第7話 幕間 王女の葛藤(中)
『ペットがほしい』
そんな気持ちで心が支配されているわたくしの前に、不要とされた異世界人がいる。
いきなり呼び出されて即不要と言われてしまった彼が、『捨てられた子犬』に出てきた子犬と重なって見えて、なんだか可哀想という気持ちにもなった。
それらの感情が
結果的に、わたくしは初めてのペットを得た。
建前上父王には、『私を楽しませるための従者にする』と伝えたけれど。
「念願のペットを手に入れましたわ」
しかもペットは、魔獣をテイムできる職業の者。
ペットにオオカミ系の魔獣をテイムさせれば、さらにもう一匹ペットが増える。
なんとお得なペットだろうか。
捨てられた異世界人を憐れむ気持ちよりも、ペットを飼えるようになったことの方が嬉しくなっていた。
「わたくしが主人のエロイーズですわ。王女であり姫騎士であるわたくしに飼われること、誇りに思いなさいな」
勇者召喚が行われた翌日、さっそくペットを自室に呼び出し、わたくしが主人であることを伝えた。
「今日から犬っころは、勇者の訓練に参加するのよ。分かったかしら?」
「私は犬ではありません」
「おだまりなさい!」
「――っ!」
ペットの分際で生意気にもわたくしに口答えしてきたので、手にした一本鞭をピシリと打ち付けてやった。
わたくしはテイマーの勉強をしていたから知っている。
ペットを鞭で叩いて恐怖を植え込み、主従関係を叩き込むのが大事だと。
そこに情けは無用。
むしろ、可愛がるだけで躾を怠ることの方が、飼われるモノが不幸で可哀想だ。
だからわたくしは、心を鬼にして鞭を打ち付ける。
敢えてペットの前ではバタフライマスクを外し、誰が主人であるか分からせるために素顔を見せつけて。
ペットを躾けられる喜びと、主らしく振る舞えているか、という不安を表情に出さないように気をつけ、わたくしは鞭を振るった。
何度も鞭を打ち付けた効果は
ペットはそう時間もかからず、従順になっていた。
「弱いのよ、この犬っころ!」
弱いと分かっていいながら、わたくしはペットを勇者の訓練に参加させていた。
少しでも強くなってほしい、そんな願いを込めて。
しかし、勇者として召喚した者に巻き込まれてきただけのペットは、一般人よりは丈夫な体をしているが、戦闘力は上級一般兵程度といい勝負。
むしろ、異世界人特有の丈夫な体を活かした強引な戦い方でその程度だ、刃の付いた剣で打ち合えば、それこそ下級兵士程度の力しかないだろう。
当然、あのオークのような勇者に手も足も出ない。
「犬っころの主人は、姫騎士であるこのわたくしなのですよ!」
わたくしは如何にも『不快だ』と言わんばかりの態度を取り、弱くて当然なペットを鞭で打ち付けた。
いくらペットが従順な姿勢を見せているとはいえ、躾は一朝一夕で身につくものではない、繰り返し続けることが大事なのだ。
これはペットのため。わたくしはペットを躾けている。
心を鬼にしたわたくしは、一撃、また一撃とペットを打ち付けた。
しかしペットは、鞭を打ち付けられる度に、何かを懇願するような弱々しい目を向けてくる。
わたくしはその視線に耐えきれず、顔を歪ませそうになったり、思わず目をそむけそうになるが、それをしてはいけない。
むしろ主として、余裕のある態度を見せなければいけないと思い、無理やり作った笑みを顔に貼り付ける。
それにしても驚いた。
ペットとは素顔で向き合いたいと思い、いつも忌々しく思っていたバタフライマスクを外して対面しているのだが、表情を読まれたくなくてマスクに頼りたくなる。
自分のこんな感情を知れたのも、ペットに出会えたからだ。
◇
そんなこんなでペットを飼い始めてから約ひと月が経った頃、鞭を打ち付けていると犬っころがいつもと同じ懇願をしてきた。
「だ、第一王女、殿下。明日、明日こそ頑張りますので、ど、どうかご容赦を」
犬っころは、頑張ってもまったく結果が出せない。
頑張ったところで勇者に手も足も出ないのは、わたくしも既に分かっている。
「あなたは毎日そんなことを言うけれど、いつまで経っても、ただの一撃さえ叩き込めておりませんの! 本当に情けないですわ!」
無理だと分かっていても、それでもペットを鞭打つ。
努力を怠ってはいけない。
頑張れば一撃くらい入れられるようになるかもしれない。
努力は人を裏切らない。
そんな風に育てられた自分が、その言葉が事実であると知りたかったのもあって、まるで答えを探すような気持ちで叩き続けた。
「この犬! 犬! 犬! ハァハァ……」
ペットの躾は本当に大変ですわ。
今日も息が切れるほど犬っころを叩けた。
主として、十分な躾ができたことに充実感を覚える。
「せ、せめて、テイム……テイムをさせてください」
本日の躾は終了、そう思ったところで、ペットが尻餅をついた無様な格好で右の掌を突き出し、そんなことを言ってきた。
するとわたくしは体に、雷でも落ちたような衝撃を感じる。
それはきっと、弱いくせに生意気なことを言ったペットに対する怒りが、わたくしの体内を巡った衝撃なのだろう。
わたくしは頭が沸騰するような衝動を覚えた。
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