第6話 幕間 王女の葛藤(前)

 父である国王陛下が、ついに決断した。

 禁断とも言われている、異次元から勇者を呼ぶ勇者召喚を行うことを。

 長年人間族に不干渉を貫いていた魔王が、休眠に入る際に魔王の座から降りると宣言したのが原因とのこと。


 わたくしには細かい理由など分からないが、休眠に入った魔王が魔王でなくなることで、魔族の上位種である魔人族が人間に危害を与えてくる可能性がある、ということは理解した。


「勇者など必要ありませんのに」


 称号を持って生まれてくるのが稀な世界で、わたくしは”姫騎士”という戦う女性の最高位とも言われる称号を持って生まれてきた。

 そのわたくしは、過去の偉人で『戦神』や『戦乙女』と呼ばれたエロイーズ様の名を頂戴している。


『エロイーズ・ノルベルト』


 それがノルベルト王国第一王女である、わたくし自慢の名ですの。


 しかしその名は、わたくしの自慢であると共に重荷でもあった。

 姫騎士として強くあれとしごかれるのと同時に、王女らしく淑女であれと厳しく躾けられ、子どもらしく遊ぶことも許されなかったのだから。


 それでいてわたくしは、ノルベルト王国の秘密兵器。

 おいそれと力を見せるわけは行かず、生まれてから22年間、一度も城壁の外へ出たことがない。

 それどころか、王宮内では自室を除いてバタフライマスクで顔を隠す生活を強いられるほど、わたくしの顔は徹底的に秘匿されていた。

 だからわたくしの周囲には固定の従者しかおらず、その者たちから剣技や淑女教育、いや躾が行われたのだ。

 その生活は、過保護な箱入り娘などという生易しいものではなく、自由を奪われた籠の中の鳥のような、息の詰まるものだった。


 そんなわたくしにも、ついに力を見せる時が訪れた、そう思っていた。

 なのに――


「どうしてお父様は、わたくしがいるのに勇者など召喚するのかしら? 相手が魔人族であれば、秘密兵器であるわたくしの力を見せるに不足はありませんのに」


 いよいよ姫騎士として戦えると思って出陣を打診したところ、父王はそのような危険を冒す必要はないと言ってきた。

 わたくしの素顔を見ることのできる父王が、類まれな美貌を褒めちぎることから、この美しい顔に傷をつけたくない、そう思っていることは容易に想像できる。

 しかし、ここで出陣しないのであれば、わたくしはいつになったら戦場に立てるのだろう。

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、わたくしは自室に戻る。

 そして、溜まった鬱憤を自分の顔を隠す忌々しいバタフライマスクにぶつけるように、雑に外して放り投げる……が、そんなことでは気休めにもならなかった。


 そうして鬱憤を募らせること暫し、いよいよ勇者召喚当日を迎える。

 儀式を行うのは、聖女の称号を持つ妹のレニャ。


 レニャを中心に行われた勇者召喚の儀式は、一応成功したらしい。

 しかし当初予定していた4人ではなく、5人召喚されたようだ。


 勇者召喚が失敗すればわたくしが戦場に立てますわ、などと思っていたため、密かに失敗を願っていた身としては、召喚人数のズレがあれども、成功してしまったことは正直残念に思った。

 この考えは、王女として間違っていると理解しているが、姫騎士として国の役に立てていない現状、どうしても気が急いてしまっている。


 そんな情けなさや恥ずかしさを抱えわたくしも、王家の一員として一応謁見の間にきている。

 とはいえおおっぴらに人前に姿を現せない立場だけに、玉座の裏から状況を眺めているわけなのだが……。


 それはそうと、勇者の称号を持たない者が紛れていることが発覚した。

 しかもその者は、職業が使役師という自力で戦えない者だったようで、父王は不要だと断じたのだ。

 するとオークのような野蛮な勇者が、その役立たずな者を完膚なきまでに叩きのめしてしまう。


 結果、父王は勇者でもない役立たずを追放すると宣言。

 わたくしは自分が秘匿されている存在であることも忘れ、玉座の裏から飛び出して父王に声をかけた。

 バタフライマスクは着用しているので、許される範疇だろう。


「ならば陛下、そこの者はわたくしが貰い受けてもよろしいかしら?」


 役立たずと断じられた者の職業は使役師で、猛獣使いや調教師の同類とのこと。

 それを聞いたわたくしは、俄然その者に興味を抱いてしまう。


 何故ならわたくしは、幼少期に『捨てられた子犬』という童話が大好きだった。

 挿絵の黒い子犬は、幼いわたくしの心を鷲掴みしたのだ。

 そして、魔物でもない弱い動物である犬は、ペットとして貴族にも人気があると教わった。

 だからわたくしも犬が飼いたいと言ったのだが、王宮内でペットを飼うのはダメだと言われて諦めた過去がある。


 今思えば、籠の中の鳥であったわたくしは、謂わば父王のペット。

 ペットであるわたくしがペットを所望することは、父王には許せなかったのかもしれない。


 それでも諦めきれなかった当時のわたくしは、妙案を思いついてしまう。

 ペットが飼えないのであれば、テイムを覚えて獣魔を従えればいい、と。


 子犬とは違うが、オオカミ系の魔獣の子どももまた、もふもふして子犬のようにかわいいと言うのだ。

 だから魔獣をテイムする方法を一生懸命勉強をしたが、わたくしには素質がなかったらしく、テイム技術を身につけることができなかった。


 そして気づけば、わたくしはペットを飼えないまま今に至っている。

 しかし、今ひとりの異世界人が追放処分を受けたのだ。

 そしてわたくしは、天啓が降ったような感覚に包まれた。


『動物が飼えないのであれば、異世界人を飼えばいいじゃない』


 今のわたくしは、もはや何でもいいからペットがほしい、その一心だった。

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