真実の愛に祝福(呪い)を
第2話
「ロザリア・キュンメル公爵令嬢!私、アレクシス・ナタレフは貴女との婚約を破棄し、リーシア・ファニル伯爵令嬢との婚約をここに宣言する!!」
王立学園の卒業パーティー。その会場で、壇上に立つ婚約者、アレクシス様の言葉を理解すると同時に異質としか言い様の無い誰かの記憶が入り込んできた。
その多すぎる情報にロザリアの意識は流されかけ、少しでも気を抜けば気を失うことになったに違いない。
「そ…れは、何故ですか……?」
意識が飛びそうになるのを必死で堪えて問い返せば、言葉は自然と震え弱々しげな響きになった。
気を失いかけるほどだから、顔色も相当悪くなっているのだろう。
その様子はまさに今この場で、アレクシスが告げた内容にショックを受けたと周囲には見て取れただろう。
ロザリアの様子を壇上から見下ろすアレクシスは、殊更満足げな表情でニヤリと口に弧を描いた。
「何故だと?分かりきったことを申すな!貴女は学園にて、王太子の婚約者の立場を利用し、数々の横暴な振るまいと下位爵位の子女に対して悪辣な行為を繰り返したではないか!!それらの事実から、貴女が未来の国母として相応しくないと言うのだ!!だからこそ、ロザリア貴女とは婚約を破棄する!!」
横暴な振る舞い?下位爵位の子女に対して悪辣な行為?王宮と学園の往復生活を送るロザリアにとって、アレクシスの口にするそれらのどれも身に覚えは無い事だった。
けれど、それらが事実無根の濡れ衣と証明するだけの手だてが、今のロザリアには無い。
「それで、リーシア・ファニル伯爵令嬢と婚約なさるのは、お二人が好き合っているから…という事ですか?」
「そうだ。私とリーシアは運命的に出会い、真実の愛で結ばれているのだ。リーシアは貴女とは違って、明るく笑い、他者を気遣う優しい心の持ち主。そんな女性こそ、王太子妃、ゆくゆくはこの国の王妃に相応しいと言うものだ」
「真実の……愛、ですか……」
『愛』それは、流れ込んだ記憶の中のローゼリアにもロザリアにも縁の薄いものだった。
だからアレクシスが自信に満ち溢れた晴れやかな顔付で、『真実の愛』と語るのをロザリアは不思議な思いで聞いていた。
幼い頃なら、ローゼリアもロザリアも自身に向けられる他者からの視線や声、温もりに愛を求めたこともあったかもしれない。
けれど、どんなにそれを願っても、物心が芽生えてからと言うもの、それを求めたところで、一度たりともそれが叶ったことが無かったように思う。
『愛……愛かぁ。そう言うの、私は知らなかったなぁ……。愛されるって、どんなことかしら?真実の愛って、どんなものなの?貴女知ってる?』
ロザリアの耳に、ローゼリアの声が聞こえる。
(分からないわ。人を好きになる気持ちは、多少理解できても、愛し、愛されるなんて……私には、無かった事だもの……)
愛されるリーシアと、愛されないロザリア。
得られた者と、得られない者。
それならば愛を得られた者は、どんな時でもやはり愛されるのか。どの様な状況に置かれても、やはり最後まで必ず愛されるのだろうか……。
『私もよ。だから気にならない?だって、私も貴女も今まで愛なんて知らないじゃない。そう言うの、向けられたこと無かったし、受けたこともない。『愛』なんて物が存在するなら、この目で見て確かめたいよね?あの二人は、真実の愛で結ばれているなら、きっとどんな困難もその愛の力で乗り越えられるはずよ!!』
好奇心の塊のような弾む声で話すローゼリア言葉が、ロザリアの中に響いた。
(そうね。私には分からないけど、そうかもしれない。そう、なのかもしれないわね……)
楽し気なローゼリアに対して、ロザリアの心は沈みきっていた。家に帰っても、王太子との婚約を解消されたなら、『そんな娘わが家には必要ない!!』と、切り捨てられるのは目に見えているから。
帰る場所も、行く場所もない。それなら私はこれからどうなるの?
