第7話
分かっていたはずだった。
分かっていたはずなのに、自分とアリスに対する態度の違いを見せつけられて、胸が痛くてたまらなかった。
(あんな風に……楽しそうにしゃべる人だったんだわ)
いつもいつも仏頂面だったのも、ろくに喋りもしなかったのも、隣にいるのがアリスではなくユリアだったからなのだ。
話すのが苦手な、不器用な人なのだと思っていた。
不器用なりに歩み寄ろうと努力してくれているのだと思っていた。
だけどそんな幻想は木っ端みじんに打ち砕かれた。
話しかけてもろくに返事もしなかったのは、話術で楽しませる価値もない相手だと見下されていたからだろう。
(もう事故物件になってもいいから、婚約解消してもらおう。プレゼントも全てお返ししして……ああもしかして、慰謝料も払わなければいけないのかしら。いいわ、おばあ様から個人的に受け継いだ遺産もあるし、耳を揃えて払ってやるわ!)
とはいえアンドリューのような非の打ちどころのない男性との婚約を破棄しようものなら、もうまともな縁談は望めない。来るとしたら年寄りの後妻か。あるいは高位貴族との繋がりが欲しい新興貴族か。
(まあろくな縁談がなかったら、修道院にでも入ってしまえばいいんだし!)
しかしユリアはそれでいいとしても、実家の方はどうなるだろう。格上の公爵家との縁談をよく分からない理由でぶち壊したら、ラフロイ伯爵家の名に泥を塗ることにもなりかねない。社交界におけるヘンリーの立場にも差しさわりが出るのではなかろうか。
(大丈夫よ、あんな変人、周りにどう思われたって気にしないわよ!)
しかしヘンリー本人はそれで良くても、彼の妻であるグロリアはやはり気にするだろう。兄嫁はおっとりした人の良い女性で、夫の骨董趣味にも文句ひとつ言わずによく仕え、義妹のユリアにもなにかと親切にしてくれる。彼女を苦しめるのは不本意だ。
ぐるぐると考えているうちに、やはり自分さえ我慢すれば全て丸く収まるのではないか? という気持ちがわいてくる。
旦那様に他に愛する人がいる、というのは貴族社会では別段珍しい話ではない。ユリアに興味がないとしても、形の上では大切にしてくれそうではあるし、生活自体は修道院よりはるかに快適なはずである。
この際わがまま言わずに割り切って、結婚してしまえばいいのではないのか。
しかしユリアの場合厄介なのは、夫になる人の恋愛対象が赤の他人ではなく、自分の友人である点である。しかも彼の友人の妻でもある。結婚すれば当然のようにアンダーソン夫妻を頻繁に招いておもてなしする羽目になるだろう。
夫が自分の友人の前で恋する男になる姿を、毎回のように見せつけられる。それはどう考えても地獄である。
結論が出ないまま時が過ぎ、やがて深夜になって、ぼうっと鏡が光り出した。
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