第10話 ペットはエロス

「やっぱりですの。いくら綺麗事を言っていても、結局はわたくしの体が目当てだったのですわ。信用など、できるはずがありませんの」


 俺から『原因はお前にある』と指摘された王女は、ウジ虫でも見るような目を向けてきて、そんなことを言い出した。


「いや、違うから」

「分かっておりますわ。わたくしは絶世の美女で、なまめかしい豊満な体の持ち主ですもの。それを目の前にして、手を出そうと考えない男などおりませんわ。ですが、そうはさせませんことよ!」


 この女、マジで人の話を聞かねーな。

 しかも自分のことを、恥ずかしげもなく絶世の美女とか言ってるし。

 ってか、お前年中無休で鎧を着てるから、そもそもその豊満な肉体とやらを見たことがないのだが。

 あれ? こいつもしかして、鎧姿以外を人に見せないように徹底してるのか?


「お前ちょっと脱げ」

「……ふ、ふざけないでくださいまし!」


 俺は気づいてしまった。

 目の前にいる王女の妹、第二王女で聖女のレニャは、ちみっこいが胸はばいんばいんだ。

 彼女は体型の分かりづらい修道服を着ているが、それでも胸元はただならぬ存在感を放っている。

 一方の姉はというと、決して人前で鎧を脱がない。

 これはもう、姉のプライドを傷つける残念さが鎧の下に隠されている、そう考えるのが妥当だろう。


「鎧だけでいいから取り敢えず脱げ」

「い、嫌よ……」


 今まで散々俺を甚振っていた女の弱みが握れるのだ、これからのことを考えれば、愉快なことになるのは容易に想像できる。


 そう、これからだ。


 今の俺に、魔族討伐など関係ない。

 即ちそれは、『魔族討伐に関与しない俺は日本に帰還できない』ということを意味している。

 そんなの知ったことか。どうせ日本に帰っても底辺生活が待ってるだけだ。

 だったら俺は、この世界で悠々自適な生活を送ってやる。


 なにせ今の俺は、便利な力が少々と自由がある。

 しかも、戦闘力の低い俺にお誂え向きな、姫騎士という俺の盾にも剣にもなるペットも手に入れた。

 かなり性格に難のあるペットだが、だからこそいろいろやっても俺の心が痛まないおもちゃだ。

 これで楽しい生活が送れないわけがない。


 そう思うと自然に顔がにやけそうになるが、表情を引き締めた俺はペットの顔を見つめ、一言だけ言ってやる。


「いいから脱げ」


 俺は女に手を挙げない。

 だからといって、何もしないような善人ではないのだ。

 むしろ手を挙げない代わりに、精神的苦痛を与えてやる。後ろめたさは感じない。


 そして現状、クソ女の弱みらしき情報に気づいてしまい、王女をペットにした楽しい未来像が薄っすら見えている。

 攻めない道理はないし、むしろ今が攻めどきなのだ。


 ヤバい、ちょっと楽しいぞ。


「……い、犬の分際で生意気ですわよ!」

「犬はお前だっつーの」

「何を言ってますの? わたくしの名はエロイーズですわ。犬はあなたですの」


 少し楽しくなってきたところで、クソ女がふざけたことを言ってきた。


「お前、俺の名前を知ってるか?」

「だから犬ですの。それと、お前と言うのをやめてくださませんこと」


 苛立ちを覚えてきた俺に対し、攻められているのに澄まし顔をしているクソ女にムカつく。


「俺のフルネームを言ってみろ」

「犬……なんとか、サルキチ? ですわ」

「ふざけんな。レニャ様が俺のことを”イヌカイ”さんって呼んでただろうが」


 クソ女の妹で聖女でもある第二王女のレニャは、イヌカイ様と呼ぶと他の人に怒られると言っていたが、それでも俺をイヌカイさんと呼んでくれていた。

 だから姉であるクソ女も、本当は俺の名を知っていると思ったのだが、素晴らしくすっとぼけた返答をしてきやがった。


「犬は合ってますの。それ以上覚える必要はありませんわ」