不安ばかりが胸を占め、もう思考も何もかも手放したい気分だった。
『なら、お祝いしてあげよう?真実の愛で結ばれた二人が、永遠に離れなように。運命があの二人を引き合わせて、出会った瞬間から恋をして、真実の愛で結ばれたのよ。そんな二人が、来世でもずっと結ばれるように、永遠に結ばれ続けるように祝ってあげるの!!』
ローゼリアは楽し気に、ただ純粋に二人の仲を祝福するつもりだ。
ロザリアとしては複雑な思いだったが、今にも途切れそうな意識では、まともな思考も理性の歯止めも聞く筈もなく、自身の中に浮上したもう一つの意識、ローゼリアの好奇心に身を任せてしまった。
「『まぁぁっ!真実の愛だなんて、何て素敵なのでしょう!!私には縁の無いものですわね。素晴らしいですわ。ですが、殿下。私の罪については、認めることは出来かねますが、お二人の事は祝福致しましょう。えぇ、心からお祝い致します。ですので、婚約破棄については承知致しますわ』」
アレクシスの宣言に、ロザリアの中のローゼリアが、弾むような笑顔を見せる。一瞬前までの顔色の悪さから一転、喜色満面の笑みを浮かべ、ポンポンと弾けるような、声で話すのだ。
その様子に、唖然とした表情を浮かべたのはアレクシス一人では無い。
会場では、ロザリアの声音や表情の変貌ぶりに気付いた者からどよりとしたざわめきが起きた。
本当に心から『真実の愛』で結ばれたアレクシス達二人を祝うかのようで、アレクシスはそのは様子に戸惑う。
それとも、人間が受け入れがたい現実に直面し精神が壊れたその瞬間を垣間見たとでも言うべきか。
「い…祝ってくれるのか?俺とリーシアの事を」
「『当然ですわ♪だって、お二人はきっと、出会うべくして出会い、互いに惹かれそして『真実の愛』に目覚めたのでしょうから。これを祝福せずに、どうすると言うのですか?私は喜んでお二人を祝福しますわ』」
迷いも翳りもない無垢な笑顔。真っ直ぐに向けられるその笑顔は、今までロザリアには無かった種の笑顔で、アレクシスは戸惑いを隠せなかった。
「そ、そうか……?」
「『……それにしても、真実の愛とは、本当に素晴らしいですねぇ。とっても、素敵で素晴らしいと思います。真実の愛で結ばれたお二人なら、きっとこれから先に待ち受けるどの様な困難だって乗り越えられるでしょう。その晴れ姿は、きっと王国中にも知れ渡筈ですわ!!』」
ロザリアの声とローゼリアの声が重なる。ローゼリアの声は、当然ロザリアにしか聞こえないのだけど。
喜色の笑みの中に時折苦し気な表情が浮かんでは消えを繰り返す。それが、歪で何とも言えない思いをアレクシスに抱かせる。
無垢な笑顔の中に見える、苦し気な笑顔。不自然で、歪なロザリアの表情が、一抹の不安を抱かせるのだ。
それでも『祝福しますわ』そう、ロザリアは言ってくれる。それにに感じるこの不安はなんだろうか?
今ここに居る全てにのし掛かるような、押さえ込まれるような重圧感は、激昂する国王の前ですら抱いたことの無い種の恐怖。
「『本当に、心からお二人の愛の行く末を祝福しますわ』」
にこり。穏やかな笑み。何もかもを許し、アレクシスとリーシアの未来を祝う、何よりも誰よりも穏やかな微笑みを浮かべたロザリア。
『祝福しますわ』の、言葉と共にロザリアが淡く青い輝きに包まれる。その光の一部は、アレクシスとリーシアにも振りかかり……。
今ここに有る意識の半分はロザリアの。もう半分はローゼリアの意識。二者の異なる温度の祝福が、この時発せられていた。
(何故、私だけ辛くて、こんなにも苦しいの?ただ、あの二人を祝うだけなんて……。何かこう、二人にも試練めいたものが課せられればいいのに……)
『あああ~。それもそうね。ただ、祝福するなんてつまらないわ。祝福の前には試練よね。それなら、丁度良いの思いついちゃったわ♪♪♪』
一瞬の発光、一瞬の輝き。それは直ぐに消えてしまった。アレクシスは不思議に思ったが、自身の手を見ても何ら変化は見受けられない。
「今のは……」
不思議そうな表情を浮かべたアレクシスは、直ぐ隣のリーシアが、「ううう……」と、呻くのを聞いた。
見れば、リーシアは苦し気に顔を歪めていた。先程は、見つめ合い頬を桃色に染めていたのに、今は青白くうっすらと冷や汗まで出ている。
