第2話 甚振られるペット
謁見の間で意識を失った俺は、女王様気質の性悪王女……もとい、第一王女のエロイーズから、俺が王女のペットになったことをハッキリ告げられた。
それからは鞭を叩きつけられる毎日が始まり、既に召喚が行われてから約ひと月が経過している。
「毎日無様にやられるばかり。どうして一撃くらい勇者に入れられませんの! この恥晒し!」
そして今日も今日とて、亀のように
理不尽すぎる現状を心の中で
大体にして、俺は勇者の称号を持たない使役師で役立たず、という理由で追放を言い渡されているのだ。
そんな俺を勇者の訓練に参加させ、勇者を倒せとかいう無理難題を押し付ける方が、どう考えてもおかしい。
もしそんな力があるのなら、そもそも俺は追放されていないだろう。
だからいい加減、王女は自分が無謀な指示をしていると気づいてほしい。
いや、違うな。
この女は俺が無様にやられるのを見て楽しみ、それを理由に自分が鞭を振るうのを楽しんでいる。
一粒で二度美味しいって感じか。
今日だって――
「第一王女の犬っころ、今日の訓練はこれで終わり、っだ!」
「――ガハッ」
勇者専用訓練場の中央で、拳聖の勇者であるチンピラリーダーもとい、
連日行われている勇者特訓の締めを飾る、もはやお馴染みとなった光景だ。
「レニャ、そこに転がっているわたくしの
召喚された初日、俺が意識を手放す寸前に耳にしたのと同じ
その声の先には、王女エロイーズがいる。
彼女は、バタフライマスクで隠されていない口元で三日月のような弧を描き、俺だけが知っている歪んだ笑顔を見せてその場を去っていく。
あれを見せられては、俺がやられるのを楽しんでいることが丸分かりだ。
俺は悔しさや情けなさを抱え、ただ唇を噛んで耐えた。
だが勇者訓練は悪いことばかりでもなく、優しさも十分に感じられている。
「だ、大丈夫ですか犬飼さん?」
訓練が終わるといの一番に俺を心配してくれるのは、いじめられっ子
「大丈夫だ。迷惑かけて悪いな。それはそうと、今日の動きもキレッキレで良かったぞ」
「ぼ、僕は自分の力に振り回されてて、ま、まだまだ、です」
長い前髪で目を隠している優は、対人恐怖症の類なのか、どもるような喋り方で会話が上手くない。
日本でも少し顔を合わせる程度であまり会話をしたことがなかったが、この世界でひと月一緒に訓練していたおかげで、少しずつ会話ができるようになっていた。
そんな優だが、勇者として一番優れていると言う”剣聖”の職業を得ている。
今はまだ弱気な優だが、それを克服したら凄い勇者になるだろう。
現に拳聖である剛拳との模擬戦で、優は一撃も喰らっていないのだから。
「イヌカイさん、すぐに癒やしを施しますね」
彼女の優しさは体だけではなく、荒んだ俺の心をも癒やしてくれた。
そんなレニャは、小柄な優よりもっと小柄だ。
だが彼女は、その小さな体から想像もつかない大きな力で、俺の体全体を包み込むように癒やしてくれる。
その姿は、『どこの騎士王だよ』と言いたくなるようなファンタジー風西洋鎧を着込み、自室で背の高い籐椅子にふんぞり返って偉そうに座り、
――って、いつまでも現実逃避してられないな。
今も俺は、その第一王女から鞭を打ち付けられている。
痛みを紛らわすように意識を逸していたが、さすがに現地人より丈夫な異世界人の俺とはいえ、いい加減限界だ。
「だ、第一王女、殿下。明日、明日こそ頑張りますので、ど、どうかご容赦を」
俺は王女に手を止めてもらおうと懇願する。
今の俺には恥も外聞もない。
この苦痛から逃れる、そのための方便を口にするしかなかった。
「あなたは毎日そんなことを言うけれど、いつまで経っても、ただの一撃さえ叩き込めておりませんの! 本当に情けないですわ!」
その台詞をいうのであれば、せめて悔しそうに眉をひそめるくらいしてほしい。
何故バタフライマスクを外し、そんな歪んだ笑みを見せつけ、弾んだ声でそんなことを口にするのだ。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――。
「この犬! 犬! 犬! ハァハァ……」
散々俺をブチのめし、気持ち悪い笑みを浮かべて息を切らす王女。
ハァハァ言いってるお前の方がよっぽど犬だろうが! そう
「せ、せめて、テイム……テイムをさせてください」
これ以上は本気で勘弁してほしかった。
だから王女の蛮行を止めるように、俺は尻餅をついた無様な格好で右の掌を突き出し、もう止めてくれという言葉を出さず、せめて職業を活かした戦闘をさせてもらいたい――つまり、何かテイムさせてほしいと願い出たのだ。
「チッ! 何がテイムよ、この軟弱者!」
何故か王女の怒りのスイッチを押してしまったようで、彼女は顔に貼り付いた気持ち悪い笑みを捨て、鞭を放り投げて模擬剣を手に取る。
すると、怒りの形相でその剣を振りかぶり、
が――
「な、何なの?」
差し出していた右腕を咄嗟に引いて頭をガードしていた俺だが、一向に衝撃が襲ってこないことを不思議に思う。
そして衝撃の代わりかのように、王女の戸惑うような声が聞こえてきた。
俺は俺で何があったのか分からず、恐る恐る腕を下ろし、彼女へと目を向ける。
すると、鬼のような形相をした王女と目が合ってしまう。
その目、めっちゃ怖いんですけど……。
「あなた、一体何をしましたの?」
「わ、私は何も……」
何をしたかと問われても、俺にはサッパリ分からない。
どうしてそんな微妙な距離で剣が止まっているのか、むしろ俺の方が聞きたいくらいだ。
「チッ!」
しばらく間を置いてから不意に舌打ちをした王女は、よく分からないが部屋から出て行けと言い出した。
俺からしてみれば、今日の
こうして、理不尽な仕打ちを受ける一日が終わった。
しかし、今日は少しばかり王女の様子が違ったことが気になる。
といっても、今の俺が気にしたところで現状は変わらない。
もはや感覚が麻痺しているのか、この狂った現状に慣れ始めてしまっていた俺は、深く考えることもなく眠りに就いた。
運命の分岐点に差し掛かっているということも知らずに――
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