第13話 幕間 王女の憂鬱(後)

「……犬っころの言うことなど、信用できませんの」


 体が動かせるようになたわたくしは、開口一番そう告げた。


 今までは私のペットだと思っていたからこそ、広い心で受け入れてあげられましたけれど、オークの勇者と同類なのであれば、この男も信用なりませんわ。


「何をもって信用できないなんて言うんだ?」


 むしろ、どうして信用してもらえると思ったのかしら?


「全裸でそんなモノをみせつけておいて、なんて白々しい」

「全裸? あっ……」


 王女であるわたくしの目の前で、よくもそんな醜いモノを……。


「言っておくが、俺が全裸だったのは不可抗力だからな」


 あんな凶悪なモノを見せつけておいて、不可抗力なはずがありませんわ!

 絶対にわたくしを狙ってるはずですの。


「原因はお前にある」

「やっぱりですの。いくら綺麗事を言っていても、結局はわたくしの体が目当てだったのですわ。信用など、できるはずがありませんの」

「いや、違うから」

「分かっておりますわ。わたくしは絶世の美女で、なまめかしい豊満な体の持ち主ですもの。それを目の前にして、手を出そうと考えない男などおりませんわ。ですが、そうはさせませんことよ!」


 そうですわ、護衛もいない独りっきりのわたくしと一対一の状況で、冷静でいられる男などおりませんもの。

 やはり男はオオカミ……ハッ!

 わたくしがブラックウルフをペットにしたいというのを、この男はどこかで聞いたのでは?

 そして、まずはペットとしてわたくしに取り入り、頃合いを見て『悪い子は俺のオオカミさんが食べちゃうぞー』などという作戦を立てていたに違いないわ!


 それはちょっと……いいえ、本気で気持ち悪ですわ!


「お前ちょっと脱げ」

「……ふ、ふざけないでくださいまし!」


 こんなブラックウルフに食べられてしまうなんて、絶対に嫌ですわ!


「鎧だけでいいから取り敢えず脱げ」

「い、嫌ですわよ……」


 何ですの、オークの勇者が言っていた『なー姫さん、男ってのはな、女が自分で脱ぐ姿に興奮するんだぜ』というのは、今のこの状況のことですの?

 あのオーク、聞いてもいないのに変なことばかり言って気持ち悪かったけれど、犬っころの感情がなんとなく分かって、今は少し感謝ですわ。


「いいから脱げ」


 父王から勇者を無下にするなと言われて、仕方なく相手をしていたオークの勇者の言葉を思い出していたら、あの勇者と同じ世界から来た異世界人に再び催促されてしまった。

 それはそうと、ここで屈してはダメだと自分を奮起させる。


「……い、犬の分際で生意気ですわよ!」

「だから犬はお前だっつってんだろーが」

「何を言ってますの? わたくしの名はエロイーズですの。犬はあなたですわ」


 この犬っころは何を言ってるのかしら?


 そんなことを思いつつ、売り言葉に買い言葉で反論していたら、犬っころのことをシェーンと呼ぶよう強制的に命令されてしまった。

 この男は実に卑怯だ。


 く、悔しいですわ!


「それから、お前の名前はエロイーズだったな?」

「そうですわ。過去の偉人で、『戦神』や『戦乙女』と呼ばれたエロイーズ様に倣って、姫騎士の称号を持って生まれた者のみが付けることを許された、非常に稀で由緒正しき名なのですわ」


 ふふーん。崇め讃えてもよろしくてよ。


「じゃあ、今日からお前の名前は”エロス”な」

「……………………………………………………………………はいぃ~?」


 この男は、今何と言ったのかしら?

 よく分からなかったけれど、きっと多分、聞き間違えだわ。


「ちょっ、ちょっといぬ……シェーン、何と言ったのかしら?」


 聞き間違え聞き間違え。

 いくら常識知らずの異世界人とはいえ、わたくしの名をエロイーズ以外で呼ぶことはありませもの。


「だからお前の名前は、今日から”エロス”だと言った」


 この男、本気で言ってる?

 言ってるわね。

 これは、これだけは、絶対に許さない!


「――ふっ、ふざけんじゃないわよ! なんなのあんた、わたくしの話をちゃんと聞いてた?! エロイーズという名はそうそう戴けない、誉れ高き名なの! それをなんですって、エロス? 意味がわからないけれど、物凄く不快な響きだわ! いい加減にしなさよ!」


 どんな名であろうと、私の名を勝手に変えるのは許さない。

 しかも物凄く不快な響きの名に変えるなど以ての外もってのほかだ。


 許すまじ!


「まあまあエロス・・・、エロイーズも立派な名前なんだろうけど、エロスも俺のいた世界じゃ、愛を司る立派な神の名前で、誉れ高き名なんだぞ」


 クソ男が何やらグダグダ言っているが、これだけは絶対に許さない!


 だからわたくしが全身全霊で怒りをぶつけたら、この男は強制的に改名を受け入れさせてきた。

 卑怯にも程がある。


「それより、いつまでここに留まるつもりなのよ?!」


 腑に落ちないが、一度話の流れを変えた。

 怒りに任せ、感情で動いてはいけない、そう教わっていたことを思い出したからだ。


「移動すると言っても、俺はどこに行けばいいか分からんぞ」

「王家の谷の崖がこの方向っぽいから――」

「あっ!」

「な、何よ?」


 受け入れ難くても、自分がテイムされたことを受け入れなければならない現状、今後のことも考えて真剣に状況を把握しようとしたところで、バカ男が何か思い出したような声を上げた。

 嫌な予感しかしない。


 わたくしは不安しかない気持ちを抱え、ご主人様気取りのバカ男が何を言い出すのか待った。

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