明に、何かされている。何かが、リーシアの身に起きている。それをしたのは、間違いなくロザリアだった。
「リーシア、大丈夫か?今の光!!ロザリア!!やはり、祝福ではなくリーシアに何かしたのだろう!?近衛兵!この女を捕えよ!!」
「「……はっ!!」」
アレクシスの言葉に、近衛兵が呼応しロザリアの元に駆け寄る。二人の近衛兵がロザリアの左右を、更に二人の兵が背後を取り囲んでいた。ロザリアは、これに抵抗をしない。現時点で自身に危害が加わるなど露程も考えていないし、感じてもいないから。
しかし、その間にもリーシアの様子は変化する。何に苦しんでいるのか、両の手を頭に、顔に、首にと滑らせ、掻きむしる動作をし。
「う、ああっ!!……うぅっ、ぐ、ぐあああっ!!い、痛い……痛い!皮膚が…皮膚が焼ける!!熱っ…熱い……熱い!!」
「……リ、リーシア!?」
苦し気な叫び、その声がリーシアの声音から少しずつ変化を始めていた。涼やかな声は、くぐもった低い声に。
そして、目に見える変化が現れたのはその後だった。
ボコッボコッと、水脹れのような半球の膨らみが皮膚の表面に出たり消えたりをした後、ボコンと膨らむようにリーシアの腕が、肩が、頬が膨れ上がった。ボコボゴボコと、膨れ上がる皮膚は、次第にその色を紫色に変え、腕の表面は魚の鱗のように、口元は馬の口のように突き出て、頭には山羊の様な角が、薄絹のドレスは肉体の膨張に耐えかねてあちらこちらが裂け、紫色の皮膚が露出していた。背もリーシアより三回り大きくなり、隣で心配していたアレクシスよりも頭一つ分飛び抜けたこと。
それにより、ドレスは更に無惨に引き裂かれ、体の一部分しか覆えていない感じになっている。
幸いなのは、女性器の一つ二つの白い双丘にドレスの薄衣が辛うじて掛かっていたことと、白い肌は全身が紫色に変わり、胸や陰部と言った箇所は焦げ茶色のゴワゴワとした深い長毛に覆われていること。
これで一応女性の尊厳は保たれている筈だ。
「う……あっ……」
アレクシスは目の前でおぞましい変化を遂げるリーシア。その様子に、信じられないモノを見たと、恐怖に襲われ腰を抜かす。言葉にならない恐怖が、アレクシスを襲う。
「だ……ダズゲデ……。ガレグジズ、わた、わだっ…、ワダジノ、ガオガ……ワダジノ、ウヅグジイガオガアアアァァッ!!!」
愛した女。運命的に出会い、真実の愛で結ばれた愛らしい女が、目の前で化け物へと変貌を遂げる。
「ど、どういう事だ!?ロザリア、お前が何かしたんだろう!?元に戻せ!!リーシアを元に戻せ!!」
近衛兵に引きづられる様に、リーシアから離され助け起こされたアレクシスは、近衛兵に拘束されるロザリアに詰めよった。
アレクシスが掴んだロザリアの両の腕には、加減の無い力が加わり、皮膚に食い込んだ爪が鋭い痛みをもたらす。
「それは、無理ですわ。これは『永遠の愛』を得るための試練だもの。真実の愛で結ばれた二人なら、きっとこの試練も乗り越えられるでしょう?だって、二人に有るのは真実の愛なんだから。例え姿が少しばかり変化しても、相手が誰であったかは分かるんだから問題は無いでしょう?どんなに姿が変わっても、アレは殿下の愛したリーシアさんなんだから……」
「なっ……何を言って」
「見事、この試練を乗り越え真実の愛を貫き通せば、お二人は何度生まれ変わっても再び出会い、魂が引かれ合う『運命』となり永遠の愛で結ばれるのです。素晴らしいと思いませんか?……ああ、でも心配しないで。例え今生で乗り越えられなくても、何度生まれ変わっても、彼女との試練は永遠に続きますから。それと殿下の御子は、リーシアさん、彼女が相手でない限り、一人たりとも生まれることは無いでしょうから、頑張ってくださいね♪♪」
「……は?リ、リーシアが相手じゃないと、俺に子供が、出来ない……!?」
ロザリアの言葉を理解したアレクシスは、すっとリーシアだったモノに視線を向ける。
紫色の肌、所々が魚の鱗の様な皮膚。焦げ茶色のゴワゴワとした剛毛が、胸や陰部周辺に生え、筋肉質な肉体はアレクシスよりも頭一つ分飛び抜けて大きい。何よりも、顔は馬のようで頭からは山羊の様な角が生えている……化物。
──コレと、するのか!?
