第11話 キレるペット

「……ふっ、ふざけんじゃないわよ! なんなのあんた、わたくしの話をちゃんと聞いてた?! エロイーズという名はそうそう戴けない、誉れ高き名なの! それをなんですって、エロス? 意味がわからないけれど、物凄く不快な響きだわ! いい加減にしなさよ!」


 エロイーズの名が持つ重みのお陰で、想定以上の反応をいただけた。

 今までは罵声であっても、悪役令嬢みたいな高飛車な物言いだったエロイーズ……いや、エロスが、今はただ単に口の悪い女に成り下がっている。

 しかも、当初はちょっと揶揄からかうつもりだけだったが、面白そうなので今後はエロスと名乗らせることに決定した。


「まあまあエロス・・・、エロイーズも立派な名前なんだろうけど、エロスも俺のいた世界じゃ、愛を司る立派な神の名前で、誉れ高き名なんだぞ」


 俺の知ってる限り、エロスはエロースって男神だったはずで、省略されたエロスという言葉は、ちょっと違う意味を持ってるだけだ。

 それと、エロースが愛を司る神ってのも間違ってないけど、厳密にいえば性愛を司った神だったと思う。

 まあ誤差だ誤差。


 だがしかし、エロスはなかなか理解してくれない。

 仕方がないので、強制的に受け入れさせた。


「いいかエロス、俺は強制的に言うことを聞かせるとか大嫌いなんだ。だからあまり、俺にこの手を使わせるなよ」

「だったら最初から、そんなことを言わなければいいだけじゃない。大体なんなのよエロスって、わたくしにはエロイーズというありがたい名が――」

「ごちゃごちゃ言うな」

「…………」


 受け入れておきながら愚痴るエロスに対し、俺が少しだけ威圧を込めた声を発すると、ペットは大人しく言うことを聞いてくれた。

 多少だが、テイマースキルの使い方が分かった気がする。

 とはいえ、エロスは俺の意思とは無関係にテイムしてしまった。

 だからこそ、他の魔物をテイムする際にどうやってスキルを使うかなど、分からないことの方がまだまだ多いのだ。


 それはそうと、少し気になることが。


「なあエロス、なんで口調が変わってんだ?」

「知らないわよ! あなたがわたくしをこうしたんじゃないの?!」

「自称だけはわたくしで、なんか中途半端だな。それと、飼い主をあんた呼ばわりすんな」


 これはあれか、王女として長年躾けられてきて、王女の仮面が剥がれた今、素の自分が出たってことか?

 まあどうでもいいや。


「なんなのよ飼い主って! わたくしはあんたのペットじゃないわ!」

「何度も言わせるなよ? せっかく様付けで呼ばなくていいように配慮してやったんだぞ。それともあれか、シェーン様って呼びたいのか? いや、実はご主人様って呼びたかったりして」


 絶対にそんなことはないと分かりつつ、試しに軽く煽ってみた。


「バカじゃないの?! ご主人様なんて呼ぶわけないでしょ! だったらちゃんとシェーンって呼ぶわよ。だから絶対に、強制でご主人様って呼ばせないでよね」

「それはフリか?」

「フリって何よ?」

「するなするなって言っておいて、実はしてほしいってことだろ?」

「そんな訳ないでしょ!」


 確かに、異世界人にそんなノリがあるとは思えない。


「それより、いつまでここに留まるつもりなのよ?!」

「ああ、ここってちょっと寒いもんな。移動した方がいいのは確かだな」

「あんた……シェーンが寒いのは、ほぼ全裸みたいな格好をしているからでしょ!? そういうことじゃないのよ!」

「そんなプンプンした言い方ばっかすんなよ。もっと楽しくやろうぜ」


 俺をペット扱いしていた頃のエロスは、内面は別にして、外見や口調は王女らしく優雅で余裕があった。

 それがどうだ、今のエロスは常にキレた状態だ。

 せっかく主従関係が逆転したのだから、それを気楽に楽しんでほしいと思う。


「移動すると言っても、俺はどこに行けばいいか分からんぞ」

「王家の谷の崖がこの方向っぽいから――」

「あっ!」

「な、何よ?」


 上を見上げてブツブツ言っているエロスを見て、俺は忘れていたことを思い出した。


「おいエロス、早く脱げ」

「ちょっと、まだそんなこと言ってんの?」

「これは譲れない。何だったら、自重しようと思ってた強制を使うぞ」


 いくら俺に強制の能力があるとはいえ、それに制限がないとは限らない。

 俺は戦闘能力が低いのだから、いざという場合はエロスに盾になるよう、強制命令するつもりだ。

 だというのに、命令に回数制限度などあった場合、肝心な場面で言うことを聞かなくなる可能性もある。

 俺はまだテイム能力を把握できていないのだ、楽観視してはいけない。

 だからそれを考えると、平時は握った弱みを利用して命令し、極力強制を使わないようにしたいのだ。

 そのためには、エロスの弱みを握れるこの機会を逃すわけにはいかない。


「脅して無理矢理言うことを聞かせるなんてズルいわ!」

「いやいや、お前だって散々俺を痛めつけて、無理やり言うことを聞かせてただろーに」

「違うわ! わたくしは王女で、捨てられたシェーンを拾ってやったのよ。だからわたくしの言うことを聞くのは当然じゃない」


 うわっ、偉い人特有のへんてこ理論が出た。


「分かった分かった。そういうのはいいから、つべこべ言わずに脱げ」

「…………」

「自分の意思ではなく、強制的に脱がされたいのか?」

「…………」


 たまらん!

 俺に被虐趣味はなかったけど、あの傲慢だった女が俺に逆らえない様は、何とも言えない気分になるな。


 真面目な表情を作っているが、あまりにも気分が良くて笑ってしまいそうだ。

 それでも笑みをこぼさないように堪えていると、俯いていたエロスが顔を上げた。


「……わ、分かったわよ、脱ぐわよ。でも絶対に、厭らしいことはしないでよね?」

「しねーよ」


 どうやら、今回は無理やり言うことを聞かせなくてもいいようだ。


「ふにゅ……、ほにゅ……」

「…………」

「へにゃ……、はにゃ……」

「……何やってんの?」


 エロスが意味不明な行動を取り出した。

 それはまるで、自分の尻尾を追いかけ回す犬のようで、エロスも首を後ろに回し、その場でぐるぐる回っているのだ。


「……脱げ……ない」

「はぁ~?」

「だから、脱ぎ方がわからないのよ!」

「マジか……」


 そういえばそうだ。

 こういった世界の王侯貴族は、自分で着替えすらできない場合もあるのだった。

 それこそ鎧の脱着となれば、なおさら無理なのだろう。


 仕方なく俺が鎧を脱がせてやったのだが、鎧自体は全身をくまなく覆っている訳ではないので、面倒だが我慢できる範疇だった……が、『変なところを触ったらぶち殺すわよ!』などと騒がれたのは、心底面倒くさかった。


「ふむ」


 ドレス的な戦闘服だけの姿になったエロスを眺めてみる。

 金髪碧眼のお姫様は、黙って立っていれば凛々しくも美しい騎士だ。

 この立ち姿に多くの者が見惚れるだろう。

 しかし俺は、この女が根性のひん曲がった性悪女だと知っている。

 それより何より、あの歪んだ笑みが脳裏に焼き付いてちょっとしたトラウマになっており、気持ち悪さの方が先立ってしまうのだ。

 だから立場が逆転して俺が主人となった今でも、この女にだけは心惹かれることはない。


 そんな女をひとしきり眺めた後、俺は視線を性悪女の胸元に向けた。

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