第2章 俺が主人でお前がペット

第9話 想像力がたくましいペット

「……ところでここはどこですの?」


 ひとしきりギャーギャー騒いだ王女が静かになったと思ったら、そんなことを聞いてきた。


「知らんがな」


 そもそも土地勘もない状態で、いきなり崖から突き落とされたのだ、知っている訳がない。

 だからそのことと、ついでに現状に至った経緯を伝えた。


「……すると、ここは王家の谷の崖下、なのかしら?」


 湖を覆うように生えている木々の隙間を眺め、右肘を左手で支えつつ、人差し指を下唇に当てた王女がつぶやいた。

 この様だけを見ていると、後光のように差し込む木漏れ日の影響もあって、思案する美女といった感じで凄く絵になる。

 だが俺は、この王女が性悪女であることを知っているため、ぶん殴りたい衝動に駆られてしまう。


「何を生意気に睨んでますの」


 沸々と湧き上がる衝動を抑えていると、立場を分かっていないメス犬が片眉を上げてそんなことを言ったきた。――ムカつく。


「殴られていないことをありがたく思え」


 俺は女に手を挙げない。

 いくらこの女が憎くても、俺はその主義を貫く。

 例え刃を潰した剣で殴られたり、皮膚を切り裂く一本鞭で打たれたことがあっても、だ。


 それが男の美学!


「ニヤニヤして厭らしい。テイムをしたことで、わたくしを自由にできると思ったら大間違いですわよ!」


 自己満足感に浸っていると、目の前の女はそんなことを言っている。

 だが意外なことに、王女は自分がテイムされていること受け入れており、そのことに俺は驚いてしまう。

 しかし、後半の発言は勘違いも甚だしい。

 俺をキリッと睨み、我が身をかき抱いているが、俺はこの女をどうこうしようなどと思っていないのだから。


 男女のそういうことは、お互いが尊重しあい、愛し合ってからするべきだ。

 愛の営みは、金や力で無理やりすることではない。

 俺は本気でそう思っているから、30歳になっても童貞のままだ。


「おいメス犬」


 何だか分からないがイラッとしたので、目の前にいるクソ女を呼んだ。


「犬はあなたですわよ!」

「お前、まだ力関係が分かっていないようだな」

「そうやってスキルの力をチラつかせて、わたくしを手篭めにしようと思っているのですわね!」


 この女、随分と想像力がたくましい。


「あなた如きに、この体を好きにさせるつもりはありませんわよ!」

「い、いや、取り敢えず俺の話を聞――」

「させるものですか!」


 俺の話を遮った王女は、手にしていた剣を俺に向って放り投げ、何故か地面に倒れて大の字になった。

 意味が分からない。


「わたくしは誇り高きノルベルト王国の第一王女であり、姫騎士ですの!」


 それは知ってる。


「あなたに攻撃できない以上、わたくしは何もできませんの!」


 何もできなくはないと思うのだが……などと思うが、少々気になることがある。

 王女は思った以上に、テイムの影響を把握しているっぽい。

 だが一方で、テイムをした方の俺はテイムの効果をあまり把握できていない。

 それもこれも、ステータスの表示が不親切すぎるのが悪いと思う。


「犬にけがさて純潔を散らすくらいなら、……し、死ぬことを選びますの!」


 俺がステータス表示に不満を感じていると、王女がのっぴきならないことを言い出した。


「くっ殺せ……」


 おっ、女騎士の生くっ殺だ! などと思うこともなく、俺は王女の投げた剣に目をやる。

 それは見慣れた模擬剣ではなく、実用性にとぼしそうな装飾過多な剣だったが、刃はついているようだ。


 そういえばこの女、ここにきた直後、この剣を俺に振り下ろしてたよな?


