第12話 幕間 王女の憂鬱(前)

「なあエロイーズ、俺の職業はなんだ?」


 混乱するわたくしを他所よそに、今までのオドオドした態度から想像もつかない生意気な態度で、ペットがわたくしを呼び捨てにしてきたではないか。


「犬っころごときがこのわたくしを呼び捨てに――」

「いいから答えろ」


 怒りの所為せいで混乱していたことも忘れたわたくしが言葉を発すると、犬っころにピシャリと遮られる。

 それどころか『答えろ』と圧をかけられてしまった。


「使役師……ですわ」

「はい正解」

「ど、どうしてわたくしは素直に答え――ハッ! ま、まさか……」


 自分の意思とは別に、わたくしの口が勝手に答えてしまった。

 こうなるともう気の所為ではないと思えてくる。

 だけれど受け入れてはいけない、わたくしは抗うのだ。


「お前は俺にテイムされた。つまりエロイーズ、お前は俺のペットになったんだよ」

「……ふ、ふざけないでくださいまし! このわたくしが――」


 信じられない、受け入れない。

 弱気にならないよう、心が現状を受け入れないよう、わたくしは喚き散らした。


 ◇


「……ところでここはどこですの?」

「知らんがな」


 ひとしきり騒いだことで少し落ち着いたわたくしが問うと、ペットは適当な返答をしてきた。

 その言動にキレたわたくしが食って掛かると、犬っころがここに至るまでの話を聞き出すことに成功する。


 どうやらこの間抜けは、オークの勇者に王家の谷へ突き落とされたらしい。

 それもこれも、わたくしの躾が甘かったせいだろう。


「ニヤニヤして厭らしい。テイムをしたことで、わたくしを自由にできると思ったら大間違いですわよ!」


 一旦思考を切り上げて犬っころの方を見ると、オークの勇者のような目でをわたくしを見ていた。


 わたくしは異世界人をペットにした際、異世界人の特性を教わっていた。

 一番の特徴は、『性欲の塊である魔物のオークと大差ない』という恐ろしい性癖を持つことだ。

 それで言うと、拳聖の職業に就くあの勇者は顕著だった。

 見た目からしてオークのような勇者は、わたくしを含めた目につく女性を必ず下卑た目で見ていたのを知っている。――思い出すだけでも気持ち悪い。


 そして現在、今までそんな素振りも見せていなかった眼前の男は、わたくしを性のはけ口として見ている。

 ついに本性を現したのだ。

 しかしわたくしは、簡単に屈したりはしない。


「おいメス犬」

「犬はあなたですわよ!」

「お前、まだ力関係が分かっていないようだな」

「そうやってスキルの力をチラつかせて、わたくしを手篭めにしようと思っているのですわね!」


 この男は卑怯だ。

 従順なペットのフリをしつつ、いつかわたくしを手篭めにしようと隙を窺っていたに違いない。

 そして今、彼はそのチャンスを得た。

 しかしこれは、わたくしがしっかり躾られなかった報いなのかもしれない。

 だとしても、スキルを使ってわたくしを手篭めにしようなど、卑劣な手段を使ってくるのは許せない。


 はっ! そういえばオークの勇者が言ってましたわ。


……これは賭けになりますが、今はそれくらいしか手段がありませんの。

 やるしかありませんわ!


 わたくしは思いついた作戦を即座に実行することにした。


「あなた如きに、この体を好きにさせるつもりはありませんわよ!」

「い、いや、取り敢えず俺の話を聞――」

「させるものですか!」


 わたくしは手にしていた剣を犬っころにに向って放り投げ、地面に倒れて大の字になった。


「わたくしは誇り高きノルベルト王国の第一王女であり、姫騎士ですの!」


 そう、わたくしは天上人なのですわ。


「あなたに攻撃できない以上、わたくしは何もできませんの!」


 主従契約がある以上、この男に対して今のわたくしは無力。

 心が屈していなくとも、テイムされているのは明白だ。

 だからこそ、この作戦を成功させねばならない。


「犬にけがさて純潔を散らすくらいなら、……し、死ぬことを選びますの!」


 失敗は許されませんわ!


「くっ殺せ……」


 異世界人は、女騎士がこの台詞せりふを言うと大興奮すると言ってましたわ。

 ならばこの男も、わたくしの持っていた剣を手に取り、『ぐへへ』と言いながらわたくしを脅してくるに違いありませんの。

 そしてこの絶世の美女を我が者にできると思った瞬間、絶対に隙が生まれるはずですわ。

 後はその隙を見逃さず、犬っころの手をわたくしが操作して、自害させてみせるのです!


 初めてのペットを失うのは心苦しいが、躾に失敗してペットを真っ当に育てられなかった責任は、主としてその生命が尽きる場面を見届けることで全うする。

 これが飼い主としてのケジメだ。


「あのさー、ちょっとは人の話を聞こうぜ」


 ど、どうして剣を拾いませんの?

 それでは自害させられませんわ!

 あのオーク男、わたくしを騙しましたのね?!

 こ、このままでは……。


「……ど、どうしても、わたくしを、な、なぐさみ者に、す、する気なのですわね」


 王女の矜持として弱味を見せるわけにいかないのに、わたくしは情けない声を出してしまった。


「いい加減黙れ! そんでまずは俺の話を聞け!」

「――!」


 すると、今までに聞いたことのない声で犬っころが怒鳴ってきた。

 その声にわたくしは、身動きが取れない感覚に陥ってしまう。


「あのな、いくらお前が憎たらしくても、俺は女に手を挙げないし、無理やり変なことはしない。それは俺の信条だ」


 え、わたくしを憎たらしいと思っていたの?

 やはり躾もまともにできないダメ主人だったから……。


「そういうのは何だ、愛し合った男女がすることで、強制的にするもんじゃない。分かったか?」


 どうしたの? 何を言っているの?

 30歳の男の口からそのようなことを聞かせられるのは、少しばかり気持ち悪いわよ。


「…………」

「…………」

「…………ん?」


 少しだけ、この男の本質が垣間見れた気がしましたわ。

 そんなことより、どうして身動きがとれませんの?


「もう喋っていいぞ」


 その言葉を聞いた瞬間、わたくしの体が自由になった気がした。

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