第4話

 ユリアが寝付けないままベッドでごろごろしていると、深夜二時を回ったところで、再び例の鏡が発光しているのに気が付いた。

 ガウンを羽織って飛んでいくと、案の定、男性らしき影がぼんやりと映っている。

 やがてユリアに気付いたのか、彼の方からおずおずと声をかけて来た。


「……君はこの前と同じ女性か? 誕生日プレゼントに鏡をもらったっていう」

「ええそうよ。そういう貴方は、婚約者へのプレゼントについて悩んでいた殿方ね?」

「そうだ。今日直接会って聞いてみたんだが、彼女の好みはやはり以前とは変わっているようだ。君のアドバイスに感謝する」

「そうなの、それは良かったわ」

「そこで図々しいんだが、婚約者を連れて行くレストランについてもアドバイスを頼めないだろうか」

「ええ、もちろん構わないわよ」

「今日デートのときに、彼女を俺の行きつけに連れて行ったんだ。最近はやってる店で、食通の友人たちにも評判がいい。内装は明るくて洗練されているし、給仕のマナーも完璧だったと思う。しかし彼女はなにかが気に入らなかったようで、微妙な反応だったんだ」

「聞いた限りでは特に問題はないようだけど、料理はなにを注文したの?」

「子羊をメインに据えたコースだ。店の名物料理だし、前に食べて旨かったから、彼女にも食べさせてあげたいと思ってね。実際、今日も旨かったと思う」

「二人とも同じもの? 彼女が貴方に任せるって言ったの?」

「え? いや、彼女の希望は聞いてない。だって女性はデートのときに、いちいち希望を聞かれるのを嫌がるものなんじゃないのか? 頼りないと思われるとかなんとか」

「店はともかくメニューは自分で選びたい人が大半だと思うわよ……」


 ユリアは目の前の男性と会話しながら、妙な既視感にとらわれていた。

 男性の話している内容は、まるで今日のデートでユリアが体験したことそのままだ。

 もしや目の前にいるのはアンドリューではとの思いがもたげてくるが、いやあり得ないと考え直す。


 目の前の男性は、婚約者の友人のアドバイスに従ってプレゼントを選んだと言っていた。しかしユリアが一貫して青を好んでいることは、友人なら誰もが知っていることなので、アンドリューがユリアの友人に聞いてピンクを贈ることはありえない。


 それに鏡の中の男性は、とても話しやすくて感じがいい。いつも仏頂面でろくに喋らず、なにを考えているのか分からないアンドリューとは大違いだ。


「そうなのか、じゃあそれで彼女は微妙な反応をしていたわけか……やってしまったな……」


 今も男性はユリアの言葉でわかりやすく落ち込んでいる。声色はもとより、そのシルエットからもうなだれた様子がありありと伝わってくるほどだ。

 

「大丈夫よ、そりゃちょっと勝手な人だなと思うだろうけど、結果的に美味しければそこまで引きずることでもないし。次はちゃんと彼女の希望を聞いてあげればいいじゃない」

「そうかな、挽回できるかな」

「できるわよ。それにその婚約者さんの方も、なにも言わずに不満な態度を示すだけなのはちょっとどうかと思うわよ? 何か希望があるなら言うべきね」


 ユリアは男性を励ましながら、これからは自分もただ不満に思うばかりではなく、アンドリューに希望を伝えるようにしよう、と心に決めた。

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