「ダメだ、ちゃんと覚えろ。俺の姓は犬飼で名は子猿、犬飼子猿だ」

「姓はイヌカイ、名はシェーン? 生意気ですわ」


 何故か生意気だと言われた。


「シェーンじゃなくてシエンな。で、何が生意気なんだ?」

「我がノルベルト王国でシェーンとは、『美しい』や『素晴らしい』と言う意味を持ちますの。そして、優れた功績を上げた者に王家から贈られることもある、特別な名ですのよ。あなたごとき犬が名乗ってよい名ではないのですわ!」


 それは良いことを聞いた。


「お前、これから俺のことを”シェーン”と呼べ」

「犬の分際で、ふざけたことを言わないでくださいまし! それから、お前と呼ぶのは許しませんわよ!」

「俺がお前を何と呼ぶか、それは俺が決めること。でもな、お前は俺に従うしかないんだ」

「ふざけ――」

「命令だ、お前はこれから俺のことを『シェーン』と呼べ」


 少しばかり威勢を取り戻したペットに、俺は怒鳴るのではなく、低い声で威嚇するように、それでいて『シェーン』を強調するように言って聞かせた。


「……わ、分かりましたわよ、シェーン。――こ、これでいいのかしら」


 一瞬俺を睨みつけたペットは、渋々シェーンと口にし、強がりを言いつつも顔をそむけた。


 たまたまであったが、『子猿しえん』という俺の名に近い響きの『シェーン』という名は、どうやら特別な名であったらしい。

 であれば、俺を嫌っているこの女にその名で呼ばせる。

 俺は元々自分の名前が嫌いだったため、変に”犬”やら”猿”やらと呼ばれるより、シェーンと呼ばれる方が全然マシだ。

 いや、むしろちょっとかっこいいと思ってる。


「それから、お前の名前はエロイーズだったな?」

「そうですわ。過去の偉人で、『戦神』や『戦乙女』と呼ばれたエロイーズ様に倣って、姫騎士の称号を持って生まれた者のみが付けることを許された、非常に稀で由緒正しき名なのですわ」


 ちょっと名前を聞いただけで、誇らしげに自分の名の由来を語るペット。

 お陰で、これから言うことの意味に重さが増す。


「じゃあ、今日からお前の名前は”エロス”な」

「……………………………………………………………………はいぃ~?」


 たっぷり間を開けた後、ペットは面食らったような顔をして、間抜けな返事をしてきた。


 この女おもしれーな。

 初回特典を使った甲斐があるってもんだ。――偶然の産物だけど。


 散々俺を甚振ってくれた女が、俺の言葉で美人らしからぬ顔を晒した。

 それだけでも痛快だったが、こんなことで俺を愉快な気持ちにさせてくれるのだ、これからももっと楽しませてくれるだろう。


「あれ、何か忘れてるような?」


 つい独り言が口からこぼれてしまったが、ペットはまだ呆けている。


「ちょっ、ちょっといぬ……シェーン、何と言ったのかしら?」


 しばしの間の後、我に返ったのであろうペットが、プルプルと体を震わせながら問うてきた。

 だから俺は、再度はっきり伝えてあげる。


「だからお前の名前は、今日から”エロス”だと言った」


 ペットの躾は飼い主の義務なのだからな。


「…………」


 ペットから剣呑な雰囲気を感じる。

 何やら怒っているようだが、名前が気に入らなかったのだろうか。

 しかし、元々のエロイーズだってちょっとアレな感じなのだから、そんなに変わらないように思うのだが、当人からすると大問題のようだ。

 あれだけ誇らしげに自分の名前を語ってたのだ、どんな名前であれ、名前を変えられること自体が嫌なのだろう。

 とないえそんなこと、俺は百も承知で言ったわけだが。


「……ふっ、ふざけんじゃないわよ! なんなのあんた――」


 俺はここひと月クソ王女に散々な目に合わされてきたが、その間にも聞いたことのない怒声が周囲に響き渡った。

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