましたよ、絶対。


 レオトニー嬢がタブレットに向かい合ったので、わたしもタブレットに目を向けます。


 ふと思ったのですが、このタブレットはα世界に持ち込めるのでしょうか?


 α世界へいってからの手引き書はと調べると、あっさり出ました。


 項目や文を読んでいくと、本当に悪辣非道だなとつくづく思います。これを読まないでいった人はさらに苦労しますよ。


 これに対処する方法はないかと熟慮していると、レオトニー嬢が声をかけてきたした。


「こう言うスキルはどうでしょうか? わたしなりに考えてみたんですが……」


 レオトニー嬢のタブレットを覗く。と言うかできるんですね。他人のタブレットを見れることが。


 無知無警戒も甚だしいですが、今を乗り切れなくては未来がないのですから詮無きこと。わたしが黙っていればよいことです。


「……なるほど。よろしいのではないかと。あと、自分の強化も忘れずに行ってください。最後に頼れるのは自分自身なんですから」


「た、戦う術ですか?」


「いいえ。逃げる術です。言うでしょう。三十六計逃げるに如かず。ようは逃げるが勝ちってことです」


 まあ、より詳しく言うなら状況を見極め、ダメなら一目散に逃げろ。死なない限りやり直すことができるってことです。


「戦う勇気より逃げる勇気。戦う知恵より逃げる知恵。人は臆病なほうが生き残れるものですよ」


 生き残り戦に名誉や矜持なと不要。枷でしかありません。わたしは、生きるためなら悪辣非道、なんでもします。どうせそれを罰する者はいないんですからね。


 身体強化スキルなど幾つか選び出し、レオトニー嬢の性格や望みを聞いて決定した。


「ありがとうございます! これならなんとかやっていけそうです!」


「がんばって生き残ってください」


「はい!」


 と、レオトニー嬢がα世界へと旅立っていきました。


 ……罪悪感がハンパないですね……。


 レオトニー嬢に言ってない重要なアレやコレ。それらを知らずに何年生きられることやら。幸運であることを願います。


 ……さて。わたしもと、タブレットに目を向けようとしたら、誰かが目の前に座りました。


「すみません。わたしにもアドバイスをいただけないでしょうか?」


「おれも頼む! どうすればよいか教えてくれ!」


「あたしにもお願いします!」


 見れば残っていた方々がわたしの周りに集まっていました。


 余りのことに頭痛がしてきましたが、これはたぶん、やらないと終わらないパターンです。


「……わかりました。わたしでよければ聞きましょう……」


 もうヤケです。最後まで付き合おうじゃありませんか!」

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