第15話 安産型のペット
「エロスが王宮に戻って、あの品性の欠片もない派手なだけの下品な部屋で、豪奢なベッドですやすや寝てる間に俺がここで死んだら、お前はベッドの上でそのまま死体になる、って言ってるだけだけど?」
多少の嫌味を含ませつつ、『それが何か?』といった軽い感じで伝えてみた。
「え、何なの? シェーンが死んだら、あたくしもそのまま死ぬ、の?」
「そうだけど」
「そ、そんなのありえ、ない……」
「にわかには信じられないだろうな。でもまあ、別に無理して信じなくてもいいよ。――じゃあ、エロスを王宮に戻すぞ」
俺はそれっぽく両手を天に向ける。
それから言い忘れてた、といった感じで口を開く。
「俺は弱いから、もしかしたら今夜死んじゃう可能性もあるな。でもまあ、早ければ今夜にも本当かどうかエロスにも分かる……あ、悪い。その時はエロスも死んでるから、お前が結果を知ることは一生ないわな。――でも確実に確認できる
言い終わると同時上を向いた俺は、エロスに視線を向けないまま「じゃあいくぞ」と気合を入れた。
さて、どんな反応を見せるかな?
「ちょちょっ、ちょっと待って!」
かなり焦った様子のエロスは、まさに俺の望んでいた反応を見せてくれた。
思わずにやけそうになるが我慢。
「え、戻りたかったんだろ? もう準備は終わってるぞ」
むしろ『お前のためだぞ』みたいな、善人っぽい感じを装ってすっとぼけてみた。
「だ、大丈夫ですの。ここに残りますわ。それに、わたくしは姫騎士ですもの。わたくしがしっかり、シェーンを守ってさしあげますわ」
善人プレイが功を奏したのか分からないが、何故か高飛車王女の口調に戻ったエロスが、俺を守ると言い出した。
それには俺も、少々ビックリ。
エロスは俺に『純潔を散らされるくらいなら死を選ぶ』と言っていたため、自分の命を軽んじているものだと思っていた。
だからこそ、口八丁手八丁で俺を守るように誘導するつもりだったのだ。
しかし、”俺の命はエロスの命”といったような状況になっていることが分かると、案外簡単に一蓮托生の現状を受け入れた。
思っていたよりも楽に、俺を守るという言質も取れたため、俺は予定を変更して「そうか」と答えて腕を下ろす。
それを見たエロスは、分かりやすく安堵の表情を浮かべていた。
一方で俺は、新たな武器を手に入れていたことに気づく。
俺に純潔を散らされることは、エロスにとって命を失うことより嫌な選択なのだと分かったことだ。
であれば、それをダシに言うことを聞かせることができる。
ゲスい手段だが、そんなの知ったことではない。
それより今は、強力な武器を入手できたことを喜ぼう。
「じゃあ早速、祠の探索をするか。いけ、エロス」
上機嫌の俺は、軽い口調でエロスに指示を出した。
そもそも俺は、エロスと仲良しこよしがしたわけではない。
ペットの本心はどうであれ、エロスから俺を守るという言質を取った以上、さっさと寝床確保に動くべきだ。
「嫌よ! 鎧も付けずこんな場所に入るなんて!」
また口の悪い女に戻ったエロスだが、文句を言いつつも祠に入ること自体は拒んでいない。
だから俺は譲歩して、しっかり鎧を付けてあげる。
俺は誰かさんと違って、鞭だけではなく飴もあげられる良い主人なのだ。
それにしても、騎士の鎧の脱着は本当に面倒くさい。
そういえば、いつの勇者召喚の時だったか忘れたが、脱着が瞬時にできる鎧を見たことがあったな、と思い出した。
鍛冶師によってそう作られたのか、付与術師に後から効果を付与されたのか分からないが、何らかの細工がされていた鎧だ。
今の俺は、鍛冶師から進化した錬金術士と、結界師から進化した付与術師が使用可能職業に含まれているため、鎧を便利仕様にできる可能性がある。
俺自身のことであっても、分からないことばかりの憶測だらけだが、いずれはエロスの鎧を簡単脱着仕様にしてみたい。
あっ、もしかすると転送士のスキルを使えば、鎧自体に細工をしなくても魔法少女の変身とかみたいに、鎧を装備させるとかできるんじゃね?