アレクシスは、首を横にブンブン振り「あり得ない!!」と、叫んだ。
「無理だ。あんな化物と男女の睦言?こそんなの無理に決まってる!!」
「けれど、あの姿のリーシアさんも心から愛してあげないと、元の姿には戻りませんよ?」
「お…お前が、呪いを掛けたんだろ!?取り消せ!!今すぐリーシアに掛けたあのおぞましい呪いを解け!!」
「だから、これは祝福の前の試練ですって。お二人が真実の愛を貫けば良いだけの話ですわ。私を捨てて真実の愛で結ばれたお二人なら、こんなの簡単な事でしょ?」
「真実の、愛……」
「愛を知らない私に見せてください。愛されることも愛することも知らない私に、その奇跡を見せて?愛の素晴らしさを、尊さを」
ロゼリアの応答に、アレクシスは最早返す言葉を失う。呆然とした呟きになるのは、あの化物姿のリーシアだったモノと自分とが閨を共にすることを想像したせいか。
『婚約者になったんだ。これからは、君を愛するように努力するよ』
初めて顔を会わせたとき、アレクシスがロゼリアに言った言葉。
それが、今ごろになって脳裏を過った。
『この縁が、私達二人の、この国の幸福となるように私も殿下に尽くします』
あの時、何処か希望に満ちた瞳を真っ直ぐに向けてくれたあの少女は、もういない。ただ、目の前にいるのは、何処か底の知れない暗さと未来へと希望を失った女の瞳で、リーシアにおぞましい呪いを掛けた。
「ロザリア……。リーシアの呪いを解いてくれ!!頼む……」
「ですから、それはお二人が愛を貫き通せば自ずと解けますわ」
「ふ……ふざけるな!!アレを愛せと言うのか!?あんな姿に成り果てたリーシアを!?」
アレクシスは、絶望とも怒りとも付かない感情の中で、側にいた騎士の剣を抜くとロザリアの体に剣を突き刺した。
ザシュッ!!鋭くも鈍い衝撃が、自身の肉体を貫く感覚には覚えがあった。
「きゃあぁっ!!」
悲鳴を上げながら、ロザリアはこれでもう、苦しい思いも悲しい思いもしなくて済むと、何処か安堵を覚えていた。
背後でロザリアの動きを封じていた騎士の目には、信じがたい物が映っていた。それは勿論、ロザリアの体を刺し貫いたアレクシスもだったが。
「血が……青い……?」
ロザリアの背中から付き出した剣先からは、青い液体が伝い落ち、点々と青い水溜まりを床に作ろうとしていた。
また、剣の刀身が刺し込んだ前方の衣にも濡れて青く広がる色染みが出来上がった。
「そ、そんな……馬鹿な……」
青い血と言えば、とある国の王家の姫として産まれたにも関わらず、誰にも顧みられず孤独に育った王女の話が有名だった。
もう百年以上も前の時代の話だが、王女の放った魔法で傷付いた肉体は、止血こそ出来たものの、本来可能な筈の肉体の再生は生涯叶わなかったと記されている。
その後、時折肉体の一部を持たず生まれて来る者が希にいるとか。それは、前世で青き血の王女によって肉体の一部を奪われた証とも言われている。
目の前の、ロザリアのドレスに染みでた血の色は青。ロザリアは、リーシアに目に見える呪いを、アレクシスには目に見えない呪いを掛けた。
ロザリアが死ぬ。けれど青の血の呪いは永遠の呪いを意味する。
だから、アレクシスは目の前から光が失われる思いをした。呪いをかけられ、見にくい姿になった愛しい女性。あの醜い姿を愛さなければ、リーシアの呪いは解けない。そして、アレクシスの子供はリーシアしか産めない。
もし、呪われて醜い姿となったリーシアを愛せなかったら、リーシアの呪いが解けなかったら。それは、アレクシスの王位継承者としての失脚を意味していた。
次代を成せない者が、王座に座る。次の代までの場繋ぎ的には認められても、終身は望めない。
それどころか、王としては認められないだろう。
「青い血の……呪い姫…………」
ポツリとアレクシスの口からこぼれ落ちたのは、お伽噺にも例えられる滅びた王国の夢物語。
子供達に、悪い言葉を他人に向けていれば、何時かは自分へと反ってくると言う史実だが、例え話ともされているもの。
青い血を流すのは、高貴なる産まれの証。
それは、貴族と平民との在り方を区別する為の喩えとして、貴族子弟の教育に使われる一種の揶揄。
何処までも家、領地、役職、国に従属し、時に伴侶や血を分けた親兄弟、我が子ですら手に掛ける平民には理解しがたい所業を、人為らざる存在として区別する為に使われるただの言葉。
しかしながら真実、その身に『青い血』を宿したのが一人だけ存在していた。
その者が死して数百年。ただのお伽噺とも思われていた事が、どうやら事実なのかもしれないとこの場に居合わせた者は思った。
「ロザリア……血が!?」
(そんな、私の血が……青い!?)
