第4話 ものがたり



 ふっと、暖かな光がその空間にゆっくりと広がっていく。

だいだい色のカバーに包まれた座席が、ゆらゆらと揺れるつり革の下にいくつか並んでいた。静かな車内には、乗客の姿は今のところ見られない。規則的な振動と穏やかな花の匂いが、この空間を包み込んでいた。

ゆっくりと歩みを進めていくと、一番奥のボックス席にさしかかる。


「僕とキミの貸し切りみたいだね、今日のところは。」

いつの間にか目下の座席に、もうすっかり見慣れた少年の顔がそこにあった。彼がこのように急に話しかけてくるのはいつもの事であるので、もう慣れてしまった。

少年の横に座る。ふっくらとした座面にはほんのりと暖かみがあり、これなら薄着の彼でも寒くはないかもしれない。

 彼の格好は、良く言えば昔の要素を取り入れたオリジナリティ溢れる格好で。悪く言えば彼風にアレンジしすぎた、特に気になるのは、座席からはみ出んくらいの長いそでと反対に膝上までしかないとても短いすそ

 そして、彼の着物もそうだけれど、彼の肌もまた雪のように真っ白だから、端からみるととても寒そうに感じる。特に今は考え事をしているようだから、その憂い顔とあわせて、少し寒気すら感じられる。


 彼の眺める窓の外はいつも真っ暗で、今はトンネルの中を走っているようだ。

 一方、今日の少年は珍しく寡黙なようで、先ほど声をかけてきた以上は話すことはせず、窓の外を眺めていたしばらくの間は、電車の走る音だけが体を心地良く揺らしていた。

 不思議と今日の無音は居心地が悪くない。けれど、この車内に流れる一抹のさみしさは、あの人を思い出させた。けれど、その記憶もどこかぼんやりとしてしまう。ここは、そういう空間なのかもしれない。


「これまで、いくつの物語を見てきたんだろうか。」

どれくらい時間がたった頃だろうか。窓際でひじをつきながら、こちらを見ることはなく、唐突に少年は独り言のように喋り始めた。


「この電車に乗り始めたのは、今から5年くらい前だったかな。僕は気まぐれに色々なところに降りて、いろんな子達に出会った。」

「修お兄ちゃん、さとるくん。…それに、きっと猫が大好きなお姉さん。」

「電車に乗ったのは、彼だけだったけれど。皆、それぞれの物語を持って、駅に訪れた。」

「だけど、僕もそれぞれの駅について詳しく知っている訳じゃない。この電車が環状線ってことは分かるんだけど。」


…キミは一体何者なんだい?

そんな疑問は、声として言葉にはならずに、少年の言葉が続いていく。

「彼にも言ったけれど、やっぱり色んなものをもっと見て、知ることが、僕にも必要なのかもしれない。」


「だから、」





「次は、キミの話を聞かせて?」

「この電車に、僕より前に居た、キミ自身の物語を。」


少年はおもむろにこちらを向くと、いつものいたずらっぽい顔で。口元を少し上げて、綺麗な紅い目が、そっと眼前に漂う。

いくばくもしないうちに、すうっと眠気が襲ってくる。視界が暗くなると同時に、次の停車駅の名前が、耳元に流れてくる。



「僕の降りる先も、ちょうどこの次だから。」


不意に、車内が大きく揺れる。トンネルを抜けた先は、暗闇が続くはずなのに、そこには真っ白な光が広がっていた。


ぼやけた視界の先に、白い光の中へと少年の姿が溶けていくのが見えた。


終わりのないこの電車に、行く先などあるのだろうか。

そう、思えた。













僕は、これからどこへ行くんだろうか。

いつ、楽になれるんだろうか。

でも、違う。こんなのじゃない。




それでも、答えを探している。




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