 テイムの影響で寸止めになったから助かったものの、一歩間違えば死んでいたかもしれない、そう思うと背中に冷たい汗が流れた。

 だが現状は俺が優位な立場。

 そのことを思い出した俺は、冷静になって自分を落ち着かせ、冷めた目で王女を見下ろしながら口を開く。


「あのさー、ちょっとは人の話を聞こうぜ」

「……ど、どうしても、わたくしを、な、なぐさみ者に、す、する気なのですわね」


 先ほどの威勢はどこへやらで、王女は広げた手足を縮めて丸くなってしまった。


「いい加減黙れ! そんでまずは俺の話を聞け!」

「――!」


 王女のペースに合わせていると、さすがに会話にならないので、つい大声で怒鳴ってしまった。

 すると王女は、ビクッとして口をパクパクさせて黙ってしまう。


 ん? もしかして、怒鳴って命令口調で喋ると、その言葉に強制力が出るのか?


 まだテイム能力を把握できていない俺は、王女の態度から自身の能力を推察してしまう。


「あのな、いくらお前が憎たらしくても、俺は女に手を挙げないし、無理やり変なことはしない。それは俺の信条だ」

「…………」

「そういうのは何だ、愛し合った男女がすることで、強制的にするもんじゃない。分かったか?」

「…………」


 返事がない、ただの西洋人形のようだ。


「…………」

「…………」

「…………ん?」


 もしかすると、『黙れ』って命令が未だに効いてるのか?


 よく喋る王女が、ずっと押し黙ったままなことで、そんな考えが頭をよぎる。

 だがしかし、初めて命令っぽい口調で『答えろ』と言った際は、王女は素直に答えたが、その後は命令が解除されたような状態だった。

 先ほどと今、何故こうも反応が違うのか分からない。


「もう喋っていいぞ」


 分からないことは追々知っていけばいい。

 だから今は、会話を進めるために命令を解除するような言葉をを口にした。


「……犬っころの言うことなど、信用できませんの」

「何をもって信用できないなんて言うんだ?」


 いや、確かに信頼関係など出来上がっておらず、俺も一切合切クソ女を信用していないが。


「全裸でそんなモノをみせつけておいて、なんて白々しい」

「全裸? あっ……」


 腰に手を当てて仁王立ちしていた俺は、自分の体を見て思わず間抜けな声が出てしまった。

 どういうわけか、俺はものの見事に全裸だったのだ。

 しかも何故か、息子が誇らしげにポージングしている。


 ちょっと恥ずかしい……。


 俺は王女に背を向け、どうして自分が全裸なのか思案する。

 すると、湖にボロ布が浮いているのが視界に入った


 多分だけど、崖から落下して湖に落ちる間に、服が木の枝とかに引っかかって破れて、それから全裸だったんだろうな。


 意識が戻った以降、生き残ることに必死だった俺は、自分の格好などまったく気にしていなかった。

 しかし一度指摘されてしまうと、全裸でいることが恥ずかしくなってしまう。

 その結果、俺は湖面に浮かぶボロ布を即座に回収し、面積の一番大きかった物を腰に巻いた。


「言っておくが、俺が全裸だったのは不可抗力だからな」

「…………」


 俺が湖に入ってる間に立ち上がっていた王女は、無言で俺の顔と腰当たりで視線が行ったり来たりしている。

 視線が気になってので確認すると、腰蓑状態のボロ布が押し上げられていた。


「こ、これは、あ、あれだ……」


 言葉が出ない。

 しかし、思い当たることはある。


 この世界にきて約ひと月、それっぽい王宮メイドを充てがわれていた勇者御一行様と違って、俺にはそんなメイドもいなければ、体の痛みや疲れでなんやかんやする気力も湧かなかったのだ。

 それと先ほどの回復ポーション。

 これが弱っていた体を元気にしてくれたので、特定の部位がどうこうではなく、体全体が回復していた。

 結果的に息子も元気になっているわけだが、そうなる下地が作られていたのだから仕方ない。


 ん、下地?

 ちょっと待てよ。原因の一端は、この女にあるってことじゃねーのか?


「原因はお前にある」


 俺は左手を腰に当て、右手の人差し指を王女に向けた。

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