『まあ!私と一緒ね?』
戸惑うロザリアに、嬉しそうな声を上げるのはローゼリア。
(貴女が、青き血の呪い姫……なのね)
流れ込んだ記憶。聞こえるようになった、記憶の中のローゼリアよりも少しだけ幼い少女の声。
何となく分かってはいた。けれど、改めて共通点を見つけてしまうと、何だか不思議な感じがした。
愛されないロザリア。
やはり、愛されなかったローゼリア。
二人の共通点は、『愛されない』事。そして、『血が青い』事。
『うふふ。嬉しいわ!私、初めて自分以外の青い血の人を見たわ!!』
(私も初めて、誰かと一緒と言うのを知ったわ)
弾む声で喜ぶローゼリア。その声にロザリアは胸の奥がじんわりとしたような、少しだけくすぐったい様な感覚を抱いた。
『ね、ロザリア。私と一緒に愛を探しに行かない?』
(愛を探す?)
『私も貴女も、愛は知らないでしょう?知っているのは、冷たい家族、蔑まれる言葉。傷つけられる事。邸宅内か王宮内……。たから、もっと外に行こうよ!もっと外に、もっと遠くに!!自由に、好きに生きるの!!』
ローゼリアが指し示す方向には、何かの渡り鳥だろうか?白く輝くような鳥が数羽、飛んでいくのが見えた。
ローゼリアもロザリアも、生まれてこの方、決められた場所にしか行ったことがなかった。
大空を自由に羽ばたく鳥のように、気の向くままに何処にでも行けたなら……。
(そうね。私も貴女も
限られた場所の往復。杓子定規に定められた礼節、言動、思考。それらは王太子の婚約者に内定した頃からより厳しいものへと変わり、ロザリアの思考を麻痺させていた。
王太子妃として、他者に侮られないよう、言動は、行動は、所作の一つ一つはと、人の目に映る全てを完璧であるようにしなくてはならなかった。
自由に生きる。
行きたいところに行って、やりたいことをする。『好き』と『嫌い』も『やりたい』も『欲しい』も、誰憚ること無く主張し、そして感情を偽らなくて良いのだ。我慢しなくても良いの。
それはまさしく甘美な誘い。
ロザリアに俗世を忘れ、現実を離れ幻想へ誘う誘いだった。
初めて囁かれる、甘い誘いにどうして抗えるのか?
逆らう理由なんて無い。拒絶は不要。
(ええ。ええ。そうね。とても、素敵だわ。とっても、とっても素敵ね!!私も行くわ。一緒に愛を探しましょう。そして、沢山いろんな所に行きましょう!!)
にこり。微笑むロザリアの顔は、まるで花が綻ぶ瞬間の様で、見るものの目を奪うには充分だった。
ロザリアはローゼリアの差し出した手を取り、そしてアレクシス達の目の前でスウッと宙に透けて消えた。
「なっ……!?ロ、ロザリア!?何処に行ったんだ、ロザリア!!?」
アレクシスの呼び掛けに、ロザリアの声は帰ってこなかった。残されたのは変わり果てた姿の愛を誓った少女の成れの果ての化物で、アレクシスの心は、深い闇へと沈んでいった。
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