第8話 幕間 王女の葛藤(後)

「チッ! 何がテイムよ、この軟弱者!」


 わたくしは感情のままに叫ぶ。


 弱い犬っころでも、自分の力で戦うことを学ばせたかった。

 だというのに、このペットはテイムに頼ろうとしたのだ。

 テイムをするということは、自分の力ではなく、従わせた魔獣に戦わせることを意味する。

 わたくしとしては、犬っころが少しでもこの世界でも強く生きていけるようにと、心血を注いで躾をしてきたというのに。


 そんなわたくしの想いも知らず、テイムした魔獣に頼ろうとする、その軟弱な思想が気に入らなかった、裏切られた気分になった。

 だからわたくしは、罰の意味も込めて一本鞭から刃を潰した模擬剣に持ち替え、犬っころの頭上に剣を振り下ろす。


「な、何なの?」


 振り下ろした剣が、何故か犬っころの寸前で止まっていたのだ。


 あまりの腹立たしさに、珍しく我を忘れてしまったわたくしだが、すぐに我に返ってあることに思い至る。


 確かテイムされた従魔は、テイマーに危害を加えられない。そう学んでいた。

 そして先ほどの衝撃。

 あれはもしかすると、主従契約が結ばれたことを分からされたのではないか。

 だがありえない。

 何故ならわたくしは人間。人間はテイムできないはずなのだから。

 それでも学んだこと云々ではなく、本能がそうではないかと訴えかけてくる。

 とても不安になった。


 だからわたくしは問いかける。


「あなた、一体何をしましたの?」

「わ、私は何も……」

「チッ!」


 おどおどとした態度を見せるペットに得も言えぬ不快感を覚え、思わず舌打ちをしてしまったところで、わたくしはペットを部屋から追い出した。


 わたくしはノルベルト王国の第一王女。

 例えペットの前であろうと、王女らしく振る舞わなければいけない。

 しかし現状の感情では冷静でいられない、そう判断した結果だ。


 わたくしはその夜、悶々とした気持ちでなかなか眠りに就けなかった。


 ◇


 浅かった眠りから覚めて翌日を迎えると、ペットを含めた勇者たちは実地訓練で、王家の谷へ向かったという。

 であれば、最近は短時間しか行なっていなかった自分の訓練を、いつも以上に気合を入れて行うことにした。


 何故か本日は、わたくしの師匠であるこの世界の剣聖と一緒に、召喚勇者の剣聖……名前は確か”オトル”といったかしら? おどおどして弱そうな勇者が同席している。

 そして何故か、師匠とおどおど勇者が組手をし、わたくしはその見学をした。

 内容は師匠が圧倒していたが、おどおど勇者はあまり攻撃せず、結果は師匠の完勝と言えよう。


 その後、おどおど勇者は退席し、わたくしが師匠と組手を行った。

 今となっては姫騎士であるわたくしの方が強くなっており、師匠……いや、かつては師匠だったこの世界の剣聖を圧倒して対人訓練を終える。

 間接的に、わたくしの方が召喚勇者より強いと証明された格好だ。


 その後、人払いをして誰もいなくなったところで、わたくしはフルフェイス型の兜を脱ぐ。

 重く息苦しい兜から開放されたわたくしは、ひと休みした後に自慢の剣を手に取り、今度は形の稽古を始める。

 ペットを躾けるために心を鬼にして鞭を振るうより、姫騎士らしく剣を振る方が断然楽しい。そう思えた。


 それからしばらく稽古に没頭していると、急に目の前が眩しくなった。


「な、何ですの?!」


 突然のことに驚きの声が出てしまった。


 少ししてようやく目が開けられるようになる。

 ゆっくり瞼を持ち上げると、そこには何故か犬っころがいた。


「――ちょっ、犬っころ! どういうことですの? 説明なさい!」

「なんだよお前、マジできたのかよ」

「なっ! 犬っころの分際で、このわたくしをお前呼ばわりとは生意気な。ぶち殺しますわよ!」


 訳の分からない状況で分をわきまえないペットの言葉。

 ひと月も心血を注いできたのに、躾がこれっぽっちも身についていないペットの言動に、わたくしの体が怒りに震えた。

 それは不甲斐ないペットに対してなのか、はたまた躾もろくにできなかった自分自身に対してなのか分からない。

 何にしても、頭に血が登ってしまったのは確かで、わたくしは犬っころに剣を振り下ろしていた。


「ど、どうして、ですの……」


 がしかし、昨夜と同様、私の剣は犬っころに届くことなく止まってしまう。


「あ、あなた、やはり・・・わたくしに何かしましたわね」


 信じ難い状況に、昨夜も感じた『自分がテイムされているのでは?』という考えが間違いではないような気がしてくる。しかしそれは受け入れ難い。

 だからわたくしは、ただの気の所為、そう自分に言い聞かせる。

 すると――


「ねぇねぇ、俺をペットにしたつもりが逆にペットされて、今どんな気持ち?」


 わたくしが自分を落ち着かせていると、犬っころが今まで見せたことのない言動であおってきたのだ。


「なっ! 何を言ってますの?」


 今のわたくしは、本当に何が何だか分からないほど混乱してしまっていた。

 しかし、私の本能が訴えかけてくる。


 わたくしはこの男にテイムされた、と。


 王女でありながら、王国の秘密兵器として秘匿され続けてきたわたくしは、何もなさぬまま異世界人のペットとなってしまった。

 姫騎士として戦働きをすることもなく、わたくしはペットとなってしまったのだ。

 ただの一度も輝けなかったわたくしは、この先も輝くことはできないのだろう。


……ダメですわ! わたくしはノルベルト王国第一王女にして、姫騎士であるエロイーズ・ノルベルト。

 こんなことに屈する訳にはいきませんの!


 役立たずなペットのペットになるなど、受け入れてはいけない。

 そもそも、王女であるわたくしが誰かのペットになるなど、絶対にあってはならないこと。


 だから現状がどうであろうと、わたくしは抗うことを決意した。

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