それだったらこう、エロスが嫌がるような恥ずかし格好に、大勢の前で変身させるのもワンチャンあるな。
自分の能力を把握できていないからこそ、妄想のような未来を夢見てしまい、瞬く間にテンションが上がってきた。
「ちょっとシェーン、何だか鼻息が荒いわよ! ――はっ、ひょっとしてあなた、鎧を付けているフリをして、わたくしの匂いを嗅いでいるのね?! この
この思い上がりの勘違い女は面倒くさいが、面白さを提供してもらうための対価だと思って我慢しよう。
「嫌なら自分でやれ」
「わたくしにはできないと分かっていながらその言い草。――くっ、やはりシェーンは卑劣な最低男ね!」
もしかすると、早々に我慢の限界を迎えるかもしれない、そんなことを思いつつも鎧を着せ終わる。
そして心許ない松明の光を頼りに、俺たちは祠へと足を踏み入れようとすると、エロスが唐突に明るい球体を出現させた。
「何だエロス、魔法を使えるのか?」
「オーホッホッホ―。当然ですわ、わたくしの職業は聖騎士ですもの。基本の四大属性は勿論のこと、特に聖属性の魔法は大得意なのですわー」
当然と言われても困る。
エロスが姫騎士の称号を持っているとは聞いていたが、職業が何なのかを俺は知らなったのだから。
それと、口調が安定していないのも気になる。
「邪悪なエロスに似合わない属性だな。むしろ闇属性が得意と言われた方がしっくりくるぞ」
「清いこのわたくしの、いったいどこが邪悪だと言いますの?!」
「いや、清い部分なんて微塵もないぞ」
「ふざけたことを言いやがりますと、ぶち殺しますわよ!」
「自分が何を口走ってるか、よく考えた方がいいぞお前」
そんなことをギャースカ言いながら、俺たちは祠の中へと足を踏み出した。
エロスが魔法で作り出した光球は、思いの外広範囲を明るくしてくれる。
そのため、俺がボロ布を腰蓑にした原始人みたいな出で立ちだということを、自分でもよく分かってしまい、けっこう恥ずかしい。
そんな格好でエロスの後ろを歩いているのを第三者に見られたら、きっと俺がエロスの奴隷か何かに見えるだろう。
それはそうと、祠の中は少しだけ余裕のある空間だったが、数メートル先はすっかり狭くなっている。
「明かり、かしら?」
エロス越しに先を見ると、確かに明かりが漏れ出ているように思える。
何やら怪しい光景に、俺はにわかに周囲を警戒する。
そういえば、暗殺者の職業って盗賊が進化したもんだよな?
なら――
「おっ、使える」
「何ですのいきなり。――もしかしてわたくしの後ろ姿に発情して……って、使えるとはどういう意味ですの? 安産型と評判のわたくしのお尻を……」
エロスは反転して俺の方を向くと、尻を抑えて睨んできた。
「違うから」
王女に対して安産型とか誰が言ってんだよ、などとツッコまない。
俺は自分が使える職業を思い出し、過去の経験から索敵のスキルを使ってみただけだ。
円形のソナー探知機の画面っぽいのが脳裏に浮かび、時計の長針的なのがぐるりと回っているのが確認できたため、それで『使える』と発言したのだが、自意識過剰なペットが勘違いしている。
それはそうと、ソナーに意識を集中してみる。
中心である俺の前に青い光点が一つあるが、これはエロスの存在を表すもののはず。しかし、他の生命や魔力反応が感知できていない。
一応エロスの存在は確認できているため、ソナーは稼働していると思う。
それでもこの世界で索敵を使ったのは初めてだったため、反応どおりエロス以外は何も存在していないのか、はたまたソナーが正常に機能していないのか、どうにも判断に迷う。
「取り敢えず進んでみよう」
「そうですわね」
光の出処に何もいないのであれば問題はないが、ソナーが役立たずな可能性もあるため、慎重に足を進めることにした。
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