第14話 豊満なペット
「厭らしい目だわ……」
「手を下ろしてまっすぐ立て」
全然そんな目で見ていないのだが、変な言いがかりを付けたエロスは自分の体をかき抱いていた。
それでは肝心の胸が見えないので、強制にならない程度の声で命令してみる。
するとペットは、大人しく手を下ろした。
「まあなんだ、強く生きろ」
ペットに近づき、俺は右手を彼女の右肩にポンッと置き、慰めの言葉を贈った。
エロスは一瞬体を硬直させた後、「何のことよ?」と言ってくる。
俺は答えず、『ドンマイ』という気持ちを表情に乗せ、俺なりに良い笑顔を作ってみせた。
確かに俺は、テイムするまでこの女を憎く思っていたし、今もその感情は大いにある。
だがこの女は、ペットに成り下がった哀れな女だ。
ならば俺は、主人として広い心で哀れなペットを受け入れてあげる、そんなことも必要だろう。
何といってもこの女は、俺に呼び出された以降あの気持ち悪い歪んだ笑みを浮かべることもなく、ずっと不機嫌そうに眉根を寄せているのだから。
それにしても可愛そうだ。姉妹でこれ程の格差があるとは……。
上から目線でそんなことを思いながら、再びペットの胸元を凝視し続けた。
しばらくして、動かない俺を不審に思ったのだろう、エロスはゆっくり首を曲げて俺の顔を見てくる。
そして、俺の視線がどこにあるのか気づいたようだ。
「ちょ、ちょっと、どういうつもりよ! やっぱり何だかんだ言って、結局は私の豊満な肉体が目当てだったのね?! 汚らわしい!」
再び体をかき抱いたエロスは、キッと俺を
「いやいや、お前全然豊満な肉体じゃねーじゃん」
「どこからどう見ても豊満じゃない!」
「いいからいいから。まあ確かに、あんな立派なモノを持つ妹と比べられると、姉としては恥ずかしくて隠したくなるよな。でも大丈夫、世の中にはいろんな嗜好の持ち主がいるから」
俺はペットを励ましてやった。
半笑いになってしまったけど。
「ち、違うわよ! わたくしは動きやすいように、胸まで押しつぶすコルセットを付けているだけだから!」
「ほう。それはそれで、本当かどうか確かめないとだな」
エロスは動揺を見せ、へっぴり腰で後退り、少しずつ俺との距離を広げる。
「結局そうやって、ゆっくりわたくしを追い詰め、最後には襲ってくるのね? 獣のように……」
あの傲慢な女が怯えを見せている。
その姿を見るのは楽しいのだが、エロスの姿が見えづらくなっていることに気づいた。
辺りを見回すと、元々暗かった周囲が更に暗くなってきている。
これはのんきに遊んでいる場合ではないだろう。
「おいエロス、取り敢えず今日のねぐらを確保するぞ」
「……ねぐら?」
「なんか暗くなってきただろ? だったら早めに寝る場所を確保した方が良い」
「寝る場所? 誰が?」
「俺とエロスが」
「…………」
何故か分からないが、急にエロスが黙り込んでしまう。
しかし気にしている場合ではない。
あまり悠長にしていると、あっという間に真っ暗になってしまうのだから。
俺は自分で作った焚き火から、松明代わりになりそうな枝を手に取った。
すると、胸の前で無いモノを隠すように腕を組んだエロスが話しかけてくる。
「鎧を着せてよ」
「面倒くさい」
「ふざけないでよ! わたくしの鎧をこのまま捨てておけって言うの?」
それは俺としても困る。
なにせこの女は、いざという場合に俺の盾になるのだ、防御力が下がるのは俺も望んでいない。
だが、今から鎧を着せるのは時間もかかるし、何より面倒だ。
「そうだ。あれは使えるかな?」
「あれ?」
エロスのことは無視して、転送士の前身であったはずの運搬士のスキルから、無限収納を思い浮かべる。
そして、当時の感覚を思い出しながらエロスの鎧に手をかざすと、一瞬で鎧が消え去った。
「ちょっ、わたくしの鎧が消えたわ! 何をしたのよ?」
「収納にしまった」
「え、なんなの? シェーンは収納持ちだったの? そんなの聞いてないわよ」
当然だ。
俺自身、使えると気づいたのが少し前なのだから。
「気にすんな」
「気になるわよ」
「あとで説明する。取り敢えず今は寝床の確保だ。ここじゃ寒くて寝られん」
「――あっ!」
すると、エロスが何やら閃いたような顔を見せた。
「わたくしを呼び寄せることができるのだから、戻すこともできるのでしょ? だったら私を王宮に戻してよ」
「何なの? 自分だけ戻って、温かい部屋で布団に包まって寝るつもりなのか?」
「当然でしょ」
「……お前、マジで最低だな」
エロスが最低かどうかはともかく、ここに呼び寄せたのは、ステータスボードの『召喚する』の項目を軽く意識して、明確に呼び寄せようと思っていないの呼び出してしまったからだ。
だから戻せるかどうかわからないし、仮に戻せたとしても、現状は戻す気などこれっぽっちもない。
その後、胸の前で腕を組んだまま背を丸めたへっぴり腰のペットが、『戻せ戻せ』とうるさいが、シカトしたまま周囲を探索した。
しばらく絶壁沿いを進んでいると、祠らしき何かが視界に入る。
祠らしきそれは岩壁を削って作ったのであろう、人間が余裕で入れる大きさの入口を構えていた。
「おい、今度はエロスが前な」
「何をさせるつもり? ひょっとして、後ろからわたしくしを視姦する気――」
「しねーよ! ここがねぐらになるか探索するだけだ」
王女がよくそんな言葉を知ってるな、などと思うが思考を切り替える。
バカに構ってる暇はない。
過去の勇者召喚時、各地を巡って大小様々な祠に遭遇したことがある。
稀に魔物と遭遇したこともあったが、大抵は安全に野営ができる場所だった。
そして極稀に、お宝があったりもしたので、運が良ければ何かあるかもしれない。
「そんなことより、わたくしを王宮に――」
「戻さない」
「ふざけんじゃな――」
「戻さない」
まだ自分だけ戻ろうとするペットに、俺はそんな気はないと断固とした態度をとった。
しかし、今が良い機会だと思い、探索しながら考えていたことをエロスに伝える。
「もしエロスが王宮に戻って、その間に俺が死んだらどうする?」
「そうなれば、わたくしはシェーンから解放されるのだから、それこそ万々歳よ」
本気で嬉しそうな顔をしているのにはムカつくが、ほぼ想定していた返答だったのは僥倖。
「その解放されるのって、魔獣使いや調教師にテイムされた場合だよな?」
「そうだけれど?」
「あのさ、そういった職業の人たちが、人間をテイムしたって聞いたことあるか?」
「え? ……ないわね」
だよな。その返事が聞けて良かった。
「でもエロスは、俺にテイムされてるよな?」
「?! そ、そうね」
「俺ってば、姫騎士の称号持ちをテイムして、更に召喚までしちゃうんだぜ。そんな俺が、自分が死んだら従者を解放するような生易しいテイム、すると思うか?」
「ど、どういうこと、よ……」
よし!
全部偶然の産物だけど、エロスを疑心暗鬼にさせる状況が揃ってたお陰で、狙い通りの流れになってきたぞ。
「俺とエロスの主従契約は、『主が死んだら従者も死ぬ』という契約になってる」
「え、ちょ、な、何を、言ってる、の?」
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