第3話 危険に瀕するペット

 翌朝、寝起きに肩などを回して体調を確かめる。

 昨夜のうちに回復士に癒やされたことで、それなり以上に体調が戻っていることを確認した俺は、いつものように訓練場に向った。


「あれ?」


 訓練場に付くと、いつもは誰より先にいる優がいない。


「教官殿、優の姿が見えませんが」

「ん? 何だ貴様か。――本日、剣聖の勇者マサル様と団長は別行動となっている」

「どうしてですか?」

「貴様に教える必要はない」


 すっかり現地人にも下に見られている俺は、ちょっとした質問も適当にあしらわれて答えてもらえない。

 剛拳たちチンピラに”劣るおとる”と呼ばれていじめられていた”まさる”が、剣聖の勇者として崇め奉られているのとは大違いだ。


 しばらくして優以外の勇者たちが集まり、教官役の騎士から『本日は実地訓練を行う』という旨を説明され、数人の騎士に引率されて現地に向かうことに。

 行き先は、”王家の谷”と呼ばれる場所とのこと。

 何とも岩やら砂のイメージが湧く名だが、現地に着いたらそこは辺り一面木々がお生い茂る森だった。


「本日は初日であるため、この山道さんどうを進んだ先にある谷まで行って帰ってくるだけであります。この行動は、見知らぬ地を歩く訓練だと思ってください」


 それを聞いた剛拳と腰巾着1と2は、「だりー」などと不満の声を漏らしている。


「もし勇者様方に危険があれば、我々が敵を排除いたしますが、気を抜かずに索敵を行なっていただきたいと思います」

「おいおい、オレたちゃ勇者だぞ。――おっと、一匹そうじゃねーのがいたな」

「第一王女の飼い犬が紛れ込んでるな」

「おい、老けた子猿こざるの間違いだろ?」


 ふざけんな剛拳の腰巾着1と2!

 俺は飼い犬かいいぬじゃなくて犬飼いぬかいだ!

 それとコザルじゃなくてシエンだゴラァ!

 まったく、”子猿”と書いて”しえん”と読ませるとか、名付け親のじいちゃんにはまだ文句が言い足りないぜ。


 俺はそんなことを心の中で愚痴っているが、俺のことなど眼中にないとばかりに、剛拳は教官に絡む。


「なー教官、お前らが倒せる相手に、オレたちが勝てねーとでも思ってんのか?」

「め、滅相もないことでございます。ですが我々は――」


 剛拳の言葉に教官はしどろもどろになりつつも、騎士の役目などを説明しはじめた。

 だが騎士がどうのこうの以前に、剛拳は初めての探索なのだから、いきがらず大人しく聞いていればいいのに、無駄なプライドを見せつけるのが如何にもガキだ、と俺は思う。


 ちなみに、優や剛拳を含めた勇者4人は、同じ高校の3年生で全員18歳らしい。

 30歳の俺からしたら、まだまだ全員ガキだ。


 グダグダな感じで始まった初の探索は、自信満々な剛拳が先頭を歩き、あまりルートがズレるようなら教官がルートを正し、何の問題もなく目的地に到着した。


「何だ、魔物なんか全然出ね―じゃねーか」

「勇者様の迫力に物怖じして、魔物も近寄れなかったのでしょう」

「そーゆー訳か。じゃーしょーがねーなー」

「はい。きっとそうであります」

 

 くだらないやり取りを尻目に、俺は突き出た崖の先端に足を運ぶ。

 剛拳を馬鹿にしている俺だが、基本そっちよりなため、高い場所が好きだ。

 なんとか・・・・と煙は高い場所が好きらしい。


 そんななんとか・・・・な俺は、勇者召喚でも勇者になれず、日本でもちゃんとした就職もできていない半端者でしかない。

 だからこそ、過去の勇者召喚に巻き込まれた際、支援職であっても頼られることが嬉しかった。

 一方で、人であれなんであれ、見下ろすことが好きな人種なのだ。


 そんなところは、俺も剛拳と変わらないのかもしれないな。


 なんとなく嫌な気分になりながら、膝と手をついて崖下を覗き込む。

 だがあまりにも深すぎるようで、崖下にあるはずの谷底が見えない。


 面白みのない崖下を覗いていた顔を上げ、眼前に広がる雄大な自然を眺めながら呆けていると、背後に何やら気配を感じた。

 何となくだが勘違いではない気がして、慌てて立ち上がった俺は即座に振り返る。

 と、そこには――


「オッサンのくせに、なかなかいい勘してるじゃねーか」


 豚っ鼻のブサイクな顔に、少しだけ引き締まった力士のような背格好の男、拳聖の勇者である剛拳が、手下の勇者ふたりを従えて立っていた。

 そのことに嫌な予感……いや、危険を感じた俺は、何食わぬ顔をで口を開く。


「なんだ、もう出発か? わざわざ声をかけてくれてありがとな」


 そう言いながら剛拳の横を通り過ぎようとしたところで、俺は右肩をグッと掴まれてしまう。


「オッサンの帰る場所はそっちじゃねーんだ」


 嫌な予感は確信に変わり、掴まれた肩に剛拳の指が食い込んでくる。

 ズキズキと痛む肩に顔をしかめそうないなるが、俺は冷静を装う。


「ん、どう言うことだ?」

「国王からの命令でな」

「――陛下の命令?」


 俺はてっきり、剛拳の私情で仕掛けてきたものだと思っていた。

 まさかこんな場所で、『国王からの命令』という言葉が出てくるなど想像もしていなかったのだ。


「エロイなんとかって王女がオッサンに入れ込んでるのを、国王はよく思ってねーみてーなんだわ。んで、オッサンを始末しろって命令されちまってな」

「ふざけんな」


 俺が王女に可愛がられてるとかなら、国王の言い分も百歩譲って受け入れよう。

 だがな、俺はクソ王女にぶちのめされ、しいたげられているんだ。

 入れ込むにしたって、確実に色恋のそれじゃない。

 だというのに、そんな理由で俺を始末する?

 納得できるか!


「陛下に直談判する!」

「おいオッサン、何か勘違いしてね―か?」

「何だと?」

「オッサンは勇者でも何でもねー、ただのペットだ。国王に直談判なんかできる立場じゃねーんだ、よっと!」


 剛拳は左手で俺の肩を掴んだまま、右の拳を俺の腹に叩き込んできた。


「ガハッ――」


 その衝撃で体内の空気を全て吐き出させられた俺は、酸素を求めて息を吸い込もうとするが、体が言うことを聞いてくれない。

 しかも剛拳が手を離したことで、俺は自力で立っていられず、膝から崩れ落ちそうになる。


「消えろ、猿回しのオッサン」


 その一言と同時に、下からすくい上げるようなフック気味の素早いワンツーを顔面に入れられた。

 剛拳の重い拳により、軽く体が浮き上がった俺の膝が再度落ちる。

 瞬間、拳聖の勇者らしい剛拳の豪快なアッパーを顎に叩き込まれ、俺の体は木の葉のように宙を舞う。


 そして、底の見えない谷の上空に体を放り出されている、という最悪な況で、俺は完全に意識を失ってしまった。

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